「リオ! レオノール! ショーン!」
フィリップ・ジェラルディンが、三人の名前を呼んでみたが、みんなは意識を取り戻さない。
「グルルルルルルル……」
「クッ……! ──今すぐ生贄を捧げん。
フィリップの呪文に応え、妖狼の目前に白い亜空間が口を開けたものの、妖狼が五つの目から電撃を放つとその亜空間は、鏡のようにヒビを作り粉々に砕けて、消滅してしまった。
「そんな……! ホリネスリチュオルが効かないなんて……!!」
フィリップは愕然とする。
妖狼は、ゆっくりフィリップへ頭を巡らすと、悠然とした足取りで彼の方へ歩み寄り始める。
フィリップと妖狼の距離は、10m程だ。
今の彼のレベルでは、唯一の攻撃型白魔法はさっきので、精一杯だった。
ひとまず先に、自分へ魔法防御と物理防御の魔法をかけると、バリアを張る。
そうして、歩み寄って来る妖狼から離れようと、フィリップは後ずさる。
妖狼は、全身に電流をまとわせている。
雷電系に強い属性は、地。
ならば、一か八か。
フィリップは息を呑むと、声を震わせながらも詠唱を口走り始める。
「地底に眠りし古の神。その巨躯で地を操りし者よ。今こそ大地の審判を。現れ出でよ! タイタン!!」
すると、フィリップと妖狼の間の地面が数m程、大きく盛り上がったかと思うと背中を丸めた朱色の肌をした巨人が、姿を現した。
腰布を巻いただけの巨人は、勢い良く上半身を起こして背中に盛っていた大量の土を、払い落とす。
妖狼は3mあったが、タイタンは更に大きく、5m程あった。
これは、召喚者のレベルと比例する。
レベルが高い程、タイタンの身長も高くなる。
妖狼は、驚きを露わにタイタンへ電撃を放つが、まるで通じず。
タイタンは拳を握ると、力一杯大地を殴りつけた。
すると、大きな亀裂が妖狼へ向かって走ったかと思うと、切先鋭い岩壁が円状に地面から出現して、妖狼を天高く突き上げた。
「ギャオォン!!」
妖狼は悲鳴と共に、宙を舞う。
引き続き、今度は更にタイタンは大きく跳躍すると、妖狼へ片手を振り下ろして地面へと全力で叩き落した。
「ゲィン!!」
妖狼は、地面へベタリと、まるで叩き潰された蚊のように張り付いた。
タイタンは着地と同時に、まるで吸い込まれるが如く地面の中へと、姿を消した。
久し振りの召喚に、フィリップは改めて感慨深げに、己の掌を見つめる。
妖狼は、当然ながら絶命していた。
はと我に返ると、フィリップは倒れている三人の元へ駆け寄る。
「リオ! レオノール! ショーン!!」
三人は、瘴気に当てられ、仮死状態に陥っていた。
気絶と仮死は違うので、フィリップは迷った結果、戦闘不能回復に効果がある聖水を、三人の口の中へ含ませる。
数秒後、先に目覚めたのはフェリオ・ジェラルディンだった。
「ん……っ、あ……」
「リオ!!」
フィリップは、妹の名前を呼ぶと力一杯、抱きしめた。
「フィルお兄ちゃ……? く、苦しいよ……!!」
「死んでしまっていたら、どうしようかと思った……!! 今度はお前まで失ってしまうのかと、とても怖かった……!!」
フェリオから体を離したフィリップは、目から幾つもの涙を零していた。
「大丈夫だよお兄ちゃん……だから、泣かないで。妖狼はどうなったの?」
「倒したよ……召喚術を使って……」
「え!? フィルお兄ちゃんが!?」
「お前を助けたい一心で、必死のあまりにね」
すると、咳き込む声と共に、レオノール・クインとショーン・ギルフォードも意識を取り戻した。
「レオノール! ショーン! 凄いよ!! フィルお兄ちゃんが、召喚術で妖狼を倒したって!!」
「マジか。やれば出来るんじゃねぇかよフィル……って、お前何泣いてんだ?」
「そ、それは……」
レオノールに指摘され、フィリップは半ば慌てて涙を拭う。
「怖かったんだって!」
「怖かったー!? 泣きながら妖狼倒したのかよ!」
フェリオの断片的な言葉に、レオノールが面白がって笑う。
「これはこれは……。見事に妖狼がペチャンコになっていますね。この状態で、素材は入手出来るでしょうか」
ショーンは、妖狼を中心にクレーターが出来ている縁から覗き込んで言うと、平然と潰れた妖狼の元へ下りていく。
「何であれ、よく頑張ったなフィル。感謝するぜ」
レオノールは言って、フィリップの肩を二回軽く叩くと、ショーンの後に続いた。
「ホント、よく頑張ったよお兄ちゃん。ありがとう」
フェリオもそう言って、改めてハグをしてきた。
「リオからそう言われたら、何だか召喚術を使うのも、もう怖くなくなってきた気がするよ」
フィリップは、フェリオの小さな体躯を抱き返すと、妹の頭を優しく撫でるのだった。
一方、潰れた妖狼の元へと、クレーターを下りて調べていたショーン・ギルフォードが、地面で光る何かを見つけた。
「? 何でしょう……」
地表を軽く手で払うと、それは半分ほど埋もれた350mlくらいの小瓶だった。
中には何やら、紙のようなものが丸めて入れられている。
ショーンは、その小瓶を掘り出し口の広い開け口にはまっているコルク栓を抜いて、中の紙を取り出す。
「……これは……! 皆さん! 良い物を見つけましたよ!!」
彼の呼びかけに、三人もクレーターを駆け下りてくる。
「このオリーブ大陸の、地図のようです」
「何!? どうやって見つけた!!」
