満月の二日前──クランベリーの町にて。
歩道に敷かれた石畳、行き交う馬車。
風に揺れる街路樹の側には、色とりどりの花が植えられていて、どこか気品を感じる町だ。
天気は快晴だが、雨上がりの匂いが町中を包んでいた。
「もうそろそろ、呪いが一時的に解除されるんじゃね? 今のうち、サイズのあった服を買いに行こうぜ。リオ」
「うん。いいよ」
レオノール・クインからの誘いに、フェリオ・ジェラルディンは首肯する。
「じゃあ僕は、アイテム屋に行くよ」
フィリップ・ジェラルディンの言葉を、二人は首肯してから宿屋を出て行った。
防具屋は、衣装も取り扱っている。
普通の物から、何らかのステータスアップ機能が付いている物までと、幅広い。
長閑なBGMも店内に流れていて、一種のファッションショップを思わせる、オシャレな店構えだ。
「見ろよリオ。これなんか、成長時のお前にお似合いだぜ。魔力UPの効果も付いてるし」
ハンガーにかけてある衣装を取り出し、フェリオの前へ掲げて見せるレオノール。
「でも、こんな可愛い服、ボクなんか本当に似合うかなぁ?」
その女性らしい衣装を前に、まだ子供体型のフェリオは自信なさげに小首を傾げるのを見て、レオノールはフェリオの上腕を軽く二回、叩く。
「自信持て、リオ。成人体型のお前は、とても可愛かったぞ」
「そう? じゃあ、これで」
レオノールからの褒め言葉を受け、フェリオは彼女に任せる。
「ついでに、この青の肩当てと……腕用の、ゴールドバンクルも買おう。物理防御UPに、体力UPの効果だ」
こうして、上下に分かれている白地に水色のラインが入った、金色の小さな鈴とビーズがあしらわれている衣装に、決定した。
ビーズは、ピンクのパワーストーンの欠片で出来ており、スカートの裾にズラリとあしらわれ、ウエストは幅の広い水色のベルトをクロスさせたデザイン。
首元と、ミニスカート、手首のバンドは襟付きのデザインとなっていて、股下までしかないミニスカートだったが後ろ部分は、膝まで長くなっているスタイルだ。
上着は、胸元が大きくV字カットになっていて、中央はピンクのパワーストーンのブローチが付いている、胸元から腰辺りまで素肌が露わになったデザインだ。
白の膝上ロングブーツもセットで、襟付きに水色のラインが入っていた。
「何だか、肌の露出度多くないかな?」
「気にするな。俺とさほど変わらん」
彼女に任せたとは言え、心配になったフェリオの発言を跳ね除け半ば強引に、レオノールから決定されてしまったフェリオだった。
一方、フェリップはアイテム屋で、このクランベリーの町に来るまでモンスターとバトルして得た、収獲品を売っていた。
全部で、15000ラメーを手に入れた。
レオノールに会うまでは、この9年間フィリップが行く先々の村や町で短期バイトをしたりして稼ぎを得ていた、涙ぐましい努力があった。
だが正直、バイト代を稼ぐよりもこちらの方が、額が高かった。
そんなしょっぱい過去を思い出しながら、フィリップは回復アイテムと、自分とフェリオに魔法防御UPの効果があるマジカルリングを、そしてレオノールには力UPのマッスルリングを購入する。
アイテム屋を出ると、今度は武器屋へ向かい、そこでもみんなの武器を買い揃えた。
フィリップは、敵に睡眠効果を及ぼす“有り明けの月”なる長杖を。
フェリオは、三又に分かれている“ブラッディーファング”なる鞭を。
レオノールは、鋭い鋼鉄の爪が付いている“ドラゴンナックル”を購入した。
「モンスターとバトルしながらの旅は、大変だ……」
武器屋を後にし、今までそういう事から避けて旅をしていたフィリップが、一人ぼやきながら歩いていると。
「危ない!!」
「え?」
