夢を見ていた。
その中で僕はモンスターテイマーとして、奏者として、ヴァレットの背中を追っていた。
道を阻んでくる障害を跳ね除けて、僕は進む。
やがて道を阻むものはいなくなり、ヴァレットへと手が届く。
やった。
やっと辿り着いた。
僕は満足感のままにヴァレットを見上げる。
だが、僕を見るヴァレットの顔に笑顔はなく。
無表情で僕の後ろを指差した。
その先に広がる光景を見て、ハッと息を呑んだ。
そこには倒れているブルーやルーシェ。
さらに奥にはラン、ゴルドーも倒れ伏している。
「みんな……どうして……」
狼狽える僕。
視線が足元に向いて、さらに気づく。
「あ――――」
僕の両足はボロボロになって、今にも消えかけそうだった。
それは両足だけでなく、徐々に上に広がってきている。
「……そんな、ヴァレット……」
僕が話しかけても、ヴァレットは何も答えない。
ただ悲しげな表情をして、僕が消えゆくのを見つめていた。
目が覚めると、見慣れないテントの中だった。
どうやら眠っていたようで、僕はベッドに寝かされていた。
「ここは、っ――――」
起き上がろうとして、身体の重さに気付く。
力も上手く入らず、鈍い痛みも感じる。
まるで自分の身体でないような、そんな感覚に近い。
どうしたものかと考えている内にドアが開いた。
「ん、気がついたのか」
入ってきたのはルーシェだった。
持っていたトレイを横に置き、椅子に腰掛ける。
「具合はどうだ」
「うん。意識ははっきりしてるけど、身体は上手く動かない、かな」
「それはそうだろう。何せ戦いを終えた後、倒れた貴殿は極めて危険な瀕死の状態だった。著しく魔力は失われ、いつ死んでもおかしくない状態だったのだ」
「そう、だったんだ」
「治癒師総出で延命し続けても、全く回復する気配がない。むしろ魔力を送り続けなければ、失われていくようで目が離せないほどだったのだぞ。ようやく魔力が自己回復してきたのが数日前。治癒師の皆はようやく息がつけると安堵しているよ」
軽く笑うルーシェ。
その言葉を受け止めながら、一つの疑問が浮かぶ。
「ルーシェさん、僕はいったいどれだけ寝ていたの?」
「ルーシェだ」
「え?」
質問とは異なる答えに目を丸くする。
「ルーシェさん、などと他人行儀な呼び方はよしてくれ。出会った時の態度はお世辞にも友好的とはいえなかったが、貴殿の戦う姿を見て、共に戦って、今は仲間だと思っているつもりだ。貴殿が受け入れてくれるなら、どうかルーシェと呼び捨ててほしい」
ルーシェが深々と頭を下げる。
その姿からは真っ直ぐな思いを感じる。
「ルーシェさん……じゃない。ルーシェ、僕も同じ気持ちだよ。だから頭を上げて」
「……ありがとう」
「それに……仲間だと思ってくれているなら、僕の方もディノって呼んでほしいな」
「そうか……分かった」
「それで、さっきの質問に戻るんだけど……」
どれくらいの時間、寝ていたのかという質問。
「ああ、約1ヶ月ほどだ」
「1ヶ月……」
それだけ寝ていたという実感はない。
ないが、言葉として聞くとやはり驚くほかない。
そんな事実に面食らっていると、
「ディノ!」
「ディノくん!」
明るい声と共に顔を覗かせたのはゴルドーとラン。
嬉しそうな顔で続々と部屋に入ってくる。
「少し話し声が聞こえたものでね。気がついたようで良かった」
「本当ですよ……めちゃくちゃ心配したんですから」
ゴルドーは安堵の表情、ランはそれに加えてやや涙ぐんでいる。
「ゴルドーにランさん……心配かけてすみません」
「気にしないでくれ。むしろこっちが謝りたいぐらいだ。今回も君に助けられたな」
「いえ……結局こんな体たらくですし」
「ははっ。ディノは謙虚だな」
「そういえば、ブリードさんは?」
