気付かれただろうとは思っていたが、確信に満ちた言葉に春蘭はつい言葉を詰まらせる。【花綵の鬼】を探っていた彼に、『私は知らない』と言い続けていた故の気まずさも多少あった。
怪異退治真っ最中だったところを見られたのだ。今更偽るつもりはないが、特殊な力がある事はあまり知られたくないという思いは変わりない。
(どうにか、穏便に済ませてもらえるといいのだが……)
惺陽が【花綵の鬼】である自分をどう扱うつもりなのか分からない。こうして話し合いに持ってきたのだから、何らかの罰を与えようというわけではないだろうが……。
「……ああ、そう呼ばれているみたいだな」
一先ずは頷き、様子を見る。
探していた【花綵の鬼】の正体を知って、惺陽はどう対応するのか。何を思って話を聞かせて欲しいと言ったのかを探る。
すでに確信している惺陽は特に動じることはなく納得するように頷き続けた。
「一応確認するが、お前は怪異を退治していたんだよな? 【花綵の鬼】は怪異を操るなどという噂もあるが……」
一度言葉を切り、惺陽はちらりとオウに視線を向ける。
もしかすると、オウを怪異だと思っているのかもしれない。大きな鳥が人の姿に変化したのだ。異質なものであると判断するには十分すぎる。
だが、次の言葉で彼が春蘭が思うより状況を理解していたことに気付く。
「お前と共にいた大きな鳥――この方は四霊の一体なのだろう? 怪異とは似ても似つかない」
尚服局の女官たちと違い、惺陽は日々怪異と対峙している。オウが怪異とは全く異なるものだということに気付くのは当然だった。
(だが、まさか四霊だということまで気付くとは……)
少なからず驚いた春蘭はその疑問をそのままぶつける。
「確かに彼らは四霊だ。だが、よく気付いたな?」
「お前がオウと呼んでいるその方が人の形になる前の姿は、鳳凰そのものだったろうが。信じられないような状況だが、見てしまったものは信じるしかあるまい?」
四霊は実在するとはいえ市井の間では伝説と何ら変わらない。故に伝えられている姿はまちまちだ。鳳凰も場所によってはただの赤い鳥のように描かれている。
そんな中で鳳凰の正しい姿を知っているという惺陽に軽く驚いた。
鳳凰の正しい姿が伝わっているのはここ志黎城内にある四霊廟くらいのものだ。奥に祀られている四霊像はほとんど同じ姿をしていると四霊たちは言っていたので、おそらくそれを見たのではないかと思われる。
四霊廟の奥にまで行けるのは皇族に連なる者や上位の官僚くらいだ。武官である惺陽が四霊廟を訪れる機会があるのかは謎だが、太尉という地位ならば見ることはできるだろう。
驚きつつも納得していると、惺陽ははっと何かに気付いて眉を寄せる。その視線はリュウへと向けられた。
「ん? ちょっと待て、『彼ら』と言ったか? では、こちらの女性も……?」
「ああ、彼女は応龍のリュウだ」
「なっ!?」
オウの方は鳳凰の姿を見ていたから分かったようだったが、リュウの方は応龍としての姿を見ていないため気付いていなかったらしい。
どおりでオウの方ばかりを気にしていたのか、と春蘭はどこか納得した。
当のリュウはこちらの話など気にしていないかのように、こっそりと二つ目の胡麻団子に手を伸ばしていた。
そんなリュウを数秒無言で見ていた惺陽だったが、本題から話が逸れていると感じたのだろう。軽く咳払いをして春蘭に視線を戻した。その目には、どこか探るような様子も見て取れる。
「少し話が逸れたな……ともかく春蘭、お前は怪異を操っているのではなく、四霊と共に怪異を退治していたのだろう? 方術士と見たが、違うか?」
方術士とは、占星術などを学び吉凶を占ったり、世の理を知り術を編み出す者のことだ。先程怪異を消滅させるために春蘭がした行動を見てそう思い至ったのだろう。
春蘭は少し迷いつつ口を開いたが、そこから音を発する前にオウが声を上げた。
「そうだ」
オウが話に入ってくると思っていなかった春蘭は驚き、澄ました顔で淡々と語る彼を見る。
「春蘭は優秀な方術士でな、怪異退治をしているところを我らが見つけ、協力を申し出たのだ」
出会いは少々違うため首を傾げそうになるが、怪異退治に四霊が協力してくれるようになった経緯は確かにその通りなので、春蘭は黙してオウに説明を任せた。
「四霊が協力している方術士となればよからぬ輩も寄ってくるであろう? 本人の平穏に過ごしたいという希望もあって、秘密裏に怪異退治を行っていたのだ」
オウが話に入ってくるとは思っていなかった様子の惺陽は戸惑い混じりに驚いていたが、その説明には納得できたらしい。「成程」とあごに手を当てながら頷いていた。
「では、四霊が協力していると知られなければ表立って怪異退治ができるというわけだな?」
「……ん?」
秘密裏に怪異退治を行っていた理由に納得してくれたのはよかったが、どこか雲行きが怪しい。
(表立って怪異退治ができる? なにが言いたいのだ?)
