そして、ついにミント村へと到着した一行。
だがしかし、結局のところブロッコリー密林の中にある村なので、気候は変わらない。
村の中に存在する植物も、亜熱帯植物ばかりだ。
茶色い土を、踏み固めただけの地面に、おそらくは土壁で作られているであろう、家々。
屋根は、分厚い樹皮を鱗状に重ね合わせた、造りになっている。
乗り物は、人力車や牛車が主であるようだった。
「あれ? あそこ! みんな、ほら! 温泉って看板があるよ!!」
そんな中で、フェリオ・ジェラルディンが嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねながら、そちらを指差す。
「おーっし! 早速ひとっ風呂浴びてこようぜ! リオ!!」
レオノール・クインも、喜びを露わにする。
「うん!! ……って、あれ? フィルお兄ちゃんはどこ?」
「……おや? ついさっきまで、私の後ろにいたのですが……」
ショーン・ギルフォードも振り返って、左右をキョロキョロ見回す。
「ま、おそらくこの村のどこかにいるだろう」
レオノールが、素っ気なく言い放つ。
「そうだね! ボク達はお風呂に入ってくるから、一時間後ここに集合ってことで!」
彼女の発言に、フェリオも深く気に留めることなく受け入れると、ショーンへと振り返った。
すると、ショーンが答える。
「私も行きますよ。この汗を洗い流したいですからね」
「じゃ、行こうぜ!」
レオノールに促され、三人は村の温泉へと入って行った。
一時間後──。
「あー! さっぱりしたぁ~!」
すっかり、お肌ツヤッツヤのフェリオが、自分の頬を撫でながら言う。
「ま、またすぐにベタベタしてくるだろうけどな。こんな村だから」
賺さず、レオノールが現実的な意見を返す。
「だからこの村には、数軒も温泉を経営しているのでしょうね」
ショーンは、苦笑しながら述べる。
フェリオとレオノールとショーンが、言葉を交わしていると。
温泉の男湯の暖簾を掻き分け、姿を現したフィリップ・ジェラルディンに、みんなは気付いた。
「あれ? フィルお兄ちゃんってば、いつの間に……」
キョトンとするフェリオへ、ショーンが答える。
「私が中にいる時は、彼には気付きませんでしたが……」
だが、三人の元へと歩いてきた彼からは、しっかり石鹸の良い香りがした。
「揃ったな。では、神木の場所まで行くぞ」
何事もない様子で、サラリとフィリップは述べた。
「……しんぼく? ご神木の事でしょうか?」
首を傾げるショーン。
「ああ。そこに、リオの召喚霊が宿っている」
「ご神木に宿っているって、どんなのだろう! ボク楽しみ~!!」
兄の発言を聞き、フェリオは喜ぶ。
「くれぐれも、無礼のないようにな。召喚霊と契約出来るのは、リオ。お前の交渉次第だ」
そんな妹へ、フィリップは冷ややかに言いやった。
「あ……そう言われたら、何だかボク、緊張してきちゃったよ……」
そう言って、表情が強張るフェリオ。
「今頃か。てっきりもう、度胸が据わっているものかと思ってたぜ」
呆れたように、レオノールが指摘するのだった。
そして、ご神木の前へ一行はやって来た。
「何ちゅーデカさだこの木は!!」
レオノールが、驚愕を露わにする。
そこには、六畳ほどの部屋が四つある家が丸ごと収まりそうな程の太さをした、天辺さえも確認できないくらいの高さがある、超巨大神木だった。
所々にコケが生えている。
「でも、どこにいるの? 何もいないよ?」
尋ねてきた妹へ、フィリップはフンと鼻を鳴らす。
「自分で方法を探ってみろ」
「探る……? 探ればいいんだね? えーっとぉ……」
