重く響く声の主は先程の男性エルフだった。
その後方には、巨大な魔法陣が展開されている。
「言の葉を聞き入れぬのなら、双方ともに我が雷が放たれることになろう」
辺りはしんと静まり返る。
有無を言わせぬ男性エルフの気配が場を制圧する。
僕とルーシェは高めていた魔力を収めていった。
「ブリード様……何故です! 一度我らは忘れぬ傷を負ったのではないですか!?」
剣を納めながらもルーシェは不服そうに叫ぶ。
「ルーシェ……お主の気持ちも分かる。だが、我らがそういう態度ではいずれ周りは敵ばかりとなる」
「……ですが!」
「我らが望んだのは真の平穏だ。幻楼郷は来訪者を排し、閉じこもるためのものではないのだ」
そう言って、ブリードと呼ばれた男性エルフはこちらを向く。
「随分と懐かしき気配がするな。もしや……貴殿はヴァレットの類縁か?」
その言葉に少しドキリとする。
他者からその名前を聞いたことは初めてだ。
それにまさかヴァレットの名前が出てくるとは。
そういえば、夢の中で幻楼郷にヴァレットの知り合いがいるとか言っていたような気もする。
「……はい。ヴァレットは奏者としての僕の師匠です」
「やはり奏者であったか。それに、アレの弟子とな。しかし、なぜ貴殿からヴァレットの気配を感じる?」
「それはおそらく……これかと」
僕は懐からオーブを取り出す。
「ほう……業魔のオーブか」
「これを知っているんですか?」
「うむ。これは魔王と呼ばれし魔族を倒した者に与えられるものだ。ということは、ヴァレットは……」
「……倒した訳ではないですが、僕に奏者の奥義を伝えた後に……消滅しました」
「……そうか」
ブリードは顔を少し伏せる。
ヴァレットとブリードがどういう関係なのかは分からない。
だが、消滅したと聞いて、思うところがあるのだろう。
「……貴殿、名は何という」
「ディノ・ブレースです」
「ディノか。そのオーブはただのアイテムではない。ヴァレットがそれを預けたのなら、是非大切にしてやってくれ」
真剣味を帯びながらも優しげな表情。
ヴァレットとの関係を知らなくても、きっとその繋がりは浅くない。
そう感じられるものだった。
「さて、奴の弟子ともなれば客人として迎えたいところだが……」
ブリードが口ごもる。
その表情には曇りが見える。
「ブリードさん?」
「今の幻楼郷は少し面倒事に巻き込まれていてな。せっかくの機会だが、やはり早く立ち去った方が良い」
「面倒事とは――」
僕が問いを投げようとした時。
一人のエルフがブリードの側へと駆け寄ってきた。
「ブリード様……奴らが現れました」
「……またか。此度はどれほどだ?」
「ざっと百ほど。全員が武装しています」
「これ以上は引き延ばせぬか……」
さらにブリードの表情が曇っていく。
「ディノとそのお仲間方。すまぬ、貴殿らをすぐに帰すことはできなくなった。一時的に我らの里へと身を寄せてもらうが良いだろうか?」
随分と急な展開だ。
あまりに情報が不足しすぎて、何がなんだかわからない。
今はブリードを信じて、従う他はないか……?
「ゴルドーさん、ランさん、どうしますか?」
僕からの質問にそれぞれが考え込む。
「えっと……どうしようか?」
ランは混乱して決めかねているようだ。
「俺はブリード殿に従う方が良いと思う。もっと言えば今はそれしかない」
ハッキリと言い切るゴルドー。
さすがは軍人と言うべきか。
分からないことが多すぎる、この状況においても不安を感じさせないリーダーぶりだ。
「そうか。なら早速案内し――」
「ただ」
歩き始めようとするブリードをゴルドーが止めた。
「諸々の事情をお話し願いたい。今、幻楼郷に起きていること、ブリード殿とディノくんが口にしていたヴァレットという存在のことも含めてです」
ゴルドーは真っ直ぐブリードを見て、言い放った。
「無論だ。知りたいことは全て話そう。道中でも構わないか?」
「ええ、お願いします」
ブリードは周りのエルフたちを連れて、再び歩き始める。
僕たちはその後ろをついて歩いていった。
そして、里へと歩くその道中。
「まずは今起きていることについて話そう」
歩いて少し経ったタイミングでブリードは話し始めた。
「この幻楼郷は魔王による侵攻を受けつつある。まだ本格化はしていなかったが……先程軍勢を連れて現れたと報告を受けた」
「魔王の……? 魔族も一枚岩ではないと?」
「左様。魔王という強大な存在によって一見まとまっているようだが、そうではない。魔王のやり方に賛同していない者もいてな、この幻楼郷もその一つという訳だ」
魔王として君臨しているのは、〈炎帝〉バオウと呼ばれる魔族。
非常に好戦的で野心家。残虐極まりない性格。
力で屈服させるやり方に反感を抱く者も多い。
それでも勢力を維持できるのはバオウ自身の圧倒的な力があるからだとブリードは語る。
「事実、バオウの力に惚れ込み、心酔している者も少なくない。形はどうあれ、魔王と呼ばれるに相応しいカリスマ性を持っておるのだ」
「それだけのことが出来る力……相当なものでしょうね」
「うむ。そして恥ずかしいことにその力に惹かれた者が、幻楼郷にも1人いたのだ」
その名はレガノス。
性格は活発な好青年であったという。
好奇心の強さは誰よりも強く、内向的な幻楼郷の魔族には珍しく外の世界に興味を持っていた。
そんな中、起こった一つの事件。
それはルーシェが余所者を嫌う原因となるものであった。