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第13話 Rapunzel -drei-

 赤ずきんがいつものように拳銃ハンドガンをその両手に作り出し、狙いを定める。発火炎マズルフラッシュと排莢と共に凶弾だんがんがラプンツェルへと迫る。


 ラプンツェルの背後にそびえる金色の長い長い髪が膨張し、勢いよく伸び始めた。それは瞬く間に彼女の前面を覆い、迫り来る銃弾を弾き返す。その刹那、別方向から髪が鋭い剣先のように伸び、赤ずきんへと迫る。

 赤ずきんはそれを避けながら駆け出す。駆け出しつつも銃弾を吐き出し続けるが、ラプンツェルの髪の壁に阻まれる。


「ちっ……。てめぇも処女膜ガードが堅いな! やることやってるくせに、どうしてこうお姫様クソビッチは!」


 なおもラプンツェルの髪が迫る。赤ずきんはその小柄な体躯を活かし、器用に髪を躱しながらも射撃の手を止めることはなかった。


 今度の狙いはラプンツェルではなくその読み手マスター。玉座に座る男に狙いを定めた。目が見えていない以上、銃弾を躱すことは安易ではないはず。仕留められなくとも、ラプンツェルの動きを止められればそれでいい。そう踏んでの狙撃だった。しかし、ラプンツェルの髪はさらなる量を湧き出すように増し、男の前面にも壁を作り出していた。銃弾は当然、男には届かない。


(ちっ。遠距離じゃ埒が明かねぇ……。得意じゃねぇが接近戦か? シェーレなら……髪とは相性がいいか?)


 そう考えた赤ずきんは、ラプンツェルから距離を取るように後退し、九朗の元へと戻っていった。


 横目でちらりと九朗を見る。いつもと変わらない穏やかな表情で、しかし心配そうにこちらを見つめる九朗。その瞳を見て赤ずきんは、わずかな罪悪感と、同時に静かな安心感を覚える。そして、再びラプンツェルと相対しながら、静かに囁き始めた。


「Das ist nicht meine Erinnerung《これは私の記憶ではない》


 Eine ferne Erinnerung an jemanden irgendwo《何処かの誰かの遠い思い出》


 Eine schreckliche Waffe,《それは忌まわしき凶器》


 die einem geliebten Menschen den Bauch aufschlitzte《愛する者の腹を裂いた白刃》


 Abscheulich!Ekelhaft!Schmutzig!《おぞましい!嫌らしい!汚らわしい!》


 Meine Hände sind wieder voller Blut……《そしてまた私の手は血に染まる……》」


 赤ずきんが呪文めいた言葉を口にするたび、その手に光が集まり始める。その光は次第に形を成し、やがて鋭利な輪郭を浮かび上がらせた。


「……裁鋏・愚かな私の罪シュナイデ・シェーレ


 赤ずきんの両手に握られたのは『巨大な裁ち鋏』。その鋏は赤ずきんの身長を優に超え、中程の接続部が外れると一対の鋼へと変貌を遂げる。いや、それはもはや一対の剣。光を反射して鋭く輝く双剣だ。それぞれの手に握られた刃は、血を浴びる準備が整ったかのように鈍く唸りをあげている。


「……さて、髪長姫ラプンツェル。散髪の時間だぜ! 覚悟はできてんだろうなぁ? ああん?」


 赤ずきんはラプンツェルへと駆け寄る。双剣が唸りを上げ、空を切る鋭い音が響き渡る。ラプンツェルの髪は、まるで蛇のようにうごめきながら鋭利な切っ先を向け、赤ずきんの進行を阻もうとする。しかし、赤ずきんの双剣が、生き物のように躍動するその長髪の悉くを裁断する。切れ端となった黄金の髪が乱舞しながら辺りに舞い散り、眩い閃光を放つ。もはやラプンツェルの髪は、壁の役割を果たすことなく散り散りになっていた。


 赤ずきんがその鋏の間合いにラプンツェルを捉えた瞬間、足元から茨の蔓が突然湧き上がった。反応する間もなく、茨の蔓は赤ずきんの足首を捕らえ、その小柄な身体を宙へと高く掲げた。


「ちっ……クソっ……!」


 赤ずきんが抗おうとするも、茨の力は容赦がなかった。鋏を振り下ろそうとした刹那、容赦ない力で地面へと叩きつけられる音が響く。


「ガハッ……! っ、くぅ……てめぇ……!」


 地に伏した赤ずきんが、ゆっくりと顔を上げる。その視線の先では、男が玉座から静かに立ち上がっていた。茨の蔓。それはラプンツェルの読み手マスターの能力だ。触手のようにうごめく金の髪と茨の蔓は、互いの死角を補い合うかのように絡み合い、絶え間なく動き続けている。その光景は、まるで生きた防壁そのものだった。


 痛みを押し殺しながら、赤ずきんはよろめきつつも立ち上がり、双剣を構えた。その目にはいまだ消えぬ闘志の光が宿っている。鋏は髪を裁つには申し分なく、茨も剪定の要領で斬り裂ける。だが、四方八方から伸びる触手のような髪と茨に対処するには、赤ずきんの腕の数が決定的に足りなった。髪に対応すれば茨が手足を薙ぎ払い、茨に対応すれば髪が手足を鋭く穿つ。

 衣服は裂け、身体中をその名の通り赤く染め上げながらも、赤ずきんはラプンツェルへと向かう。しかし、遂に左肩を髪に穿たれ、左手の鋏を取り落としてしまう。その隙を逃さず、茨の蔓は赤ずきんに巻き付き、その小柄な身体を天高く放り投げた。


