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story,Ⅵ:逆襲の召喚

「さぁ、来いよ。マルシュアース、だったか? この俺様・・が相手をしてやろう。せいぜい喜ぶがいい」


 言うやフィリップは、白いマントを背後へ手で払う。

 マントが風にたなびく。


「フン。たかが9年で、いきがるなよ!? 小僧!!」


 マルシュアースは持っていた長槍を構えると、フィリップめがけ勢い良く突いた。

 しかしフィリップは、持っていたロッドステッキで槍を払ったかと思うと、クルリと円を描きマルシュアースの手から長槍を手放させ、岩山の下へ放ってしまった。


「何だ。今の“爪楊枝”みたいな武器は。あんな物でこの俺を殺そうとでも思ったのか? クク……ッ! 笑いが出るわ!!」


「おのれ……っ!! 皆ども!! こいつらを容赦なく皆殺しにしろ!!」


 マルシュアースの命令に、周囲にいたモンスター達が襲ってきた。

 全長1メートルはあろうかという殺人蜂キラービーを、フェリオがまず鞭で一刀両断する。

 岩山の足場から駆け上がってくるコボルトを、レオノールがパンチやキックで応酬し崖下へ落下させていく。

 コボルトとは、二足歩行の犬の外見の、モンスターだ。

 主に、剣を得意武器としている。

 マルシュアースは、コボルトから手渡された剣を持ち、フィリップへ振り下ろすが軽々と杖で振り払われる。


「生意気なガキがああぁぁぁぁーっ!! ――フレイムア!!」


 片手を伸ばすと、その手の平から炎を噴出させるマルシュアース。

 だがフィリップは、何とその炎を杖一本で消滅させた。

 杖を素早く回転させ、空気の盾を作りつつ尚且つそれで生じた風より、炎を拡散させたのだ。

 思いもよらぬ防御手段に、マルシュアースは目を見開く。


 一方フェリオは、キラービーは全て倒せたものの、いよいよ鞭では間に合わなくなり、残るハルピュイアへと黒魔法を使用する。


「伝われ! 雷撃エレクトア!!」


 すると、空間から出現した中規模の雷が、一羽のハルピュイアへ落下した。

 そのハルピュイアは、口から煙を吐きながら白目を剥き地上へ、木の葉のように舞い落ちていった。

 ここは岩山なので、足場となる場所も29㎡程で道も狭く、まるで袋小路から襲ってくる敵に一体ずつ、レオノールが立ちはだかりいろんな技を展開させる。


「二段蹴り! 踵落とし! 殴り倒し! ダブルインパクト!!」


 この“ダブルインパクト”は、腰を落とし両拳を一気に敵へ放つ技だ。

 そしてフェリオとレオノールは、同時に声を揃えて言った。


「あーっ、もうっ! 限りがない!!」


 そして二人は顔を見合わせ、ニッと笑いあう。

 フェリオは、声高らかに唱えた。


「吹けよ嵐!!」


 するとハルピュイア達は、突如発生した暴風雨に飲み込まれ散り散りになり、その場から姿を消した。


「かまいたち!!」


 次に声を上げたのは、レオノールだった。

 両手をクロスに振り下ろすと、視えない刃が次々とコボルト達を切り刻んでいった。

 これは武道格闘に於ける、気の一種だ。


「後は俺と、貴様だけか」


 フェリオとレオノールの活躍を確認後、フィリップは勝ち誇った表情を浮かべる。


「く……っ!! だったらこちらも……エレクト――」


「イリュージョン!!」


 マルシュアースよりも、大きな声を張り上げるフィリップ。

 すると象牙色のベールが、フィリップを包み込む。

 魔法無効化の防御魔法だ。


「ならば直接攻撃をするのみ!」


 マルシュアースは、落ちていたコボルトの剣を拾い上げ、立ち向かってきた。

 これにふとフィリップは、“不敵な笑み”を浮かべる。

 それにより、彼の防御力が上がった。


「身の程を知れぃっ!!」


 言い放つフィリップ。

 これも、相手の攻撃力を下げる呪文である。

