「さぁ、来いよ。マルシュアース、だったか? この
言うやフィリップは、白いマントを背後へ手で払う。
マントが風にたなびく。
「フン。たかが9年で、いきがるなよ!? 小僧!!」
マルシュアースは持っていた長槍を構えると、フィリップめがけ勢い良く突いた。
しかしフィリップは、持っていた
「何だ。今の“爪楊枝”みたいな武器は。あんな物でこの俺を殺そうとでも思ったのか? クク……ッ! 笑いが出るわ!!」
「おのれ……っ!! 皆ども!! こいつらを容赦なく皆殺しにしろ!!」
マルシュアースの命令に、周囲にいたモンスター達が襲ってきた。
全長1メートルはあろうかという
岩山の足場から駆け上がってくるコボルトを、レオノールがパンチやキックで応酬し崖下へ落下させていく。
コボルトとは、二足歩行の犬の外見の、モンスターだ。
主に、剣を得意武器としている。
マルシュアースは、コボルトから手渡された剣を持ち、フィリップへ振り下ろすが軽々と杖で振り払われる。
「生意気なガキがああぁぁぁぁーっ!! ――フレイムア!!」
片手を伸ばすと、その手の平から炎を噴出させるマルシュアース。
だがフィリップは、何とその炎を杖一本で消滅させた。
杖を素早く回転させ、空気の盾を作りつつ尚且つそれで生じた風より、炎を拡散させたのだ。
思いもよらぬ防御手段に、マルシュアースは目を見開く。
一方フェリオは、キラービーは全て倒せたものの、いよいよ鞭では間に合わなくなり、残るハルピュイアへと黒魔法を使用する。
「伝われ!
すると、空間から出現した中規模の雷が、一羽のハルピュイアへ落下した。
そのハルピュイアは、口から煙を吐きながら白目を剥き地上へ、木の葉のように舞い落ちていった。
ここは岩山なので、足場となる場所も29㎡程で道も狭く、まるで袋小路から襲ってくる敵に一体ずつ、レオノールが立ちはだかりいろんな技を展開させる。
「二段蹴り! 踵落とし! 殴り倒し! ダブルインパクト!!」
この“ダブルインパクト”は、腰を落とし両拳を一気に敵へ放つ技だ。
そしてフェリオとレオノールは、同時に声を揃えて言った。
「あーっ、もうっ! 限りがない!!」
そして二人は顔を見合わせ、ニッと笑いあう。
フェリオは、声高らかに唱えた。
「吹けよ嵐!!」
するとハルピュイア達は、突如発生した暴風雨に飲み込まれ散り散りになり、その場から姿を消した。
「かまいたち!!」
次に声を上げたのは、レオノールだった。
両手をクロスに振り下ろすと、視えない刃が次々とコボルト達を切り刻んでいった。
これは武道格闘に於ける、気の一種だ。
「後は俺と、貴様だけか」
フェリオとレオノールの活躍を確認後、フィリップは勝ち誇った表情を浮かべる。
「く……っ!! だったらこちらも……エレクト――」
「イリュージョン!!」
マルシュアースよりも、大きな声を張り上げるフィリップ。
すると象牙色のベールが、フィリップを包み込む。
魔法無効化の防御魔法だ。
「ならば直接攻撃をするのみ!」
マルシュアースは、落ちていたコボルトの剣を拾い上げ、立ち向かってきた。
これにふとフィリップは、“不敵な笑み”を浮かべる。
それにより、彼の防御力が上がった。
「身の程を知れぃっ!!」
言い放つフィリップ。
これも、相手の攻撃力を下げる呪文である。
なので、当然剣は再びフィリップの杖で、弾かれた。
「何、だと……!?」
この現実に、マルシュアースは愕然とする。
その隙を狙って、フィリップはマルシュアースを杖で攻撃をする。
上半身の両脇を殴打し、腹を突きこれによりくの字に曲がったマルシュアースの頭を横から、そして天辺からと殴打し、両膝をも殴打した。
