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story,Ⅱ:食事時の歓声

 ショーン・ギルフォードに宿まで送り届けられて、フィリップ・ジェラルディンが部屋の前まで来るとドア越しに、フェリオ・ジェラルディンとレオノール・クインの楽しそうな、はしゃぎ声が聞こえてきた。

 時間は、もう夕方だった。

 紺碧色の低い空から、月が昇り始めている。


「ただいま。良いアイテムを買ってきた……」


 言いながら、ドアを開けるとフェリオがいち早く反応した。


「お帰りフィルお兄ちゃんー!!」


 大喜びで飛びついてきたのは、一時的に呪いが解け、もうすっかり19歳の成人体型になっているフェリオの姿だった。

 身長は168cmの背丈だ。


「ぅわああああぁぁぁぁぁーっ!!」


 突然だったので、思わずフィリップは抱きついてきた妹の腕を、乱暴に振りほどいてしまった。


「……フィルお兄ちゃん?」


 腰まで長くなっている、ピンク色の髪を揺らしながら、キョトンとするフェリオ。


「いや、ほら、あれだよ! 僕にはトラウマが……!」


「アハ! そうだった、そうだった! 以後気を付けるね!」


 フェリオは、パンと両手を一度だけ叩き合わせると、何の悪気もなく満面の笑顔で言う。


「でも、何だろう? フィルお兄ちゃん、凄くいい香りがする……」


 クンクンと、フィリップへ顔を近づけるフェリオから彼は壁際まで後退り、追い詰められ逃げ場を失うと必死に口走る。


「分かったから! ちゃんと説明するから! 少し僕から離れてっっ!!」


「あ、ゴッメ~ン!」


 そう言って、フェリオは兄から距離を置く。

 ……決して、フェリオには悪気はないのだ。

 それを確認してから、腰を抜かしていた自らを落ち着かせるフィリップは改めて、妹へと言った。


「しかし、そんな露出度の高い服を選んでくるなんて……僕の心臓を止める気!?」


「え? そうかなぁ? レオノールが選んでくれたんだよ」


 これに、フィリップはキッと鋭い睨みを、レオノールへ向ける。


「何。気にするな。女とは、こういうものだ。俺だって別段、悪気はねぇからな」


 ベッドに腰掛けていたレオノールは、ケロッとした表情で言う。


「いや、アレだよ! 胸の谷間、そんな堂々と曝け出すなんて、男に対して悪意あるだろう!」


「……俺もそうだけど?」


 平然と述べる、レオノールの言葉に顔を青褪めながら、フィリップは妹の胸の谷間を指差していたが、彼は言い返す。


「レオノールのは窓口が小さいし、それに女じゃないから別にいいんだ!!」


 ツカツカツカ──バコン!!


