「……ん」
目を覚ますと見覚えのない場所だった。
大きく開かれた荒野。
背後には岩壁が高くそびえている。
荒々しい岩壁と反して、地面は草花で彩られている。
その真ん中で僕たちは倒れていた。
ただ、ここには普通じゃない現象があった。
ぼんやりとした光りが空中を漂っている。
それは地面から湧き上がっているようにも見えた。
とても幻想的な光景。
最初に浮かんだのはそんな感想だった。
「うっ……ここは?」
聞こえてきたのはゴルドーの声。
「ゴルドーさん! 大丈夫ですか?」
「ディノくんか……。うん、大丈夫だよ」
ゴルドーは体の感触を確かめながら動かしている。
それから間もなくして、ランも起き上がってきた。
「あたた…….。あ、ディノくん? それにゴルドーさんも」
「ランさん!」
「気がついて良かった」
ランもまた身体に大事はないようだった。
「それにしても、驚いたな」
「ゴルドーさん、どうかしたんですか?」
ランが首を傾げる。
「ここの魔力の濃さは異常だ。普通の人なら魔力酔いを起こしてもおかしくないほどにね。2人は大丈夫かい?」
「はい、問題なさそうです。ちょっとだけ気持ち悪さはありますけど」
「僕も大丈夫です。確かに周りから魔力を感じますね。もしかして、この光も?」
空中に漂う光。
この光からも魔力の気配を感じる。
「おそらくは高濃度の魔力が光になって可視化されているんだ。こんな場所、初めてだよ」
ゴルドーは腕を組み、考え込んでいる。
「一体、ここはどこなんでしょうか」
夢の中で見たヴァレットは幻楼郷だと言っていた。
本当にここが幻楼郷なら、魔力に溢れるこの場所は噂通りとも言える。
ただ僕自身、ヴァレットとの会話もおぼろげにしか覚えていない。
現実とは関係なく、僕の夢でしかなかった可能性もある。
こんな曖昧な情報を伝えていいものか。
しばらく悩んでいると、
「みんな、近くに固まってくれ」
ゴルドーが神妙な面持ちで声をかけてきた。
突然のことに僕はランと顔を見合わせる。
「何かあったんですか?」
「目が覚めてから、俺はずっと〈
「え……」
咄嗟に周囲を見渡す。
見通しの良い荒野だが、それらしい姿は見えない。
「まさか……隠密スキル!?」
「断定はできないが、明らかに感知が遅すぎる。それに、もう既に展開が完了しているみたいだ」
「展開って……」
「相手は明らかに訓練された者の動きだ。誰かに指揮されている可能性が高い」
警戒して意識を集中する。
やはり姿は見えないが、気配らしきものはぼんやりと感じられてきた。
「これ……囲まれてますか……?」
「ああ。気を抜かないようにね。いつ仕掛けてきてもおかしくない」
徐々に魔力を熾していくゴルドー。
ランは状況についていけず、固まっている。
高まる緊迫感の中。
動きを見せたのは、向こうだった。
これまで見えなかった姿。
それが突如として僕たちの前に姿を現した。
現れたのは数人の魔族だった。
すらりと伸びた手足に色白の肌。
長く金色の髪は輝きすら放ちそうなほどである。
そして特徴的なのは、人より長い耳。
「あの姿……エルフか」
エルフとは魔族の中でも精霊に近いとされる存在である。
最高峰の魔力を持ちながら、戦闘を好まない穏健な種族。
隠里と呼ばれる住処からほとんど出ることがなく、遭遇することはほとんど無いという。
「お前たち、人間か」
中央に立つ男性エルフが呼びかけてきた。
だが、歓迎というムードではない。
もはやお前たちは敵だと言わんばかりの態度に見える。
「そうだ、と言ったら?」
前にはとてつもない魔力を持ったエルフが数人。
後ろは岩壁に阻まれている。