大声とともに、突如彼は何者かによって突き飛ばされてしまった。
この道は、舗装がされていない、赤土を固められているだけのもので、前日の雨で水溜りが出来ていた。
フィリップは、見事その水溜りの中へ倒れこんでしまった。
全身真っ白いマントなどの衣類が、すっかり泥だらけになる。
「一体何を──!!」
普段、温和な彼が珍しく声を荒げて、顔を上げる。
すると、そこにはカエルトカゲを手に乗せて微笑んでいる、金髪の前髪を立たせベリーショートのヘアスタイルをした、正装姿の男がいた。
「……!?」
自分の置かれている状況の、理解に苦しむフィリップ。
「危うく、踏み潰される所でしたね。さぁ、自然にお帰りなさい」
男は、カエルトカゲを側にあった、茂みの中へと放つ。
カエルトカゲとは、まさにカエルみたいなトカゲであり、手の平に乗るくらいの大きさだ。
そして、男は振り返るとまだ倒れこんでいるフィリップへ、手を差し伸べた。
「大変申し訳御座いません。緊急事態でしたので、つい。すっかりお召し物を汚してしまいましたね。良ければ、館の方へ一緒にお越しください。お嬢さん」
「……僕は、お嬢さんではありません」
フィリップは、男の手を借りることなく、自力で立ち上がる。
「おや。男性の方でしたか。これは重ね重ね、大変申し訳御座いません」
ちなみに、突き飛ばされた際、荷物を放り投げてしまったので、そちらは無事だった。
「ところで、“館”とは?」
フィリップは、男と一緒に目的地へ到着して、唖然となった。
そこには、豪華絢爛な銅製の高い門。
奥の方へは、城を思わせる石造りの大きな家が見えた。
「この町の、領主をしておられるラズベリー様のお館で、私はここの執事をしております。ショーン・ギルフォードと申します」
「僕、は……フィリップ・ジェラルディン、28歳です……」
「おや。私と同じ年齢ですか!」
「同年齢……」
執事をしているからか、とても落ち着いた雰囲気のあるショーンはフィリップから見て、てっきり年上に見えていたものだから内心、驚かずにはいられなかった。
「さぁ、中へ。衣類を洗濯している間、是非ゆっくりお風呂へ入られてください」
ショーンは、ニッコリと笑顔を見せて言った。
「はぁー……落ち着く」
フィリップ・ジェラルディンは、ショーン・ギルフォードの言葉に甘えてこのだだっ広い風呂場の、軽く十人くらいは入れそうな湯船に浸かっていた。
「だけど、こんな昼間からお風呂に入るだなんて、何たる贅沢……」
全身を洗い終えた彼が、両手に掬い上げたお湯は薔薇の香りがする。
「こんな事なら、リオとレオノールも一緒に、僕の方の買い物へ連れて来れば良かったなぁ」
言って彼は、その手に掬った湯でパシャンと、顔を洗った。
「癒される~……ブクブクブク……」
そうして口元まで浸ると、彼の長い青色の髪がこのピンクの湯面に広がる。
しばらくそうしていたら、脱衣所のスリガラスの扉の向こうから、声が聞こえた。
「ジェラルディン様。お召し物を洗い終えて乾燥機にかけましたので、こちらへ置いておきます」
「あっ! は、はい! ありがとうございます!!」
フィリップは、バシャリと派手な水音を立てて顔を湯から出し、扉へ振り返り答えた。
ショーンとは、別の男の声だった。
「服が用意出来たのなら、もう上がろう。のぼせちゃう前に……」
そしてフィリップは、ザバリと湯船から立ち上がった。
脱衣所にある大きな洗面台の、これまた三面鏡になった横長に大きい鏡の前で、櫛で長髪を梳きながらドライヤーを使いくまなく乾燥させると、衣服を着込み脱衣所を出た。
すると、そこにはメイドが控えていて、フィリップが出て来たのを確認しながらも刹那、顔を赤らめた。
それもそうだろう。
