〈sideヴァレット〉
1人の少年を見送った後。
「行ったか」
魔王は誰もいなくなった白い空間でひとりごちる。
幻楼郷。
まさかディノが迷い込む羽目になるとは。
ディノには軽く説明をしたが、全てを話してはいない。
立ち入れないのは人間だけではない。
魔族であっても、容易に足を踏み入れることはできない場所だ。
知る限りでは、外から入った者は10人に満たない。
そして此度の魔王軍侵攻。
彼らが温厚な種族であることは変わらないが、今回は状況が違う。
ましてや人間が侵入したとなれば、かなり警戒されることだろう。
「さて……どうなるかの」
あれが健在ならヴァレットという名前を出せば、おそらくは問題ないはず。
ともかく道は示した。
その道をどう歩くのかはディノ次第だ。
これから先、この程度の試練は幾度となく訪れるだろう。
ここで野垂れ死ぬようなら、それまでの人間だったということだ。
だが、不思議なことに予感があるのだ。
あの者は、ほんの前まで憧れだけの人間だった。
モンスターとの絆はあっても、奏者としては半人前ですらない。
仲間から見捨てられ、死ぬだけの運命。
それがどうだ。
助力をしたとはいえ、〈
これらは知識や魔力だけあっても、習得は難しいスキル。
モンスターと奏者、双方の信頼がないと出来ないことを成し遂げたのだ。
そんなディノなら、きっとこの先の苦境も乗り越えられる。
そう思えてならないのだ。
「弟子を取るとはこういう気持ちか……のぅ、ガーディス」
ふと無二の友人の名を口にする。
ガーディス・リーグル。
友人であり、封剣・夜叉を用いて魔王を封印した張本人。
人間でありながら、魔を宿す自分と深く関わろうとしてきた珍しい者。
そして魔に対抗するため大いなる加護を宿す“勇者”でもあった。
かつてお互いに守るべき者たちのため、死闘を尽くした。
全てを賭けたガ―ディスとの戦闘。
命を狙い、狙われる中で、いつしか絆が育まれていた。
立場は違えど、性格的に合うところもあったのだろう。
余たちはこれまでに交わした剣の数と同じくらい言葉を交わした。
奴が奏者の力を見て、教えろとしつこくせがんできたこともあったか。
子供のような我が儘を言うこともあれば、全てを見抜いたような鋭い発言をすることもある。
掴みどころのない、よく分からない奴だった。
脳裏には遥か昔の記憶が蘇ってくる。
そんなガーディスも歳を取り、後任の育成を担うようになる。
封印した後も封剣の前に訪れ、手のかかる弟子の愚痴をこぼしていったものだ。
“聞けよ、ヴァレット! レイスの野郎がな……”
“アイツ! もう我慢ならねえ! 絶対に次ぶっ飛ばしてやる!”
“ヴァレット、ヴァレット! やったぞ! レイスが剣術大会で優勝したんだ! さすが俺の弟子だよなぁ!”
……愚痴の中にはガーディスの弟子自慢も少し入っていたか。
懐かしい記憶を辿ると、色々な情景が浮かんでくる。
それから数えきれないくらいの時が流れたが、ガーディスの血筋はどうなったのだろうか。
“勇者”は魔王に対抗するための存在。
いわば魔王と勇者は対の存在となっている。
魔王がいる限り、継承され続けるはずだ。
この先、ディノが冒険を続けていれば、いずれ出会うこともあるだろう。
まあ何にせよ、今は目の前のことだ。
魔王として生きた中で、弟子を志願する者はごまんといた。
皆、力を求めるばかりで本質を捉えられず、挫折していったが。
奏者も忘れ去られる存在となり、もはや廃れるだけかと思っていた。
そんな中で出会ったのが、ディノだった。
できれば、奏者として大成して欲しいものだ。
「道は険しいがな。さらに越えてみせよ、ディノ・ブレース」
この言葉は誰に届く訳でもない。
それでも言葉にせずにはいられなかった。
冒険はまだまだ続いていく。
1人の少年に魔王の思いを乗せて。