思わず眉を寄せる春蘭に、惺陽は真剣な顔で告げた。
「春蘭、俺の元に来て国中の怪異を退治するのを手伝ってくれないか?」
「は?」
悪事を働いていたわけではないが、秘密裏に行っていたせいで軍部を混乱させていたかもしれない。そう思っていたため何らかの罰は与えられるかもしれないと考えていたが、まさか手伝ってくれなどと言われるとは。
だが、春蘭は表立って怪異退治をするつもりはない。怪異を退治できることを公言するつもりはないのだ。
「いや、先程オウも言っただろう? 私は平穏に女官として暮らしたいのだ。だから秘密裏に怪異退治を行っているのだ」
念を押すように伝えるが、惺陽は淡々と事実を口にする。
「だが、俺に知られてしまっただろう?」
「うっ……」
そうだ、知られてしまった。知られてしまったからには今までと同じようにはいかない。自分がどう扱われるのかは、惺陽次第というわけだ。
思わず言葉を詰まらせた春蘭に、惺陽はひとさじの残酷さを加えるように話した。
「春蘭、よく考えろ。俺はお前を怪異を操る【花綵の鬼】として捕らえて処罰することも出来るのだぞ?」
噂でしかないものを真実と偽り罪を問うこともできる、という明らかな脅しに春蘭は解いていた警戒を戻す。本当に罰するつもりはないようだが、代わりに確実に協力させようという強い意志を感じた。
だが、だからといって素直に言うことを聞けるものではない。春蘭は藍色の目をすっと冷たく細め、端的に問う。
「脅しか?」
非難するような問いに、今度は惺陽が「うっ」と言葉を詰まらせた。
「すまない。だが、怪異については本当に切羽詰まっているんだ。頼む」
先程の残酷さなどなかったように、今度は眉を下げて純粋に頼み込む惺陽。
怪異について切羽詰まっているのは事実なのだろう。本来人を相手に戦う軍部の者が対処に当たっているのだ。一つの怪異を退治するのにも数日を要してしまうこともしばしばだと聞く。
春蘭のように術を使い、一晩で退治できる者は喉から手が出るほど欲しいと言ったところだろうか。
単純に状況を考えると素直に協力した方がいいのだろう。
太尉という地位のある惺陽の下でならば、四霊が助力していたとしても隠蔽することは可能なのかもしれない。
問題は、春蘭自身が目立ちたくないと思っていることだろうか。
だが、秘密裏に怪異退治をするのにも疲労が溜まる。最近のように尚服局での仕事が追い込まれているときなどは本当に大変なのだ。
気持ちがぐらぐらと揺れてはっきりとした返事ができないでいると、突然リュウが口出ししてくる。
「諦めなさい、春蘭。どうせこの男はあなたが協力すると言わない限り帰してくれないわよ」
ぬるくなった茶を優雅に口に運んだリュウは、少し楽しげな様子で微笑んでいた。
「それに、仕事の合間に怪異退治に使用する花綵を作るのも大変だったのでしょう? その男の下に付けば、そういう時間も確保できるのではなくて?」
「それはそうだが……」
リュウの言葉に心の天秤が手伝う方へと傾く。それでも決意できるほどには振り切れずにいると、今度はオウが話し出した。
「目立つことの心配はそこまでしなくてもいいのではないか? 表立って怪異退治をするならば、その男が矢面に立つであろう。……それに、あまり無理をしてお前に倒れられても困る」
淡々とした口調ではあったが、言葉の中には春蘭への心配が込められている。
世話になっている四霊からの助言に、春蘭は諦めにも似たため息を吐いた。
そして円凳椅子に座ったまま居住まいを正し、惺陽を真っ直ぐに見る。
「分かった、手伝おう。だが、やはり私は極力目立ちたくはない。それだけは理解しておいて欲しい」
了承しつつそう念を押すと、惺陽は安堵したように笑みを浮かべた。
その瞳に映るのは、軽さでも凜々しさでもなく、ただ純粋な喜びだった。