草原を歩いていたら、ジャイアントアント二匹と、ジャイアントフロッグ二匹が出現した。
どちらも人間より、一回りも大きい。
ジャイアントフロッグは、アマガエルの巨大版だと思ってくれたらいい。
「かっ、可愛い……! 巨大カエル……!!」
ショーン・ギルフォードの発言に、みんな耳を疑ったが只今絶賛裏人格であるフィリップ・ジェラルディンだけが、ふと思い出して呆れる。
「そういやお前……動物系である生き物に弱いんだったな……」
「え!? ショーン、モンスター好きなの!?」
兄の言葉に、驚愕するフェリオ・ジェラルディン。
「いや、だから正確には、動物好きなんだ……」
「おいおい。この調子でモンスターバトルは大丈夫なのかぁ!?」
フィリップの答えを聞いて、レオノール・クインまで嘆息吐く。
「おいでおいで~。巨大カエルさん……♡」
すると、ジャイアントフロッグは、前足でショーンを殴打してきた。
四メートル程、横へと吹き飛ぶショーン。
「ちょっ! いきなり勇者、やられちゃったんだけど!?」
レオノールは叫ぶと、ショックで愕然とする。
「動物とモンスターの見分けもつかないのかなぁ?」
フェリオは小首を傾げる。
すると、ゆっくりショーンが体を起こした。
「こっちが優しく接したにも拘らず、この扱いは頂けませんねぇ~……」
みんなの視線が、彼へ集中する。
「往生しなさい!!」
怒鳴るや否や、俊敏なる速さで自分を殴打したジャイアントフロッグへ、肉薄するショーン。
そして、あっと言う間にど真ん中を、一刀両断してしまった。
「ス、スゲェ……勇者と同等の立場なだけあって、攻撃力も伊達じゃねぇぜ……!」
驚愕に見開かれた眼差しに、興奮気味な口調で述べるレオノールだったが。
「あれっ? あれれ? おっかしいなぁ~。もう一回! 燃えろ、フレイミ!!」
一方、魔法攻撃を繰り出そうとしていたフェリオが、何やらぼやいていた。
誰ともなく確認したら、フェリオの手の平からは、何かがゲップをするかのようにポシュッと小さな煙が、出ただけだった。
「こんな雑魚モンスターで、何をそんなに手間取っている!!」
裏人格のフィリップが、苛立たしげに言葉を荒げる。
「魔法が……! ボクの魔法が出ないんだよぉ~!!」
怒鳴られて妹のフェリオは、半泣きで訴える。
「……試しに、白魔法を使ってみろ」
「白魔法? えっと、えーっとぉ……行われよ、
すると、幅3m程の巨大な光の帯が出現したかと思うと、その場に残っていた全てのモンスターを巻き取るように、包み込んだ。
そして光が消滅した時には、最早モンスターの肉体は浄化され、なくなっていた。
「あ……白魔法、初めてなのに、ボク使えた……」
「おそらく逆転したのだろう。使用可能な魔法が」
「え? 何で?」
「体型だ」
理解出来ないフェリオへ、フィリップは更に説いた。
「“俺”がこうして表に出ると、主人格は本来白魔法術者にも係わらず、黒魔法が使用出来るようになっている。一方お前は……元々我ら一族は女が“白”主体だ。今こそ年相応の体型になり、強制的に使用可能魔法が、“白”になった」
「じゃあ、どうしてボク、今まで黒魔法が使えたのさ!?」
フェリオは、ピンク色の長髪だけでなく、その豊満な胸をも揺らしながら振り返る。
「フン。簡単な事……それはお前の体型が“ガキ”だったからだ。ガキの内だけなら、まだあらゆる可能性を秘めている、と言う事なのだろう」
「ええぇぇえぇ~……そうなのぉ~……?」
フェリオは、ショックと落胆が入り混じった反応を見せる。
「そういうこったら、今後サポート頼むぜ、リオ」
レオノールが、ポンと彼女の肩へ手を置く。
しかし、ふと何か異変に気付き、みんながそちらを見るとショーンが黙々と、自分が一刀両断したジャイアントフロッグを、“英雄の大剣”で捌いていた。
「あの、一体、今何を? ショーン」
レオノールがおそるおそる訊いてみる。
「何って、食用に下ろしているんです。ジャイアントフロッグの肉は、美味なのですよ」
でも、それに“英雄の大剣”を使っちゃダメだろ!!
