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第17話 Märchen:Hänsel und Gretel

 ・グリム童話第一五編 『ヘンゼルとグレーテル』


 ある大きな森の近くに、貧乏な木こりが奥さんと二人の子供を一緒に暮らしていました。

 男の子名前は『ヘンゼル』。女の子の名前は『グレーテル』という名前でした。


 木こりは日々の食べ物にも困るほどに貧乏でしたが、ある年、その国に大飢饉が起きるとより一層食べる物がなくなり困り果てていました。


 木こりは夜ベッドに入ってからも将来のことが不安になり、心配で心配でため息ばかりついていました。


「俺たちは一体どうすればいいんだろう。もう俺たち夫婦が食べる物すらないのに、どうやって子供たちを育てていけばいいのか」

「ねぇ、あんた。こうしたらどうかしら」


 奥さんが答えました。


「明日の朝早く、子供たちを森の深い場所に連れて行きましょう。そこで火を起こして、子供たちにパンを一つずつあてがって、私たちは仕事を始めるの。そうして、そのまま置き去りにすれば子供たちは帰り道が分からないから厄介払いできるわ」

「なんてことを言うんだお前は! どうしてそんなことができる。自分の子供を森の中に置き去りにするなんて! すぐに森の獣たちが出てきて子供たちを八つ裂きにするに決まっている!」

「馬鹿ね。このままじゃ四人とも飢え死にするだけよ。あんたは棺桶を作る事しかできなくなるわ」


 こう言って奥さんがあまりにもしつこく責め立てたので、渋々木こりも承知してしまった。しかし、何度も「子供たちが不憫でならないよ……」と呟くのでした。


 そんなやり取りを子供たちは聞き耳を立てていました。お腹が空いて眠ることができなかったのです。グレーテルは悲しくてヘンゼルへと言いました。


「私たちはもうおしまいね……」

「大丈夫だよグレーテル。僕がなんとかするよ」


 ヘンゼルは親たちが寝静まるの待ってから、外へと出ました。お月様が明るく輝いて、家の前の白い小石はまるで銀貨のようにきらきらと光っています。ヘンゼルはその小石をポケットに入るだけ詰め込みました。


 夜が明けると、まだ日が昇らないうちに奥さんがやってきて、子供たちを起こしました。


「起きなさい! さっさと起きるんだよ! 怠け者だね! あんたたちは森へ薪を取りに行くんだよ!」


 それから二人にそれぞれパンを一欠片ずつ与えました。


「これはお昼の分だよ。お昼にならないうちに食べちゃ承知しないよ。もうこれしかないんだからね」


 一家四人は連れ立って森へと出かけました。少し歩くと、ヘンゼルは立ち止まって家のほうを振り返るようにしていました。何度も何度も同じように繰り返していました。


「ヘンゼル? 何をきょろきょろと見ているんだい? 足元をちゃんと見ないと危ないよ」


 お父さんが言いました。


「お父さん、僕は白猫を見ているんだ。ほら、屋根の上に居てこっちにバイバイしているよ」

「馬鹿な子だね! あれは朝日が煙突に当たって光ってるだけだよ!」


 お母さんが言いました。本当はヘンゼルは猫を見ていたのではなく、白く光る小石をポケットから出しては道に落としていたのです。


 森の真ん中まで来ると、お父さんは言いました。


「さあ、子供たちは薪を集めるんだ。お前たちが寒くないように、お父さんが火を起こしてやるからな」


 ヘンゼルとグレーテルは小枝を小山のように集めてきました。その小枝に火が点けられて炎がめらめらと高く上がってくると、お母さんは言いました。


「さあ、あんたたちはここで休んでいなさい。お父さんとお母さんは木を切りに森に入るからね。仕事が済んだら迎えに来ますよ」


 ヘンゼルとグレーテルは焚き火の側に座っていました。お昼になると、それぞれ小さなパンを食べました。木を切る斧の音が聞こえていたので、お父さんは近くにいるとばかり思っていたのです。けれども、それは木を切る音ではなく、お母さんが枯れ木に縛り付けておいた太い枝が、風に揺られてあっちこっちへぶつかる音だったのでした。