「ああ、今はすっかりよくなっているよ。ブリード殿、ディノが目を覚ましたようです」
ゴルドーが声をかけるとブリードが姿を見せた。
「おお、ディノ! 本当に良かった。このまま目を覚まさないのではとヒヤヒヤしたぞ」
「ご心配をおかけしました」
「いやいや。まあ何はともあれ、だ」
言葉を切り、ブリードは皆のほうを向く。
「此度の騒動、貴殿らには本当に世話になった。個人としてもそうだが、幻楼郷を代表して礼を言わせてほしい」
「私からも。最初の非礼を詫びると共に、私たちの故郷を守ってくれたこと、感謝の念に堪えません」
頭を下げるブリードとルーシェ。
2人に続いて、後ろで控えていたエルフたちも顔を出し、同様に頭を下げた。
「そんな……頭を上げてください。僕はヴァレットの友人であるブリードさんの、いや幻楼郷の危機を見過ごせなかっただけなんですから」
「いや、そうはいってもだな……」
「困ってる人を助ける。それが軍人の役目ですから」
「わ、私だって見て見ぬふりはできませんでしたから」
「ディノ、ゴルドー殿、ラン殿……ありがとう」
再びブリードは頭を下げる。
「それで、だが」
頭を上げた後、ブリードは続ける。
「礼になるかはわからないが、ルーシェを貴殿らの旅に加えてはもらえぬか」
「ブリード様!?」
ルーシェが驚きの様相で叫ぶ。
「お言葉ですが、私は幻楼郷を離れるつもりはありません。此度は凌げましたが、この先どうなるかは分からない。例え未熟でも私はこの地を守りたいのです!」
「ならばこそだ、ルーシェよ。この者らと共に行け。己を未熟というのなら、力を磨いてこい。お前もその必要性くらいは感じているのだろう?」
「……それは」
「いずれお前たちの世代が幻楼郷を引っ張っていく時がくれば、お前にはその先頭を任せたいと思っている。それまでの間くらいは幻楼郷を守ってみせるとも。それに火急の時には連絡は必ずする。我らは気にせず、行ってくればよい」
「ブリード様……」
「よろしいですかな、ご一行」
ブリードが僕たちを見る。
「僕は構いませんが、みんなは……」
帰る場所がある。
そう言おうとして、遮られた。
「ルーシェ殿だけでなく、僕も君の旅に付き合わせてくれ」
そう言ったのはゴルドーだった。
「私もご一緒させてください」
そう続けたのはランだ。
「2人とも……それは嬉しいけど、どうして」
「実は君が寝ている間、本部と連絡がついてね。遺跡での出来事を報告していたんだ」
「ズゥメルやビーストのこと、ですか」
「その通り。これは無視できない出来事だけど、本部でも扱いきれていなくてね。何せ遺跡には痕跡が全く残されていなかったそうで、調べるにも調べられない」
「全く……?」
あの遺跡にはビーストの亡骸やズゥメルの魔力の残滓などが残されていたはずだ。
それらが全く残っていないのだとすれば、間違いなくズゥメルの仕業だろう。
「そう。唯一の繋がりと言えばズゥメルと戦い、退けたディノだ。そんな訳で正式に君に同行するようにと指令が出たんだよ」
「そう、だったんですね」
「それに魔王との繋がり、も気になるしね」
ゴルドーの視線が一瞬鋭くなる。
「う……」
「おっと、ごめんごめん。半分冗談だよ。脅すつもりはなかったんだ。本部にも報告はしてない。これは君を信用している証と受け取ってもらいたい」
ゴルドーは笑っている。
だが、その目は決して笑っていない。
これが半分冗談という意味だろう。
言い換えれば半分は本気。
僕に害意ありと見なせば、斬ることも辞さないと。
職業軍人であるが故の冷徹さ。
改めて、ゴルドーが軍人であることを感じさせられた。
「分かりました。これからもよろしくお願いします」
「ああ!」
がっしりと握手を交わす。
ゴルドーの理由ははっきりした。
「それで、ランさんはどうして?」