 受け身を取る間もなく、赤ずきんは再び地面へと叩きつけられる。身体を捻りながら床を無様に転がり、追撃は何とか避けるものの、今度ばかりは立ち上がる事すら困難だった。

 身体中が切り傷と出血で赤く染まり、左肩は穿たれた痛みのせいか、だらんと力が入らない。息も荒く、満身創痍の状態だった。


 慌てて九朗が赤ずきんへと駆け寄り、その小さな身体を抱き上げると、ラプンツェルから距離を取る。奇妙な事に、先程からラプンツェルは九朗へと攻撃を仕掛けてこない。狼化を警戒しているのだろうか。何にせよ、赤ずきんを回収し離れる時間があるのは幸運だった。


「大丈夫か、赤ずきん!」


 その腕に抱きながら九朗が声を掛ける。だが、赤ずきんの身体は見るからにボロボロで、瀕死と言っても過言ではなかった。


「っ……わりぃ、ちょっと、分がわりぃわ……。こうなりゃ……刺し違えてでも……」

「赤ずきん。お前の銃で僕を撃て」


 突然の九朗の提案に、赤ずきんは目を丸くする。だが、すぐにその意図を悟ったのか、静かに目を閉じた。


「ふざっ……けんな……! あたしにお前がっ……撃てる……わけねぇだろ……」

「だが、僕が狼にならない限りラプンツェルには勝てないだろう」


 九朗の声は静かだが、その言葉には揺るぎない決意が込められていた。彼は自らを赤ずきんに撃たせることで狼になろうとしていた。現状を打開するには、それしか方法がないと悟っていたのだ。赤ずきんもその事実を理解していた。だが、彼女には九朗を撃つことなどできない。物理的な意味ではなく、心理的に、彼女の心がそれを拒絶していた。それに、実はその必要性もなかった。


「んな……こと、しなくても、狼にする方法はある……」

「そうなのか? ならやってくれ赤ずきん」


 九朗の言葉に、赤ずきんは一瞬眉を寄せた。


「っ……ほんとにそれでいいのかよ? お前の、意思に……関係なく、また暴れるんだぞ……」

「確かにそれは恐ろしいよ……。だが、それ以上にキミが傷付くのを見てる方がもっとつらい」


 九朗の静かな言葉に、赤ずきんは微かに笑みを浮かべた。そして、深く息を吸い込み、その瞳を細める。


「そうか……。なら、応えろッ!」


 赤ずきんの目が見開かれ、その深紅の瞳は九朗を鋭く捉えた。もはや迷いの影すら見えないその視線は、九朗の覚悟に応える意思そのものだった。


「Warum hast du so große Ohren?《貴方はなんでそんなに大きい耳をしているの?》」


 赤ずきんが鋭い視線を向けながら問い掛ける。その声には、どこか挑発的な響きが混じっていた。九朗は耳をそばだてて、低い声で答えた。


「……お前の敵を一言たりとも聞き逃さないため」


 短い沈黙が流れ、赤ずきんは再び口を開く。


「Warum hast du so große Augen?《貴方はなんでそんなに大きい目をしているの?》」


 九朗の鋭い視線が赤ずきんを捉える。目の奥に宿る威圧感が、空気を一層重たくする。


「……お前の敵を一目たりとも見逃さないため」


 その答えを聞きながら、赤ずきんは無意識に拳を握りしめていた。


「Warum hast du so große Hände?《貴方はなんでそんなに大きい手をしているの?》」


 九朗から紡がれた声は、先程よりもさらに低く深い響きだった。


「……お前の敵を一時たりとも離さないため」


 赤ずきんは緊張した面持ちで問いを続ける。その場の空気は凍り付くように冷たく、わずかな音も逃さない程の静寂が辺りを包む。


「Warum hast du so eine große Klappe?《貴方はなんでそんなに大きい口をしているの?》」


 その瞬間、九朗は鋭い牙を見せつけるように口元を歪め、不敵な笑みを浮かべながら言い放った。


「……お前の敵をすべて喰らいつくすため!」


 九朗の身体から黒いオーラが沸き上がり、まるで生き物のように渦を巻きながら周囲を覆い始めた。それに伴い九朗の瞳から光が失われ、意識が徐々に遠のいていく。


「……上出来だぜ所有者マスター!」


 赤ずきんの声が響く中、九朗の身体は完全に黒いオーラに包まれた。その瞬間、空気が震える様な圧力が場を支配する。


「愛してるよ! 解縛・私の愛した狼さんナーゲル・リング!」


 赤ずきんの叫びと共に、九朗の身体が狼の姿へと変貌を遂げる。黒いオーラが牙と爪を鋭く形作り、彼の全身から放たれる威圧感が、まるで戦場そのものを支配するかのようだった。

 すべての生き物が怯え、竦むような、恐ろしいほどの獣の咆哮が九朗から発せられた。その咆哮は雄叫びにも、遠吠えにも似ており、空気を震わせながら周囲に響き渡る。ラプンツェルたちでさえ、その音に恐怖を覚え、指先がわずかに震えだした。


 そんな九朗の腕から赤ずきんは静かに離れると、背後へと回りこんだ。そして、そっとその背中に腕を回し、優しく抱きしめる。


「愛してるぜ、所有者マスター……喰らい尽くしな!」


 赤ずきんの囁きが九朗の耳元に届いた瞬間、彼の身体から再び黒いオーラが激しく噴き出した。咆哮が響き、空気が震えた。すべてが狂気に飲み込まれるかのように、狂乱の宴が幕を開けた。



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