これにより立つ事が出来なくなったマルシュアースは、ガクリと地面に膝を突く。
「く……っ、貴様あぁあぁぁーっ!!」
マルシュアースは怒声を上げると、その頭部にある角を利用してフィリップへ頭突きしようと、突っ込んできた。
しかし残念ながら、フィリップはビリヤード宜しく杖でその頭を、ど突いた。
これにより、頭を抱えて再度地面に膝を突く、マルシュアース。
「ここに来る前、言われたのだ。最近呼び出されていないと。やはり老人ともなれば、寂しくなるのであろうな。よって、要望に応えようと思う」
「何……!?」
フィリップの言葉が、理解出来ないマルシュアースを無視して彼は、唱え始めた。
「天空より導かれし者よ。古来より在りしき輝ける精霊の御名に於いて。リョースアールヴフレイ、ユングヴィ!!」
すると、目が開けられない程の眩い一点の光が出現したかと思うと、四方八方へ光が差しそこから、光のエルフの老人が姿を現した。
これに、口元を引き攣らせるマルシュアース。
「何だ! 一体どんな大物を召喚したのかと思えば! たかだかエルフのジジイではないか――」
『勝利の剣』
マルシュアースの言葉が終らぬうちに、エルフの王ユングヴィは剣を袈裟懸けに振り下ろしてから刹那、背を向けると姿を消した。
気付くとマルシュアースは、大量の血とともにその場へ倒れていた。
「ふ……無知とは、げに恐ろしきものよ」
フィリップは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「倒した……!! フィルお兄ちゃんが、あいつを倒した!!」
それまで、大技を使って魔力、体力ともに失い、ヘトヘトになってその場でへたり込んでいたフェリオ・ジェラルディンとレオノール・クインは、彼とマルシュアースの戦闘を見ていることしか出来なかったが。
兄の勝利に、フェリオはヨロヨロと立ち上がり、喜び勇んでフィリップ・ジェラルディンへと駆け寄った。
「やったね! お兄ちゃんー!!」
飛びつこうとすると、ガシッと頭を片手で押さえつけられてしまった。
「馴れ馴れしく、俺に寄るな。小童」
そう抑揚のない口調に、冷ややかな目付きで述べるフィリップ。
「お、お兄ちゃん? フィルお兄ちゃん、ボクだよ? フェリオだよ? 分かんないの?」
これに、フェリオは戸惑わずにはいられなかった。
そんな妹へ、相変わらず冷酷な様子でフィリップは、答える。
「知っている。俺は
「……こいつ?」
キョトンとするフェリオ。
「フン。貴様のせいで“こいつ”が騒ぎ始めた……」
フィリップは言うと、突如ガクリと片膝を突いた。
水色だった髪の色が、濃くなる。
「フィルお兄ちゃん!?」
「……あ……リオ……よく、頑張ったね」
ふと顔を上げて笑顔を見せたフィリップの瞳も、本来の碧眼に戻っていた。
すると、まだその場に座り込んで中量の体力が回復する、ハムメロンを食べていたレオノールが、彼へと声をかけた。
「さっきまでのあんたは、一体誰だ」
「もう一人の“僕”だよ……」
フィリップが儚い微笑を浮かべ、弱々しく答えた。
「……自分でも、気付いていたのか。さっきまでの“人格”を」
レオノールからの指摘を、フィリップは首肯する。
「うん……僕自身が作り上げてしまった“存在”だからね……でも、まさか僕が意識を失ったら表に出現できるほど、強力な人格に成長してしまっていることまでは、気付かなかったけど」
「おそらくは、故郷を失ったショックから形成され始めた、二重人格者か」
「そうみたい……」
レオノールからの冷静な予測を、フィリップは力なく答えることしか出来なかった。