みんな、心の中でツッコミを入れる。
「ほ、ほら。こいつ、使えよ」
レオノールが、口元を引き攣らせながら、持っていたサバイバル万能ナイフを手渡す。
「おや。ありがとうございます。お優しいのですね。レオノールは」
いやいや……大剣の名声を思うと、見ちゃいられなかっただけだ……。
内心密かに、レオノールは思う。
こうして、切り分けた肉をビニール袋へ入れると、更に荷物の中へ仕舞い込む。
「ありがとうございました」
「いや。やるよ、それ。あんたが持っていた方が、今後役に立ちそうだ」
礼を述べて返してきた万能ナイフを、レオノールはショーンへ逆に返す。
「おや。そうですか? では、お言葉に甘えて」
ショーンは、ニッコリ笑うと万能ナイフを受け取った。
青々とした草原を、気持ちの良い微風が吹き抜ける。
「つか、可愛いと言っていた対象を、平然と捌ける辺り、あんたも結構な……」
「いやいや。これはこの子への、飴と鞭です」
「……ボクでも分かるよ……こういう事に飴と鞭は使わない事を……」
ショーンの発言で、フェリオもついにツッコミを入れてきた。
「ところで、私達は今どこへ向かっているのでしょう?」
歩き始めたみんなへ、ショーンは誰ともなく尋ねた。
「ここから南にある、ブロッコリー密林だ」
答えたのは、先頭を歩くフィリップだった。
密林から囲まれるようにして、中央には“ミント村”がある。
「成る程……では、二度の野宿は覚悟しないといけませんね」
ニコニコと、笑顔を浮かべながらショーンは言った。
──数時間後。
「さて。日も傾いてきた上、暗くなるとモンスターの動きも活発となりますし、ここいらで野宿をしましょうか」
そこは、周囲を遮る物は何もない平原だったが、敵のモンスターを早く気付きやすい意味でも、都合が良かった。
ショーン・ギルフォードは、荷物を下ろし中をゴソゴソ探り始める。
「いつもは、フィルお兄ちゃんが白魔法でバリアを張るんだけれど、今のフィルお兄ちゃんは……」
「無理だ。お前が張れ」
「だよねぇ~……。バリアは魔力の消費が大きいから──」
兄、フィリップ・ジェラルディン(裏人格)にあっさり断られて、渋々動くフェリオ・ジェラルディン(成人体型)だったが。
「ああ! お待ちください。大丈夫ですよ。バリアの魔法を使わずとも」
突然、ショーンが彼女を引き止めた。
「え?」
これに、みんな一斉にショーンへ顔を向ける──フィリップだけは視線のみ──。
「私が、“約束の札”を持っていますから」
「えっ!?」
「とりあえず、二枚使用しますね」
「ええーっ!?」
悠然と述べながらショーンは、黄色の札を二枚、みんなへ見せる。
「本物だ……」
ザワつくフェリオと、レオノール・クイン。
“約束の札”──それは約3m弱四方の広さのバリアが張れる魔法札で、値段は1000ラメーする。
これは、宿屋次第ではあるが、二日分の宿泊料金だ。
それを、この一晩で贅沢にも、二枚使用すると言うのだ。
軽く、5~6m四方の広さを守ってもらえる、と言う事になる。
ショーンは、その札を北と南に置くと、鋲を打つ。
すると、虹色の膜がシャボン玉のように、ドーム型に拡がった。
「ぅわぁ~……! 広~い♪」
「何て開放的なんだ……!」
フェリオとレオノールは、はしゃぎながら地面に寝転び、ゴロゴロと転がってみる。
「喜んで頂けて良かったのですが、衣装が汚れますよ?」
「お前ら、いつまでも調子に乗っていると、焚き火ではなくキャンプファイヤーを起こすぞ」
「それはダメ!!」
「せっかくの広さが無に帰す!!」
フィリップの冷ややかな言葉に、フェリオとレオノールは大慌てで起き上がった。
ちなみに魔法でのバリアは、魔力レベル次第で大きさが変化し、消費も激しいのだ。
フィリップが、中央に魔法で焚き火を起こす。
「さて。では、料理を作っていきますね」
火を確認するや、サラリとそう述べたショーンの発言を、またしてもフェリオとレオノールが反応する。
「料理を……」
「作る!?」
これに、ニッコリ笑顔を見せるショーン。
「はい。一応、執事ですからね。こうした旅の料理も学んでおります。しかも昨夜、クランベリーの宿屋の、リオのあれだけの食べっぷりを見ていますしね。ですから、食材もここまで来る間のバトルから、確保しておきました」
「成る程……通りでモタモタしていたわけだ」
ボソリと、フィリップが述べたのを、ショーンは苦笑する。
「はい。申し訳ありません」
「とりあえず、俺は一切手伝わんからな」
「それはご心配なく。用心の為、魔法札は充実しております。黒魔法を頼ろうだとか、ご迷惑はおかけしません」
抑揚のないフィリップの言葉に、ショーンが答える。
「魔法札を調理で使用するだなんて……」
「何たる贅沢!!」
……ショーンを仲間にしてからは、フェリオとレオノールは驚きに事欠かなくなっていた……。
分かっておいでだろうが、剣士は魔法を使えないのだ。
勿論、武道格闘家であるレオノールも、然りだが。
二時間後……。
「驚いた……今日用意していた分の食材が、全てなくなりましたよ」
「お前が気取って、料理なんか作るからだ! 野宿の時は相応の食い物を、リオへ与えておけばおとなしかったものを!」
唖然とするショーンへ、フィリップが怒りを露わにする。
「えーっ、もう何もないのー? 全然足りない~! お腹空いたぁ~!!」
寝転がり、両手足をバタつかせるフェリオ。
「仕方ありませんね……ここは狩りへ出て食材を調達して……」
「やめておけショーン。余計リオが図に乗るだけだ。フィリップの言う通り、黙らせるしかない」
火の側から立ち上がったショーンを、レオノールが呼び止める。
「しかし、一体どのように……」
「俺の荷物の中に……」
レオノールは荷物をたぐり寄せ、ゴソゴソと探り始める。
「この、干し肉ブロックと魚の干物がある。これを、こいつへ与えりゃ……ほれ、リオ。食い物だぞ」
まるで犬のように、フェリオへ声をかけ彼女に手渡すレオノール。
すると、フェリオは彼女が手にしていた干し肉ブロックと、魚の干物を奪い取るや、ガジガジと噛り付き始めた。
しかし、何せ干し物の上にブロックなので、硬くてなかなか飲み込めない。
「こいつ、大食いの割には、顎が弱いんだ。これで一晩は持つ」
愉快そうに、ケラケラ笑うレオノールの言葉から、ショーンは珍しい生き物を初めて見るかのように、絶句してしまっていた。