「お祭りに行きませんか?」
「お祭り?」
それは放課後に部室で問題集を解いて中間テストへの対策をしていたときだった。テストには自信がある知花さんと、学年トップの成績を誇る風川は余裕そうである。少なくとも必死こいて問題集をやってはいない。同じ入試を受けて、同じテスト前を過ごしてるはずなんだけど。
「中間テストが終わったすぐの週末に神宮のお祭りがあるんですよ。中之島公園にお店がたくさん出るんです。ご存じないですか?」
「知ってるよ。毎年それを見て育ってきてるんだ。子どもの頃に行ったことある」
お祭りね。好きだよね、みんな。俺は特に思い入れはないかな。少中時代の同級生はハンドガンとかトレーディングカードとか買い漁っていたけど、俺はそっちの趣味はなかったからな。食べ歩くような性格でもないし、実はあまり魅力を感じてこなかった。一番の理由は一緒に祭りを楽しめる友人がいなかったからだろうけど。
「まあ、そうだな。テストがうまくいけば、その褒美に行ってもいいかもしれない。一応まだ学生ではあるから、そういう行事を楽しむというのは悪くない過ごし方かもな」
「素直に、行きたいって言えばいいのに。偏屈ね」
「うるせぇ。風川、お前も祭り行くのか?」
「あら、知花さんは私の事を一番に誘ったのよ。断る理由はないわ」
「お前も素直じゃないな」
他のメンバーに話を振る。
「化神は行かないのか?」
「野球部の練習試合があって、ちょっと無理かな。ごめんね」
「なんもなんも。そっち優先してくれ」
「あ、俺もその辺りはちょっと用事が」
「へぇ、バカにもプライベートがあるんだな」
「あ、あるやい」
「まあ、いいさ。俺は暇だからな。たぶんテストが終わればまたやることがなくて、暇つぶしを探してるに決まってる。いいよ、お祭り。一緒に行こうか」
「はい。では日にちを決めたら連絡しますね」
「ああ」
風川と知花さんと俺の三人で行くことになるのか。それは嫌でも、考えてしまう。相手が相手なだけに、それはありえないが。ありえないからこそ、割り切って過ごせるのだけど。俺はジトッと下から見上げるようなクソみたいな目線を常に忘れずにいれば、それだけで生きていける人種だ。そう、それでいい。そうでなくっちゃ駄目だと、そのようにうそぶきながら。
コンコン、コン。
またかよ。テスト前だぞ。やれやれ。この部活はいつの間に有名大人気部活になったんだ? そろそろ冷やかしとかが来る頃か。その前に門前払いだな。よし。
「はーい、どうぞー!」
門前払いは出来なかった。無念。今日も受けるのか。ドアが開かれ、集団が押し寄せる。え、集団?
「あら、賑やかね」
「こんにちは。私たち演劇部の者なんですけど」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。今椅子を用意する」
人数分椅子を並べる。男二人と美少女美少年の計三人が働いた。なかなか一苦労だぜ、はあ。
「演劇部の皆さん、はじめまして。私はこの部活の部長、風川です。では、どのようなご相談でしょうか」
「実は演劇部がこのままでは無くなってしまうかもしれないんです。それは嫌です。どうにかしたいんです。助けてくれませんか?」
「落ち着いて、順番に話しましょう。あなたのお名前は何と言うのですか?」
「二年A組の、吉崎です。演劇部の部長をしています」
「吉崎さん。では、どうして演劇部が無くなってしまうかもしれないのですか。誰かに言われたのですか?」
「はい。実は顧問の先生をしていた夜見山先生が突然退職されてしまって。顧問がいないんです。顧問の先生が見つからないと休部、活動停止になってしまいます。廃部の危機です。もちろん顧問の先生をお願いして回っているのですが、なかなか引き受けてくれる先生がいなくて。でも、廃部は嫌です。ここにいる後輩たちがあまりに無念です。なんとかしたい。皆さんは、この部活は生徒の悩みとか相談事とかを聞いてくれるんですよね。困ったことを助けてくれると噂で聞きました。このままではテストどころじゃありません。テストなんてまともに受けられない。どうにか、お願いします!」
「「「お願いします」」」
「そうですね。よく分かりました。でも」
風川は困り、俺に視線を向ける。俺は仲間を見る。やはり困った顔である。うーん、どうにもこの部活は困ったことになることが多いみたいだぞ。いつも唸ってしまっている。特に今度の相談は、それこそどうにかできる問題ではないんじゃないか? いや、待てよ。
「お悩み相談同好会の顧問って誰だ?」
「桜崎先生よ」
「そうか」
それは好都合だ。
「桜崎先生はどうだろう。こんな暇な、生徒に任せっきりの放任みたいな部活の顧問をやってるんだ。お願いしてみる価値はあるかもしれないぞ」
「え、でもそれは……」
「顧問の先生が顧問を併部してはいけない、なんてルールはないはず。少なくとも生徒手帳には書いていない。書いてなければそれはルールじゃない。規則違反にはならない。問題ない」
問題は問題にならなければ何も問題はないのだ。それは良いことで、良い方向へと何かを進めるのであればぜひとも進んでやるべきだろう。
「そうね。実現するかどうかはさておき、可能性としてはあるかもしれないわね」
どよめきに近い歓声のようなどよめきがあがった。
「そ、それでは……」
「いいんじゃないか。演劇部はここで終わる定めではないと、神はそう言っているかもしれない」
「え?」
「いや、気にしなくていい。戯言(たわごと)だ」
これで解決すればオーケー。相談解決、実績一つゲット。加えて桜崎先生が演劇部の顧問で忙しくなり、こっちの相談室の部活動に顔をだせなくなってこの『生徒お悩み相談同好会』が活動休止になればベスト。俺は部活動という縛りから解放されて自由になれる。部活に所属するノルマも休止であって解散じゃないからクリア。バンドでよくやる形だな。十年ぶりにフェスのステージ限定復活、するために解散せずに休止。よくある。部活休止。それはいい。そうこなくっちゃ。そうとなれば、ぜひとも演劇部の顧問をお願いしてもらいたいものだね。
演劇部一同は希望を手にした顔で帰っていった。きっとこれから桜崎先生を探すのだろう。全員退出したのを見て、俺は再び問題集を開いた。学生に学生生活の時間は常に残されていない。まだ一年生の初夏だと思っていたらすぐに卒業だ。すぐにでも卒業したいものである。目指せ大学デビューでバラ色の人生。