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story,Ⅱ:ピンチの果てに

 二日目──平原にて。

 遠くの方から、ブロッコリー密林が薄っすらと見えてきた。

 だが、そのせいかモンスターと遭遇エンカウントする回数も、多くなってくる。

 今みんなは、2m程の大きさをした地獄蜘蛛と戦っている。


「ぅわぁ……主人格のフィルお兄ちゃんだったら、また気絶していただろうね」


「もう既に、俺の中で奴は気絶している。先程までは俺を通して状況を窺っていたがな」


「へぇ! 意識の出入り自由なのかよ!?」


 レオノール・クインは尋ねると、地上で這う地獄蜘蛛へ大きく跳躍し、踵落としを放つ。


「リオがまだ成人体型だから、表へ戻るのを恐れているようだ──行け、スピリットよ!」


 只今、裏人格であるフィリップ・ジェラルディンは、武器屋にて入手した弓矢スピリットを構えると、手を離す。

 その矢は、蜘蛛の前足一本の付け根を射抜き、もぎ取った。

 蜘蛛はバランスを失い、前方斜めに傾く。


「……お前、弓が専門武器だったんじゃねぇのかよ?」


「しゃ、喋りながら射ったから、狙いが外れたのだ!」


 レオノールに指摘され、半ば慌てるフィリップ。


「へぇ……その矢さえ、ど真ん中に入ってくれりゃあ敵の魂、昇天するんだよな? ちょちょいと頼むぜぇ? フィリップさんよ」


「わ、分かっている!!」


 ちなみに、ショーン・ギルフォードは不意打ちを喰らい蜘蛛の糸で動けなくなっており、その糸をフェリオ・ジェラルディンがむしり取っていたのだが。


「うえ~っ! 手がベタベタするぅ~! ショーン、自分で何とかならない~!?」


「それがご覧の通り、私自身が糸でベタついておりまして……思うように動き辛いのです。お手数おかけして申し訳ありません。リオ」


 よって、今現在、フィリップとレオノールがこの大蜘蛛と、戦っているわけだ。


「弓攻撃……何か技を編み出した方がいいかもな。──喰らいやがれ! 粉砕撃!!」


 レオノールは、一言嫌味を残して、大技を繰り出す。

 地獄蜘蛛が、よろめく。


「チィッ! もうちょい!!」


 レオノールが大きくバックジャンプして、フィリップの隣へ戻ってくる。


「貴様こそ、大技の割りには加減をしているのではないか? レオノール」


「まだ何の技も持たねぇ奴から、言われたくねぇよ」


 その時、大蛇が姿を現した。


「……また面倒なのが、つるんで来たな」


 フィリップが吐き捨てる。


「おや? 大蛇じゃないですか。あの蛇は、毒抜きすればとても美味な食材に──」


「肉ーっ!!」


 ショーンの言葉が終らない内に、フェリオが彼に絡まっている蜘蛛の糸取りを放り出し、大蛇の前へ飛び出した。


「!? リオ! いけません!!」


 咄嗟に、ショーンが声を上げる。

 大蛇は素早く、フェリオへ鎌首を伸ばしてきた。

 フェリオは鞭を構えるも、間合いが足りない。

 直後。

 ドンッと何者かから、フェリオは突き飛ばされていた。

 地面へ倒れこんだフェリオは急ぎ、元いた場所を振り返ると、レオノールが片腕を押さえ蹲っている。


「レオノール!!」


 フェリオは、大急ぎで彼女へ駆け寄る。


「食い物ばかり、考えてっからこんなヘマ、侵しちまうんだよリオ……ヤベェ、俺、毒喰らっちまったみてぇだ……」


 レオノールは、言いながら地面に倒れこんでしまった。

 肌を触ると、凄い熱だ。


「ウソウソ!! どうしよう! フィルお兄ちゃん!!」


 フェリオは、半泣きで兄を仰ぎ見た。


「阿呆が。今のお前は白魔法使いだろうが。魔法で毒を浄化してやれ」


「あっ。そうか! レオノール、今ボクが助けるよ!! かの者の毒を取り除け、ポワゾンエファシ!!」


 フェリオが、傷口に手を当てて唱えると、淡くグリーンに手元が輝いた。

 しばらくすると、それまで呼吸が荒くなり熱で火照っていた顔色も、どんどん和らいできた。


「全く。こんな雑魚に使う必要もないと、思っていたが──」


 フィリップは言いかけ、ふと前を見るとレオノールの熱を探知してもう一体の大蛇が、こちらへ寄って来た。


「フッ……それでいい。こちらもやりがいがあると言うものだ」


 フィリップは、愉快げに口角を引き上げる。

 そして、口早に唱えた。


「その邪視にて与えし動かざる者よ、今こそ導かん。カトプレパス!!」


 すると、地面が盛り上がり、茶色ともオレンジとも付かない色の輝きが、周囲へ拡散した。

 そして、そこに姿を現したのは、左右それぞれ一本ずつ下顎から上へ突き出した大きな牙。

 左右のこめかみからは、雄牛を思わせる下へ向かってカーブを描いている、巨大な角。

 まさに、猪と牛が合体したような姿で、額には紫色に鈍く光るギョロリとした大きな眼を持つ、三つ目の生き物。

 頭を重たそうに、地面まで垂らした奇妙な見た目だった。

 まさに、バッファロー並みの大きさだ。

 これへ、地獄蜘蛛と大蛇が一斉に、飛びかかった。

 直後、カトプレパスの三つ目が、鋭い光を放ったと思った時には、それらのモンスター三体全てが石像と化し、地面へ重々しく落下した。

 それを確認して、フィリップは前方に真っ直ぐ伸ばした片手をグッと握り、自分の方へ引き寄せた。


粉砕ブレイク!!」


 彼の言葉と共に、そのモンスターの石像は、粉々に砕け散った。