 なので、当然剣は再びフィリップの杖で、弾かれた。


「何、だと……!?」


 この現実に、マルシュアースは愕然とする。

 その隙を狙って、フィリップはマルシュアースを杖で攻撃をする。

 上半身の両脇を殴打し、腹を突きこれによりくの字に曲がったマルシュアースの頭を横から、そして天辺からと殴打し、両膝をも殴打した。

 これにより立つ事が出来なくなったマルシュアースは、ガクリと地面に膝を突く。


「く……っ、貴様あぁあぁぁーっ!!」


 マルシュアースは怒声を上げると、その頭部にある角を利用してフィリップへ頭突きしようと、突っ込んできた。

 しかし残念ながら、フィリップはビリヤード宜しく杖でその頭を、ど突いた。

 これにより、頭を抱えて再度地面に膝を突く、マルシュアース。


「ここに来る前、言われたのだ。最近呼び出されていないと。やはり老人ともなれば、寂しくなるのであろうな。よって、要望に応えようと思う」


「何……!?」


 フィリップの言葉が、理解出来ないマルシュアースを無視して彼は、唱え始めた。


「天空より導かれし者よ。古来より在りしき輝ける精霊の御名に於いて。リョースアールヴフレイ、ユングヴィ!!」


 すると、目が開けられない程の眩い一点の光が出現したかと思うと、四方八方へ光が差しそこから、光のエルフの老人が姿を現した。

 これに、口元を引き攣らせるマルシュアース。


「何だ! 一体どんな大物を召喚したのかと思えば! たかだかエルフのジジイではないか――」


『勝利の剣』


 マルシュアースの言葉が終らぬうちに、エルフの王ユングヴィは剣を袈裟懸けに振り下ろしてから刹那、背を向けると姿を消した。

 気付くとマルシュアースは、大量の血とともにその場へ倒れていた。


「ふ……無知とは、げに恐ろしきものよ」


 フィリップは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「倒した……!! フィルお兄ちゃんが、あいつを倒した!!」


 それまで、大技を使って魔力、体力ともに失い、ヘトヘトになってその場でへたり込んでいたフェリオ・ジェラルディンとレオノール・クインは、彼とマルシュアースの戦闘を見ていることしか出来なかったが。

 兄の勝利に、フェリオはヨロヨロと立ち上がり、喜び勇んでフィリップ・ジェラルディンへと駆け寄った。


「やったね! お兄ちゃんー!!」


 飛びつこうとすると、ガシッと頭を片手で押さえつけられてしまった。


「馴れ馴れしく、俺に寄るな。小童」


 そう抑揚のない口調に、冷ややかな目付きで述べるフィリップ。


「お、お兄ちゃん? フィルお兄ちゃん、ボクだよ? フェリオだよ? 分かんないの?」


 これに、フェリオは戸惑わずにはいられなかった。

 そんな妹へ、相変わらず冷酷な様子でフィリップは、答える。


「知っている。俺はこいつ・・・の“裏側”で全て見ていたからな」


「……こいつ?」


 キョトンとするフェリオ。


「フン。貴様のせいで“こいつ”が騒ぎ始めた……」


 フィリップは言うと、突如ガクリと片膝を突いた。

 水色だった髪の色が、濃くなる。


「フィルお兄ちゃん!?」


「……あ……リオ……よく、頑張ったね」


 ふと顔を上げて笑顔を見せたフィリップの瞳も、本来の碧眼に戻っていた。

 すると、まだその場に座り込んで中量の体力が回復する、ハムメロンを食べていたレオノールが、彼へと声をかけた。


「さっきまでのあんたは、一体誰だ」


「もう一人の“僕”だよ……」


 フィリップが儚い微笑を浮かべ、弱々しく答えた。


「……自分でも、気付いていたのか。さっきまでの“人格”を」


 レオノールからの指摘を、フィリップは首肯する。


「うん……僕自身が作り上げてしまった“存在”だからね……でも、まさか僕が意識を失ったら表に出現できるほど、強力な人格に成長してしまっていることまでは、気付かなかったけど」