レオノール・クインは、彼から地図を取り上げると、紙面へ視線を走らせる。
「この地中からです。おそらく、この妖狼がこの地図を守る、番人だったと思われます。ね? 時にはモンスターに声をかけてみるのも、間違ってはいないでしょう?」
ショーンは、笑顔で言いながら自分の取った行動を、正当化しようとする。
「番人……通りでやたら、強かっただけあったよ……」
フィリップ・ジェラルディンが、嘆息を漏らす。
「何だよレオノール! ボクにも見せてよぉ~!」
子供体型のフェリオ・ジェラルディンが、レオノールの足元でピョンピョンと、ジャンプしている。
「ここに来て、最初の役立つアイテムだ。これで今までと違って、スムーズに目的地へ行ける」
レオノールはしゃがみこむと、B5ノートの見開きくらいのサイズをした地図を、広げる。
地図を覗き込む、フィリップとフェリオとは別にショーンは、妖狼からの素材を入手していた。
さすがは、執事をしていただけはある、気の利き方だ。
「さて、地図をご覧になってみて、目的地に変更はございませんか?」
「……ある。どうやら、この地図によるとこの大陸には、村が存在しているみたいだ」
「村、ですか」
「ああ。今、俺らがいる場所はここ、北だが、東の方に村がある事が記されている」
レオノールは、相変わらず地図を覗き込みながら、人差し指を地図上で滑らせる。
「“ホウセンカ村”……では、そこを拠点にして、ハイビスカス塔へ行けますね」
「そうだね。少なくともここよりかは、距離も近くなるし」
ショーンとフィリップが意見する中、フェリオだけが大喜びしている。
「どうしたの? リオ」
キョトンとするフィリップに、フェリオが目を輝かせる。
「一体、どんな地元料理が食べられるかと思って♪」
これに、口元を引き攣らせてから、ガクリと肩を落とすフィリップ。
「リオは、本当に何に於いても、食べ物ですね」
クスクス笑うショーン。
「まぁでも、軽く一日はかかる距離だけどな」
「ええ!? だって、こんなに近いのに!?」
フェリオが、愕然とする。
「そりゃお前、地図上で見れば、だ。徒歩ではそれくらいかかる」
レオノールが、呆れ気味に言った。
「それでも、一晩野宿するだけなら、いつもより楽だよ」
妹の様子に、フィリップは苦笑しながら励ましの言葉をかける。
「とりあえず、前進あるのみです。早速ホウセンカ村へ向かいましょう」
ショーンの言葉に、皆それぞれ荷物を抱えると、歩き出した。
途中途中で、モンスターとバトルしたが妖狼戦と比べると、大したことではなかった。
夕暮れ時に、山へとぶつかったが山を沿って回りこみ、反対側にある麓のホウセンカ村へ向かうよりも、越えて行った方が早いと言う事で今晩は、そこの登山口で野宿することに決定した。
帳が下りるまで、まだ少し間があるので今のうちに山から焚き木と食料調達へ、二手に分かれることにした。
ジェラルディン兄妹は、焚き木を。
レオノールとショーンは、食料調達へ決定した。
「肉類はあるので、山菜や木の実が欲しいところですね」
ショーンの言葉に、レオノールは首肯する。
「了解! じゃあ俺に任せろ。レアアイテムハンターとして旅してきたから、そういうのが茂っている場所は見当付くんだ」
「それは頼もしいですね」
こうして、5分程歩いてからレオノールが、声を弾ませた。
「ほら、あそこだぜ!」
斜面になっている方へ指差すと、そちらへ彼女は足を踏み出した。
瞬間。
「危ない!!」
ショーンの、鋭い声が聞こえたと思った時には、落ち葉で足を滑らせたレオノールは滑落していた。
しかし直後、レオノールの手をショーンが掴んでいた。
ショーンは、側にあった木を掴んで身を乗り出す形で、危機一髪、彼女の手を捉まえたのだ。
「……っ、──それ!」
ショーンは掛け声と共に、一気にレオノールを引き上げた。
勢いで、レオノールは彼の体の上に乗っかる形になる。
「す、すまねぇ……」
「いえ。これくらい、問題ありませんよ」
自分の上にいる彼女へ、ショーンは優しく微笑む。
レオノールは刹那、紅潮すると慌てて彼の上から、退く。
だが。
「痛っ!」
レオノールの太ももに、小枝が刺さっていた。
「これはいけない」
ショーンは上半身を起こしてから、彼女の足を取ると爪楊枝ほどの小枝をそっと、抜き取った。
「棘が残っているかも知れませんので、少々失礼しますよ」
言うやショーンは、彼女の太ももの傷口に、口で吸い付いたではないか。
これに、大きく鼓動が高鳴るレオノール。
口内の血を吐き出すと、懐に手を突っ込んで真っ白なハンカチを取り出した。
「私が魔法を使えたなら、傷を治せるのでしょうが、すみません。こんな応急処置で辛抱してくださいね」
「こっ、これくらい、どうってことはねぇよ……気にするな」
レオノールの心臓は、早鐘を打っていた。
ショーンは立ち上がると、彼女へと手を差し伸べた。
「立てますか?」
「あ、ああ……」
彼の手を、そっと掴むレオノールを確認してから、ショーンはグイッと引き上げた。
「さぁ、では、足元に気をつけながら、収穫しましょう」
ショーンは、ニコッと笑顔を見せると、先を進み始めた。
レオノールは、太ももに巻きつけられたハンカチをそっと触れてから、ショーンの背中を見つめた。