 フィリップの発言に、レオノールは大股で歩み寄ると壁際で腰を抜かしてへたりこんでいる、彼の頭を拳で殴る。


「痛ァッ!!」


「言動はどうあれ、俺もれっきとした女だ」


「すみませんでした……」


 二発目準備の、彼女の拳を見てフィリップは、素直に謝罪した。


「とりあえず、お腹空いたぁーっ! 早く下の食堂でご飯食べよう!!」


 露出しているお腹に手を当てて、天を仰ぎながら言ったフェリオの言葉に、フィリップは立ち上がりながら答えた。


「そうだね。じゃあ、ご飯食べながら話そうか」




 この世界では、18歳から成人と扱われ、飲酒も可能である。

 なので、三人はレオノールは麦酒エールを、ジェラルディン兄妹は蜂蜜酒ミードを飲み交わしながら、食事をしていた。


「へぇ~! この町の領主とねぇ~!」


「あー、それってご馳走食べ損なったってパターンじゃん! しまったぁ、フィルお兄ちゃんと一緒に行動すれば良かったねぇ。レオノール!」


 感心するレオノールと、悔しがるフェリオ。

 しかし、フェリオの前のテーブルには、軽く皿が十枚以上は重なっていた。

 三人が座っている窓際のテーブルは長方形で、フェリオとレオノールが横に並んで座り、フィリップはレオノールの向かいに座っていた。

 食堂の造りは、ファミレスみたいな感じだが。

 この様子に、周囲の客達がザワついていた。

 フェリオが、あまりにも食べるので、ついにその様子を見ていた中年で恰幅の良い男の客一人が、テーブルから立ち上がって声をかけてきた。


「そこの可愛い姉ちゃん!!」


「……ん? ボクのこと?」


 周囲の視線から、それが自分に向けられた言葉だと気付いてフェリオは、自身を指差す。


「おうよ! あんたの食いっぷり見てたら清々すらぁ! 良かったら俺から一品、ご馳走させてくれ!!」


「え? ホントに!? いいの!?」


 フェリオの目が輝く。

 するとこれに乗じて、他の客達も男女問わず我も我もと立候補してきた。


「ぅわぁ~! ありがとう! クランベリーの人達は、みんな優しいんだね!! フィルお兄ちゃん! レオノール!!」


「あの領主に、この住民あり、だね……」


 フィリップは、昼間のラズベリー男爵の豪快な性格を、思い出していた。


「あの姉ちゃんが完食出来るか出来ないか……俺ァ、出来る方に1000ラメー賭けるぜ」


「俺は出来ねぇ方に1200ラメーだ」


「何せ軽く二十人以上の客達が今、あの姉ちゃんに一皿ずつ奢ったからなぁ……」


 コソコソと囁きあう客達。

 思いの他、大人数の客達がフェリオに料理をご馳走したので、いつの間にやらすっかり賭けの対象とすり替わっていた。



 ──三十分後。


「あ~、美味しかった~!」


 全て、ぺロリと完食したフェリオに、賭けに勝った者達から歓声と共に、ナフキンが宙を舞った。

 そんな中で、客席の奥から一人の男が悠然と、歩み寄って来た。


「ん? 誰?」


 それに気付いたフェリオ・ジェラルディンが、小首を傾げる。

 半ばこんな妹に呆れていたフィリップ・ジェラルディンが、ふと顔を上げる。

 そして、驚きの表情を見せた。


「ギルフォードさん!?」


 男は、ショーン・ギルフォードだった。


「たまたま、この店の前を通ったらやたら賑やかだったので、覗きに来ました。まさか、ジェラルディンさん達だったとは」


 ショーンは温厚な口調で言うと、ニッコリと笑う。


「あ。この人が、カエルトカゲ?」


 そう言って指差したのは、酔っ払っているレオノール・クインだった。


「コラ! レオノール! 失礼だろう! す、すみません。こんな見苦しい所を見られていたとは。お恥ずかしい……」


「いやいや。とても楽しかったですよ。見応えがありました」


 兄と彼のやり取りに、フェリオはホヘッとした表情を浮かべている。


「あ、えっと、この大食いの子が僕の妹のフェリオ、そしてこっちの酔っ払いがレオノール・クイン。僕の旅仲間です」


「そうですか。さぞかし楽しい旅なのでしょうね」


「まぁ、確かに賑やかと言えば、賑やかな方……でしょうか」


「これも何かの縁。今夜のお食事代、全て私がお支払い致しましょう」


「ええっ!? いやいや、そこまでして頂くわけには……!!」


 即座にフィリップは席から立ち上がり、凄い速さで両手の平を左右に振る。


「わぁ~い! やっぱりクランベリーの人は優しい♪」


「コラ! リオ! 図々しい!!」


 フィリップは、フェリオへ顔を向け一喝してから改めてショーンの方へ向き直ると、もう彼はそこにはいなかった。

 思わず、キョロキョロ周囲を見渡すフィリップ。

 すると、ショーンは支払いカウンターにいた。


「ウソ! ヤバイヤバイ! これ以上借金をするわけには……!」


 借金とは、レオノールが勝手に“輝夜の嘆き”なる、満月の前後五日間のみ呪いが一時解除されるレアアイテムで、半ば騙されるようにつかまされ使用後に支払いを要求された50000ラメーの事である。


「ギルフォードさん! 本当にお代は自分で……!!」


 駆けつけた時には、もう支払いが完了していた。


「ああぁああぁぁ……」


 思わず、ショーンの足元に立ち崩れるフィリップ。


「本当に、気になさらないでください。これは私の善意です。後日、請求したりなどは絶対にしませんよ」


 へたりこんでいるフィリップの肩に、優しく片手を置くショーン。

 そんな彼へ、フィリップが顔を上げるとショーンの背後から、後光が射しているように見えた。


「神様だ……仏様だ……ありがとうございますぅ~!!」


 フィリップは、半泣きの表情で礼を述べた。


「いえいえ。それでは、失礼しますよ」


 ショーンは笑顔を見せてから、颯爽と店を出て行ってしまった。

 そんな彼を、フィリップは涙ながらに見送った。




 深夜──ラズベリー邸の地下にて。

 ショーンは、五体の獣系と飛行系モンスターと対峙していた。

 捕獲したモンスターを、地下で家畜化しているのだ。

 大剣を手に、ショーンは軽い身のこなしで自分と大きさが変わりないモンスターを、確実に倒していった。

 ちなみに倒されたモンスターは、ラズベリー邸で美味しく調理されるので、無駄はない。


「今日は随分張り切っているな」


 突然の声に、ショーンはそちらへ顔を向ける。

 ラズベリー男爵だ。


「ジェラルディンさんを宿屋へ送らせてもすぐには戻ってこなかったし、戻ってきたと思ったらいつもなら二体でしかやりあわないのに、今日に限って五体ものモンスターとやりあうとは……。彼等に、触発されたかね?」


「……」


 ただ黙って俯き、顔の汗を袖で拭うショーン。


「ハッハッハ……お前は分かりやすい奴だよ。ギルフォード」


 時間帯的に、笑い声を控えめにその言葉を残して、ラズベリーは一階へと上がって行った。




 朝──プニプニ。


 ん……何だろう。この柔らかい感触……温かくて、気持ちがいい……。


 プニプニ。


「んぅ~ん……ムニャムニャ……」


 ……え? 声??


 目を覚ますフィリップ。

 すると、目の前にはフェリオが一緒に眠っていた。

 本来なら、大体はいつもの事である。

 時折フェリオは、兄と一緒に寝たがってベッドへ入り込んでくるのだ。

 しかし、今回は状況が少しだけ違う。

 プニプニしていたのは、19歳の女体の柔肌。

 顔を上げると、豊満なおっぱ……いや、双丘から覗き見える深い谷間。

 これにフィリップは、一気に目が覚めた。


「ぅわあああああぁぁぁぁーっ!!」


 その悲鳴に、フェリオは飛び起きてベッドから転がり落ちた。


「何、何!? どうかしたのフィルお兄ちゃん!?」


 すると、背を向けていた彼が、ゆっくりと振り返った。


「……“奴”なら、気絶したところだ」


「あ……おはよ。裏フィルお兄ちゃん♡」

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