 これを合図とし、ふいとカトプレパスは空気の中へ溶け込むように、姿を消した。

 ようやく、その場は静けさを取り戻す。


「その手があったのなら、もっと早く出しやがれ!!」


 すっかり元気になったレオノールが、跳ね起きるなり怒鳴りつける。

 この反応に呆れた様子で、嘆息吐くフィリップであったが。


「今のは一体……!?」


 そこには驚愕した様子の、相変わらず全身蜘蛛の糸まみれでいる、ショーンの姿があった。





「頭上から、降らせろ。流水ウォーター


 フェリオ・ジェラルディンの魔法で、ショーン・ギルフォードはまさに、頭からバケツを引っ繰り返したような量の、水をかぶった。


「ありがとうございます。リオ」


 ショーンは礼を述べ、持っていたタオルで全身を拭き、絡み付いていた蜘蛛の糸を取り払う。

 そして改めて、二度三度と首肯する。


「そうですか。フィリップとリオの兄妹は、召喚師なのですか……」


 何故か、第三者であるレオノール・クインからの説明を受け、ショーンは改めて感心する。


「でもボクは、まだ何の召喚霊も持っていないんだ」


 フェリオが、落ち込んだ様子で口にする。


「それは──主人格の方の俺が、リオへ教えたがらないのも一つあるが、故郷で教えられた16歳から学ぶ為の体型を、普段はしていないからだ」


「普段のボクが、子供体型だから……?」


「そうだ」


 妹の言葉を、フィリップ・ジェラルディンは冷たく言い放つ。


「じゃあ今の、大人体型だとどうなるの?」


「……だから今、お前の召喚霊を獲得しに、向かっている」


「え!?」


 フィリップの発言に、フェリオがピクンと反応する。


「基本、お前は大人体型の時だけ、召喚術を使用する事が可能だ。ちなみに、俺が黒召喚師で、お前は白召喚師だ」


「召喚師にも、白とか黒とかあるのかよ」


 レオノールは、オールドフルーツを食べながら尋ねる。

 オールドフルーツとは、グレープフルーツくらいの大きさをした、食べるといろんなフルーツの味が楽しめる、体力全回復の消費アイテムだ。

 フィリップとフェリオの兄妹は、ミルクコーヒーを飲んでいる。

 こちらは、魔力全回復のアイテムだ。


「ただの伝説だとばかり、思っていましたが……まさか本当にこの世に召喚士が存在していたとは、とても驚きです」


「今では、世界で俺ら二人だけの、特別保護種族と言っても過言ではない。しかも、今の状態であるという条件付だ。“ガキ”と“腰抜け”に戻ったら、一切召喚術は使えん」


 ショーンの言葉に、フィリップが答える。

 勿論、“腰抜け”とは主人格の方のフィリップのことだ。


「世の中では、我ら召喚師の里がモンスターにより壊滅したことを、どこからか知った連中が、自らもモンスターから目を付けられぬよう、召喚師を毛嫌いしている者もいる。よって、我々の存在は一切他言無用だ」


 フィリップから、鋭い眼差しを向けられ、ショーンは笑顔で首肯した。


「はい。決して」


「そういうことなら、リオの呪いが戻るまであまり時間がねぇ。急ごうぜ!!」


 オールドフルーツを間食したレオノールが、ピョンと飛び跳ねるように立ち上がった。


「すっかり身軽になりましたね。では、先を急ぎましょう」


 レオノールの様子を、ショーンは愉快そうにクスクス笑うと、立ち上がる。

 この日の野宿は、昨夜の反省を活かしながら過ごした──。





 そして翌日、いよいよブロッコリー密林を目前にした。


「よぉ~し! ボク専用の召喚霊、待ってろよ~! 今行くからなぁ~!!」


 フェリオは、自分の肩に手を置いて、その肩をグルグル回す。


「それで、そこへ行くにはどのように行けば良いのでしょう?」


「元々は、この密林にあった大木だった。しかしこの十年で、その大木を取り囲むようにして、ミントという村が出来たらしい」


 ショーンの質問を、フィリップが答える。


「では、そのミント村へ──中央へ向かって行けば良いのですね?」


「ああ。そうだ」


「うへぇ~。ここ、めっちゃムシムシしてる。体が気持ち悪ぃ」


 レザー生地の衣類を着ているレオノールが、胸元の開いた部分を扇ぎながら言う。


「村に着いたら、村人からお風呂借りよう!」


「おう。そうしようぜ」


 レオノールとフェリオは女同士、もう目的の後のことの会話をしていた。

 一同、ミント村へと向かってブロッコリー密林を、歩いていたが。

 何せ、蒸し暑い。

 苔に覆われている木々の間を、縫うように突き進んでいく。

 ただ歩いているだけでも、汗が玉のようになって吹き出す。

 これだけで、体力が少しずつ奪われていく。

 周囲は、鳥や獣の声で賑やかだったが、一同、そんなことを楽しむ余裕はさらさらない。

 モンスターと戦うよりも、こうした自然の環境の方が、何よりも恐ろしい時もあるのだ。

 まるで、サウナの中を歩いているかのようだった。

 しかし、彼らの気持ちなどお構いなしに、モンスターは現れる。

 モンスターは現れ……──。


「生者必滅っっ!!」


 真っ赤な双眸を、カッと鋭く見開くフィリップ。

 超弩級に苛々しているフィリップの、黒魔法使用より一撃で消滅させられていく、モンスター達。


「頼むから、俺らにそれ、使わないでくれよ……」


 レオノールは、ハンカチで汗を拭いながら、力なく呟いた。


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