この追い詰められた状況でもゴルドーはたじろぎ一つしなかった。
「それは、ここを幻楼郷と知っての発言か」
「幻楼郷、だって……?」
エルフの発言にゴルドーは驚きの表情を見せる。
やはりここは幻楼郷だった。
あのおぼろげなヴァレットとの会話もただの夢ではなかったらしい。
「……知らなかったようだな。だが、ここは簡単に迷い込める場所ではない。あまつさえ人間がであれば尚更だ。どうやって入り込んだかは知らぬが、早急にお帰り願おうか」
口調は穏やかだが、凄まじい圧を感じる。
エルフが持つ高い魔力故か。
これはビーストやゴゥメル、強敵を相手にした時の感覚に近い。
全身が警鐘を鳴らしている。
「帰れ、か。こちらも本意で来たわけでないんでね。帰り方も分からない」
「なんだと……?」
周囲にわずかな稲妻が走った。
エルフの魔力が高まっていくのを感じる。
「くるか……!」
覚悟を決めた様子でゴルドーは構えをとった。
それに合わせて、僕とランも剣に手をかける。
「なるほど。分からぬのであれば仕方ない。誰かこの者らを送り返して差し上げろ」
「……え?」
これまで感じていた圧が弱まっていく。
このまま戦うことになるかと思っていたが、どうやら戦闘は避けられそうだ。
「誰か、行ってくれる者は――」
「ふざけるな、人間……!!」
男性エルフの言葉を遮って、後ろに控えていたエルフの一人が飛び込んでくる。
「やはり、そうなるか……!」
緩みかけていた気を引き締め直す。
「僕が出ます!」
剣を抜き、飛び込んでくるエルフを迎え撃つ。
そのエルフは凄い剣幕で剣を振り上げている。
ガキンッとお互いの剣がぶつかる。
細身な身体とは裏腹に気を抜けば押し負けるほどの力。
剣を通して、相手の殺気が伝わってくる。
「今度は何をするつもりだ、人間! 私たちが気を許したところにつけこんでくるのが、お前たちのやり方だろう!」
「何を……」
エルフの殺気は止まらない。
言葉を発している瞬間でさえ、剣に込められている力が増していく。
「止めよ、ルーシェ! その者らの真偽はこれから見極めればよかろう!」
男性エルフは必死に呼びかける。
それでもルーシェと呼ばれたエルフは手を緩めない。
「それでは遅いのです! あとで後悔するくらいならここで排除しておいた方がいい!」
激昂は更なる圧となって、僕を襲う。
競り合う剣と剣。
始めは拮抗していたものの徐々に押し負けてきている。
このままでは斬られる。
僕の直感がそう告げていた。
「くっ……。ブルー! 〈
ブルーの魔力を纏う封剣。
その剣圧は瞬く間にルーシェを押し返していく。
「な……私が押し負ける……?」
「一旦……落ち着いて、くだ、さい!」
勢いのままにルーシェを弾き飛ばす。
「ちっ……私としたことが少し侮ったか……?」
僅かに体勢を崩しながらも、着地するルーシェ。
既に次の攻撃の体勢に入ろうとしている。
「これで消し飛ばしてやる……!」
相当な魔力がルーシェの剣に集中していく。
目に見えるほどに魔力が渦巻いている。
もはや止めるどころの状態ではない。
ルーシェの眼は殺気に満ちて、僕へ向けられている。
「〈
剣からブルーが現れ、光を放ち始める。
そして、スライムの形から鎌へと姿を変えた。
「仕方ない。全力であなたを止めます……!」
剣から鎌へと持ち替え、構えを取る。
オーブを通して魔力を増幅。
膨大な魔力を鎌へと流していく。
相対する魔力の奔流。
荒野の真ん中で激しい風が吹き荒ぶ。
「消えろ、人間! 〈ウェント――」
「させない……! 蒼麟――」
お互いに最大の一撃を放とうとした時。
「双方、剣を納めよ」
重い声が荒野全体に響いた。