 二人は、座っているうちに待ちくたびれて、ぐっすり眠ってしまいました。やっと目を覚ました時には、もうあたりは真っ暗で夜になっていました。


「どうしましょう。森から帰る道がわからないわ」

「いいから少し待つんだ。お月様が出るまでね。お月様が出たら道はちゃんと分かるよ」


 やがて満月が出ると、ヘンゼルはグレーテルの手を取って、例の小石を目印に歩き始めました。石は作りたての銀貨のように光って子供たちに道を教えてくれました。夜通し歩いて、明け方に子供たちは家に帰ってきました。

 子供たちは戸を叩きました。お母さんが扉を開けるとヘンゼルとグレーテルがそこにいました。


「あんたたち、森でいつまで寝てたんだい! もう帰ってくるのが嫌になったのかと思ってましたよ!」


 と怒鳴りつけました。けれどもお父さんは喜びました。お父さんは、子供たちを騙して置き去りにしたことを後悔していたのですから。


 それからあまり経たないうちに、また食べる物に困ってしまいました。


 ある晩、お母さんがベッドの中でお父さんに話している声が子供たちの耳に入りました。


「また食べるも物がないのよ。もう、パンが少し残ってるだけ。それがなくなればどうにもなりゃしないわ。子供たちを追い出してしまわなけりゃ飢え死にしてしまうわ。今度は絶対に帰り道が分からないように、森のもっと奥へ連れて行きましょう。そうでもしないと、私たちみんな助かりはしないわ」


 木こりはそれを聞くと嫌な気持ちになって、それぐらいなら自分が最後に食べる分を子供たちに分けてやる方がいいと思ったのですが、奥さんは旦那さんの意見には全く耳を貸さず、逆に叱り付けたり罵ったりしました。既に一度奥さんの言うことに従っていたものですから、今度も言う事を聞かないわけにはいかなくなってしまいました。


 またも話を聞いてしまったヘンゼルは、両親が寝静まるとむっくりと起き上がりました。この前のように外に出て白い小石を拾うつもりだったのです。ところが、お母さんが戸に鍵をかけていたものですから外に出られませんでした。


 次の日、朝早くお母さんが来て子供たちをベッドから引っ張り出しました。二人は小さなパンを一つずつもらいましたが、それはこの前のよりももっと小さいものでした。

 森へ行く道の上で、ヘンゼルはそのパンをポケットの中でぼろぼろに千切って、ちょいちょい立ち止まっては欠片を一つずつ地面に落としました。


「ヘンゼル? 何を立ち止まってきょろきょろしてるんだい? さっさと歩きなさい」


 と、お父さんが言いました。


「お父さん、僕は鳩を見ているんだ。ほら、屋根の上にとまってこっちにバイバイしているよ」


 と、ヘンゼルが答えると、お母さんが言いました。


「馬鹿な子だね! あれは朝日が煙突の高い所を照らしてるだけだよ!」


 ヘンゼルはパンくずを残らず道々に落としました。


 お母さんは、子供たちをもっともっと奥深くに連れ込んで、二人が今まで一度も来たことのない場所に連れて行きました。そこで前のように火を起こして、お母さんが言いました。


「さあ、あんたたちはここで休んでいなさい。疲れたら少し眠ればいいわ。お父さんとお母さんは木を切りに森に入るからね。日が暮れて仕事が済んだら、お前たちを迎えに来ますよ」


 お昼になると、グレーテルが自分のパンをヘンゼルに分けました。ヘンゼルの分は道に撒いてしまっていたからです。それから二人はぐうぐう寝てしまいました。やがて日が暮れましたが、可哀想に、誰一人子供を迎えに来る者はいません。二人が目を覚ましたのは真っ暗になってからでした。