兄に冷たく言われ、フェリオはご神木に歩み寄り、ヒタリと樹皮へ手を当てた。
直後。
「ぅわぁっ!!」
フェリオは悲鳴と共に、ご神木の中へと姿を消した。
「リオ!!」
レオノールとショーンが、慌てて駆け寄り樹皮をペタペタ触れるが、二人には何も起きなかった。
「お前らには無理だ。召喚霊からの“招待”は、召喚師の血族でなければ赴けん。リオが上手く交渉し、契約出来るのを祈っておけ。俺は、宿屋でチェックインして、寝る」
「お前は、一緒にここで待たないのかよ!? 兄貴だろうが!!」
歩き出したフィリップへ、レオノールが怒鳴る。
これに足を止めると、首だけをめぐらせ静かにフィリップは吐き捨てた。
「……俺にとっては、今更だろう」
そうして再び歩き出し、行ってしまった。
「あんの野郎! 何って無責任な!!」
怒りを露わにするレオノールを、ショーンが宥める。
「まぁまぁ、レオノール。我々だけでも二人一緒に、ここでリオが戻ってくるのを待ちましょう」
「ああ。そうだな」
こうしてレオノールとショーンは、根元へしゃがみこんでからご神木に背凭れた。
フェリオは、淡いグリーンの光で包まれた空間に、直立した姿勢の状態でフワフワ浮いていた。
少しでも動けば、バランスを崩し底の見えない空間へその場から落下してしまいそうで、彼女の心臓は早鐘を打っていた。
初めて経験する、何が起きるのかすらも予測出来ない出来事に対して。
大きく深く呼吸をしつつも、思わず固唾を呑む。
すると、おそらくそこは壁なのだろう場所から、人の形をした、しかし髪がグリーンの葉っぱや蔦などになっている、女性の上半身のみが顔を俯いた状態でフェリオの前に姿を現した。
暫しの沈黙。
すると、その女は俯いていた顔を上げ、ゆっくり閉ざしていたエメラルド色の双眸を、フェリオへ向けてきた──。
再びの沈黙。
見つめあうフェリオ・ジェラルディンと、女体の精霊。
女はただ、静かに微笑んでいる。
戸惑っていたフェリオだったが、兄の裏人格であるフィリップ・ジェラルディンの言葉を思い出す。
“くれぐれも無礼のないようにな。召喚霊と契約出来るのはリオ、お前の交渉次第だ”
「あ、あのっ!!」
『……』
フェリオは、もう一度固唾を呑むとゆっくり、口を開いた。
「ボクは、壊滅してしまった召喚師の里から来た、末裔です。名前は、フェリオ・ジェラルディンと言います」
『そうですか』
フェリオへ答えてきた、女の声は直接頭の中へ、響いてくる。
口元を確認する限り、喋る時に口唇が動いていない。
『私はドリアード……樹木の精霊です……』
リンとした軽やかで穏やかな声が、フェリオの脳内に響く。
「はい……っ! 初めまして! ドリアード」
『召喚師の里の壊滅の話は、知っています……この上ない災難でしたね……』
「はい……そのせいでボクのお兄ちゃんはショックを受けて、一度は召喚術を手放そうとしました。だけどボクは……その時まだ10歳で、襲撃してきたモンスターから、魔王より預かった呪いをかけられ、成長出来ない不老体にさせられてしまったんです」
『今は、おいくつですか?』
「実年齢は19歳になります。今はこの体型ですが、これは仲間のレアアイテムで満月時前後のみ、一時的に呪いを解除されているからです。この姿でなければ、召喚霊と契約出来ないから」
『確かに、子供の姿では契約は出来ませんね……ではあなたの目的は、呪いを解く為ですか? それとも魔王を倒す為ですか?』
「そ、それは……!!」
ドリアードの質問に、フェリオは言葉が詰まる。
彼女は、ただ黙って微笑み、フェリオを見つめている。
どう答えたらいいんだろう。
嘘なんか吐いても、すぐバレるだろうし……でも、ボクの目的って?