フィリップは、まるで女のような美男なのだから。
「あの……」
戸惑うフィリップの声で、我に返ったメイドは慌てて彼を、案内する。
「こ、こちらです……」
白い大理石が敷き詰められた通路を歩いている時も、すれ違うメイド達が皆、彼を振り返った。
しかし、フィリップ自身はその自覚もなくこの通路の造りにも、改めて唖然としながら顔をキョロキョロさせていた。
繊細な彫刻を施された柱や壁、そこに飾られている高価そうな絵画や鎧。
初めて目にするこの光景が珍しく、思わずフィリップは目を奪われる。
そんな中、メイドが足を止めた。
「この中で、お館様がお待ちです」
大きな、3mはあろう木製の両開きのドアが、開けられる。
すると、だだっ広い空間に赤い絨毯が敷かれ、重厚なソファーとローテーブルが置かれたそこには、一人の初老の男が座っていた。
「やぁ。君が、うちのギルフォードが迷惑をかけてしまったお方ですな?」
「あっ! いえ、その、僕の方も不注意でしたし……すみません。お風呂を頂いてしまって」
フィリップは、小走りでそのロマンスグレーなダンディーの側へと急ぐと、ペコリと頭を下げる。
「いやいや。普通なら誰も足下にいるカエルトカゲまで、気は回らんよ。貴殿には非はない」
男は言うや、豪快に笑い出したのでフィリップは、思わずびっくりしてしまう。
「この方が、ラズベリー様でございます」
突然、斜め後ろから声をかけられてフィリップは、更にビクッとしてしまった。
相手は、ショーンだった。
「まぁまぁ。とりあえず座ってくれたまえ」
「はい。では、失礼します……」
フィリップは、ラズベリーに勧められて、おずおずと彼の向かいのソファーに腰を下ろす。
フカフカしているが、とても座り心地が良い。
それを確認して、ショーンが用意していた紅茶を、彼の前のテーブルに置いた。
「ジェラルディン殿、と申したか。貴殿は何をしておいでですかな?」
「僕は妹と、もう一人、武道格闘家の少女の三人で、世界を旅しています」
「ほぅ! 旅人でありましたか。それで、その二人は?」
「別行動で、今は買い物に行っております」
「それはそれは。うちの妻と娘も買い物に行っておりましてな。私は自ら留守番を。何せ、女の買い物はそれこそ日が暮れる程に長い! ワッハッハッハッハ!!」
「確かに」
フィリップは段々と、彼の豪快さに慣れ親しんできたらしく、一緒になってクスクス笑う。
「それで、ジェラルディン殿と妹君は、何の職業を?」
「二人とも、魔法使いです。僕が白魔法使いで、妹が黒魔法使いをやっています」
「成る程……それでジェラルディン殿は、それだけの気品が漂っておられるのか。いやはや、貴殿を見る、うちのメイド達の視線を独占しておられますからな! ワッハッハッハッハ!!」
「いやいや、そんな……」
ラズベリーの言葉に、思わず照れてしまうフィリップ。
「本当なら、夕食をご馳走させようとも思ったのだが、他のお連れが別行動しておられるのなら、素直にもう帰した方が良さそうですな」
「お気持ちだけでも、ありがたいです。お茶、とても美味しかったです」
「これは、ギルフォードが淹れたお茶でしてな。これは紅茶に目がなくて、それを語らせたら軽く半日は経過してしまう。ワッハッハッハッハ!!」
主の言葉で、チラッと彼へ視線を向けたフィリップに、ショーンも気付いてニッコリ笑顔を見せる。
「それでは、これ以上長く引き止めておいてはいけませんな。ギルフォード、宿まで送って差し上げなさい」
「はい。ご主人様。それでは、参りましょうか。ジェラルディン様」
「改めて、お風呂とお茶を頂いて、大変ありがとうございました」
フィリップは、深々と頭を下げて礼を述べると、先を歩き始めたショーンの後を追いかけた。