あんな人格の自分を、愛する妹であるフェリオに見せたくはなかったのだ。
きっと、堪らなくフェリオは傷付いていることだろう――。
「いつものフィルお兄ちゃんより、最強だったよ?」
これにフィリップは肩透かしを食らう。
「そ、そう?」
「うん。ってことは、フィルお兄ちゃんも本気になればあれだけ強いってことだね」
「う、うん……そう、かも?」
思いがけない妹の発言を、戸惑いながら答えるフィリップ。
「ちなみにあんた、記憶を失ったせいで召喚術も忘れたとか言ってたけど、さっきの――裏フィリップは召喚出来たぜ。失った記憶を裏フィリップに、持ってかれたってことか?」
「……その話は、また後でゆっくり話そうか。そんな事よりも、まずはフェリオの呪いを解かなくちゃ」
言いながら、フィリップは倒れて動かなくなっているマルシュアースへ、歩み寄る。
フェリオも、その後に続く。
「この子にかけた呪いを、解いてほしい」
「クックック……そいつは無理だな……」
力なく、マルシュアースは答える。
目も最早、虚ろだ。
「どうして? 君がかけた呪いなら、解くことだって――」
「俺ァその呪いを、預かっただけだ」
短い呼吸を、繰り返しながら返答する。
「預かっただけ?」
思わずフィリップとフェリオは、顔を見合わせた。
「一体誰から預かったと?」
フィリップの質問に、マルシュアースは下卑た笑みを浮かべた。
「魔王――様、から、だ……」
「魔王!?」
これにフィリップ、フェリオ、レオノールは一斉に口を揃えた。
「だから……魔王様しか、その呪いは……解け、な、い――……」
「魔王は? じゃあ魔王は一体、どこにいるの!?」
「そ、れは……今のお前達では、到底、手に及ばない……所だ……」
「手の及ばない所って⁉ それはどこ⁉ 言って! 教えてよ! 言わなきゃボクらが行けるかどうか、分かんないじゃないか‼」
「ク……ッ、クク……てめぇの足で、探し当てる、こった──な……」
「別に隠す事でもないだろう⁉ 教えてよ‼」
「悩め……あがけ……己の呪いを……ククククク……──」
ここまで言ってまるで勝ち誇ったように笑うと、マルシュアースは目を開けたまま事切れた。
不気味に笑みを浮かべたまま。
「探せって、どう探せばいいんだよ⁉ ねぇっ⁉」
マルシュアースへ、問いかけ続けるフェリオだったが、レオノールが声をかける。
「もう、死んでる」
愕然とするフェリオの小さな肩へ、そっとフィリップは片手を置く。
「仕方ない……じゃあ次は、魔王を探しに行くしかなさそうだね」
「そう言う事なら、まずは勇者を見つけて、今以上にもっともっと強くなるっきゃねぇな」
立ち上がったフィリップに、レオノールがそう口にする。
「え?」
フィリップと一緒に、フェリオも彼女へと振り返る。
「えって、何だよ?」
「付いて来てくれるの? レオノール」
フェリオが尋ねる。
「仕方ねぇだろう。お前らは俺に、借金があるんだから。踏み倒されるくらいなら、付いてってやるよ」
「じゃあ仲間になってくれるんだね!? とても頼もしいよレオノール!!」
「そりゃ俺の方こそ、召喚師様が一緒なら、頼もしい事この上ないぜ」
フィリップの言葉に、レオノールも皮肉たっぷりに言い返した。
「あ、その事は、他言無用でお願いするよ」
「分かってるって! 召喚師の存在は、昔からただの噂話だったくらいに内密にされていたんだからな。あ、ちなみに俺、お前らに利子も付けようかと思――」
レオノールの言葉が終らない内に、フィリップとフェリオはさっさとこの岩山から、下山を開始した。
「あ! 待てコラ! おいっ、リオ! フィルーッ!!」
空は、すっかり茜色に染まっていた。