「えっと……」
ランは同行を決めた経緯を話し始めた。
刹羅という敵との戦闘で目覚めた力のこと。
それを扱いきれなかったこと。
連合軍本部に仲間であるミアやレイが保護されていたこと。
そして、彼女たちと相談したこと。
「私は冒険者に憧れて、故郷を出ました。剣や魔法を覚えて、仲間も出来て。憧れの冒険者になった気がして、とても楽しかった。でも遺跡や幻楼郷でのことがあって、自分がいかに甘い考えだったか思い知らされたんです。冒険者は楽しいだけじゃない、死と隣り合わせの危険なものだって。私たちがこの先楽しく冒険をするためには、このままではきっとダメ。もっと強くなる必要があります」
そう語った彼女の目からははっきりとした意思が感じ取れた。
「私に力があるのなら、それを磨きたい。だから私も一緒に旅をさせてください」
「……うん、分かった。ランさんが良いなら一緒に行きましょう」
「はい! あと私も呼び捨てで呼んでくれませんか? ゴルドーさんは呼んでるのに……。その方が仲間って感じがするじゃないですか」
「え……うん、それでいいなら呼ぶ、けど」
「じゃあ名前、呼んでください」
ランがずずいと詰め寄ってくる。
僕は恥じらい混じりで少し躊躇いながら、
「えっと……ラン……?」
「はい! ディノくん!」
ランの明るい声が部屋に響く。
「よし! これでディノ一行の結成だな」
そんな訳でこれからもゴルドーとランが一緒に旅をすることになり。
「皆、私もよろしく頼む」
ルーシェもまた、僕たちの一行に加わることとなった。
「ところで、ディノ。次の行き先は決まっているのか?」
ブリードの問いに少し考える。
なにぶん、さっきまで寝ていたのだ。
それに遺跡から予想外のことばかりで先のことを考えているはずもなく。
「いや、まだ何も」
「そうか……」
ブリードは少し時間を置いてから、
「ルア砂漠に行ってみるのはどうだ?」
その言葉を聞いた瞬間、ルーシェが即座に立ち上がる。
「ブリード様、もしや……!」
「ああ。先の戦いでディノは武器を失ったと聞いた。それもなかなかの業物であったとか。ならば代わりが必要であろう。それも卓越した業物がな」
「それはそうですが……」
ルーシェは表情を曇らせる。
「ブリードさん、ルア砂漠には何が?」
「実は幻楼郷にはもう1人、外に出た者がいる。それがルーシェの姉、リーシェ。リーシェは鍛冶師でな、きっと満足のいく武器を創ってくれることだろう」
「鍛冶師……」
確かに封剣の代わりは必要だ。
全くそのことを考えていなかった。
このままでも〈
そして〈魔武錬成〉を使用するなら、並の武器ではその負担に耐えられない。
ブリードが言うからには、きっと鍛冶師としての腕は間違いなく高いだろう。
そこで武器を調達できるのなら願ったりだ。
「ゴルドー、ラン、次の行き先はルア砂漠で良いですか?」
「ああ」
「はい!」
2人の同意を得て、行き先は決定した。
ルーシェは最後まで渋い顔をしていたのは気になるが。
そうして、僕の傷が完全に回復するのを待って、数日が経ち。
その間にブリードたちは食糧やアイテムを始め、ルア砂漠に向かうゲートまで旅の準備をしてくれていた。
そして新たなる旅立ちの日は訪れる。
出発の準備を整えた僕たちの前には、ルア砂漠に繋がっているであろうゲート。
後ろには、幻楼郷の住民が勢揃いし、僕たちを見送ってくれている。
「しっかりな、ルーシェ」
「はい、行って参ります」
最後にブリードとルーシェが言葉を交わし合う。
それはまるで、確固たる絆で結ばれた師弟や親子のように見える。
その姿を僕たちは微笑ましく見守っていた。
「それじゃ行こうか」
ゴルドーの言葉を合図に僕たちはゲートに向かって歩き出す。
その先にある新たな冒険に思いを募らせながら。