「おそらくは、故郷を失ったショックから形成され始めた、二重人格者か」


「そうみたい……」


 レオノールからの冷静な予測を、フィリップは力なく答えることしか出来なかった。

 あんな人格の自分を、愛する妹であるフェリオに見せたくはなかったのだ。

 きっと、堪らなくフェリオは傷付いていることだろう――。


「いつものフィルお兄ちゃんより、最強だったよ?」


 これにフィリップは肩透かしを食らう。


「そ、そう?」


「うん。ってことは、フィルお兄ちゃんも本気になればあれだけ強いってことだね」


「う、うん……そう、かも?」


 思いがけない妹の発言を、戸惑いながら答えるフィリップ。


「ちなみにあんた、記憶を失ったせいで召喚術も忘れたとか言ってたけど、さっきの――裏フィリップは召喚出来たぜ。失った記憶を裏フィリップに、持ってかれたってことか?」


「……その話は、また後でゆっくり話そうか。そんな事よりも、まずはフェリオの呪いを解かなくちゃ」


 言いながら、フィリップは倒れて動かなくなっているマルシュアースへ、歩み寄る。

 フェリオも、その後に続く。


「この子にかけた呪いを、解いてほしい」


「クックック……そいつは無理だな……」


 力なく、マルシュアースは答える。

 目も最早、虚ろだ。


「どうして? 君がかけた呪いなら、解くことだって――」


「俺ァその呪いを、預かっただけだ」


 短い呼吸を、繰り返しながら返答する。


「預かっただけ?」


 思わずフィリップとフェリオは、顔を見合わせた。


「一体誰から預かったと?」


 フィリップの質問に、マルシュアースは下卑た笑みを浮かべた。


「魔王――様、から、だ……」


「魔王!?」


 これにフィリップ、フェリオ、レオノールは一斉に口を揃えた。


「だから……魔王様しか、その呪いは……解け、な、い――……」


「魔王は? じゃあ魔王は一体、どこにいるの!?」


「そ、れは……今のお前達では、到底、手に及ばない……所だ……」


「手の及ばない所って⁉ それはどこ⁉ 言って! 教えてよ! 言わなきゃボクらが行けるかどうか、分かんないじゃないか‼」


「ク……ッ、クク……てめぇの足で、探し当てる、こった──な……」


「別に隠す事でもないだろう⁉ 教えてよ‼」


「悩め……あがけ……己の呪いを……ククククク……──」


 ここまで言ってまるで勝ち誇ったように笑うと、マルシュアースは目を開けたまま事切れた。

 不気味に笑みを浮かべたまま。


「探せって、どう探せばいいんだよ⁉ ねぇっ⁉」


 マルシュアースへ、問いかけ続けるフェリオだったが、レオノールが声をかける。


「もう、死んでる」


 愕然とするフェリオの小さな肩へ、そっとフィリップは片手を置く。


「仕方ない……じゃあ次は、魔王を探しに行くしかなさそうだね」


「そう言う事なら、まずは勇者を見つけて、今以上にもっともっと強くなるっきゃねぇな」


 立ち上がったフィリップに、レオノールがそう口にする。


「え?」


 フィリップと一緒に、フェリオも彼女へと振り返る。


「えって、何だよ?」


「付いて来てくれるの? レオノール」


 フェリオが尋ねる。


「仕方ねぇだろう。お前らは俺に、借金があるんだから。踏み倒されるくらいなら、付いてってやるよ」


「じゃあ仲間になってくれるんだね!? とても頼もしいよレオノール!!」


「そりゃ俺の方こそ、召喚師様が一緒なら、頼もしい事この上ないぜ」


 フィリップの言葉に、レオノールも皮肉たっぷりに言い返した。


「あ、その事は、他言無用でお願いするよ」


「分かってるって! 召喚師の存在は、昔からただの噂話だったくらいに内密にされていたんだからな。あ、ちなみに俺、お前らに利子も付けようかと思――」


 レオノールの言葉が終らない内に、フィリップとフェリオはさっさとこの岩山から、下山を開始した。


「あ! 待てコラ! おいっ、リオ! フィルーッ!!」


 空は、すっかり茜色に染まっていた。

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