フェリオは、散々迷った挙句、胸元で両手をキュッと握った。
「──両方です!!」
『……両方?』
「はい。よっ、欲張りかも知れませんが、ボクは里を襲った魔王も赦せないし、不老の肉体だって欲しくない! 年相応でありたい!! だから……っ! ……だから、両方です」
『そうですか……』
「はい……」
『……』
再度続く沈黙で、ドリアードだけは相変わらず、静かに微笑んでいる。
『──よろしい』
「えっ!?」
長らく続いた沈黙を、突然破られたのと、思いもよらなかった言葉でフェリオの肩はピクンと弾んだ。
『私は、正直な者が大好きです。人間は欲深いもの。しかし、それもそういう生き物なので仕方がありません。あなたと契約を結びましょう。フェリオ』
「よろしいのですか!? ありがとうございます!!」
フェリオは自分が今、グリーンの光の空間の中、宙を浮いている状態であることも忘れ、勢い良く深々と頭を下げた。
『代価は』
「……えっ!? 代価、ですか!?」
初めて聞かされて、フェリオはドキッとする。
咄嗟に、脳裏で借金しているレオノールの顔を、思い浮かべる。
しかし、その要望は思いもよらぬ物であった。
『苦悶』
「へ!?」
『人の“苦悶”を、私は頂きましょう』
「苦悶、を……!?」
短絡的に、てっきりお金なのだと思っていたフェリオは、意外な言葉で刹那、理解に苦しむ。
だが、そんな事などお構いなしにドリアードは、優しく述べる。
『これから、よろしくお願いしますね。フェリオ』
ドリアードの声がしたかと思うと、突然上下から何らかの形をした魔法陣がフェリオの体内ですれ違った。
そして、パァンと空間が弾ける。
その影響で、フェリオはふらつき、体勢とバランスを崩してしまった。
直後、フェリオはドタッと何かへ倒れこんだ。
「痛っ!!」
「リオ!!」
彼女の声で、ご神木へ寄りかかって眠っていた、レオノール・クインとショーン・ギルフォードが目を覚まし、慌てて駆け寄ってきた。
「あれ? ここは……」
フェリオが倒れこんだのは、普通の地面の上だった。
「フィルお兄ちゃんは!?」
「あいつは無責任にも、宿屋で寝てやがらぁ!」
すると、フェリオはダッと地面を蹴って、その場から走り出した。
「ちょっ! おい、リオ!!」
「待ってください、リオ!!」
レオノールとショーンも、慌てて立ち上がると彼女の後を追った。
白い壁を基調とした、茶色の木目がお洒落な柱で出来た、宿屋だった。
室内も、外見と基本的に似たような白い壁に、木目の柱。
両開きの窓には、クリーム色のカーテン。
各部屋のドアも、同様に木製の造りになっているのだが。
「フィルお兄ちゃん!!」
フェリオは、ノックもしないで部屋のドアを、激しく開け放つ。
「……──ん……、契約は、完了したか」
真っ白いシーツのベッドで、横になっていたフィリップが妹へと、顔を向ける。
「うん。何とか……でもっ、“苦悶”を代価に頂くって言われたんだ! ボク!! それって、どういう意味!?」
フェリオは、兄が横たわるベッドへと、かじり付く。
そう聞くや、フィリップは小さく口角を上げた。
「フッ……そうか」
「どういう……」
「いずれ、分かる」
兄の返事は、意味深長な物だった。
しっかりした答えが知りたいフェリオからすると、それはあまりも酷な物に思えた。
「そんな!」
「さぁ、晩飯にするぞ。お前も空腹だろう。何せ三時間も、神木の中にいたんだからな」
「えっ!?」
フェリオにとっては、三十分くらいにしか感じなかったからだ。
「くれぐれも、中での事は他言無用だ。レオノールにも、ショーンにもな」
上半身を起こしフィリップは静かに言うと、自分の口唇へ人差し指を当てて見せた。
それから呼ばれたかのように、レオノールとショーンもようやく部屋へと、追い着いた。