「待っているんだよ、グレーテル。お月様が昇るまでの辛抱さ。月が出れば、僕が撒いておいたパンくずが見える。パンくずは家へ帰る道を教えてくれるんだよ」


 お月様が出ると、二人はさっそく歩き出しました。ところが、肝心のパンくずはただの一つも見つかりません。森や野原を飛び回っている何千何万という鳥が、ついばんでしまっていたのです。


「道はきっと見つかるよ」


 ヘンゼルはグレーテルにそう言いましたが、道はまるで見つからないのでした。


 夜通し歩きました。それからもう一日、朝から晩まで歩きました。けれども森から出ることは出来ず、その辺の茂みに実った木苺を三つか四つか食べたきりでしたので、お腹もペコペコになりました。二人は、もう足が棒になるほどくたびれて、適当な木の下に転がって眠ってしまいました。


 二人がお父さんの家を出てから三日目の朝になりました。再び歩き出しはしましたが、だんだん森の奥へ入り込むばかりで、助けが来てくれなければ、子供たちは力尽きて死ぬほかはなかったのです。


 お昼ごろのことでした。雪のように白い綺麗な小鳥が一羽、大枝にとまっているのが目に入りました。小鳥はとてもいい声で唄っていたので、二人は立ち止まって聞きほれました。ひとしきり唄い終えると羽ばたいて飛んで行きましたが、まるで道案内をするかのゆっくりと、時々他の枝にとまりながらこちらを見つめていました。その後に付いて行くと小さな家のところに出て、小鳥はその屋根にとまりました。

 近づいて見ると、それは小さなお家でした。


「グレーテル。あそこにお家があるよ」

「でも、ヘンゼル。あれは森に住む怖い魔女のお家かもしれないわ」

「大丈夫だよ、グレーテル。さあ、行ってみよう」


 ヘンゼルが言いました。


 二人がお家に近付くと、いきなり戸が開いて年を取ったお婆さんが杖をついてよろよろと出てきました。ヘンゼルもグレーテルもぎょっとしてしまいましたが、お婆さんは頭をゆらゆらさせながら言いました。


「おお、どうしたんだい子供たち? 誰がお前たちをここに連れてきたんだい。さあさ、遠慮せず中にお入り。何も悪いことはないよ」


 お婆さんは子供たちの手をとって、自分の家の中に入らせました。

 中に入るとお婆さんは言いました。


「腹は減っていないかい? どれ、クーヘンや白砂糖、林檎、胡桃などでお菓子の美味しい家をこさえてあげようかね。遠慮はいらないさね。子供たちに腹いっぱい食べさせるのが私のささやかな夢だったんだよ」


 お菓子でできた美味しそうな家や、色んな御馳走がテーブルの上に並びました。食事が済むと、綺麗な小さいベッド二つに真っ白いシーツが掛けられて、その中に潜り込んだヘンゼルとグレーテルは、自分たちは天国にいるのではないかと思いました。


 老婆は来る日も来る日もご馳走を二人に振舞いました。老婆の無償の好意に二人は甘え、いつも二人はお腹いっぱいになりとても幸せでした。


 ひと月ほど経ったある日、グレーテルはヘンゼルの腕が太りはじめていることに気付きました。そして、思い出しました。

 この森には赤い目の魔女が住んでおり、子供が手に入るや否や、ぐつぐつと煮込んでむしゃむしゃと食べてしまうのです。そして老婆も真っ赤な目をしていました。


 老婆はきっと魔女で、毎日ご馳走をくれるのは、きっと二人を太らせて美味しく食べてしまうためだと思いました。このままでは食べられてしまいます。


 あくる日、老婆が食事の支度をしているとグレーテルは近付いて言いました。


「お婆さん。何かお手伝いすることはあるかしら」

「おや、お利口さんだね、グレーテル。じゃあパン焼きをお願いしようかね。パン粉は捏ねてあるし、このパンをかまどに入れてきておくれ」


 グレーテルが中に入ったら、お婆さんはかまどを閉めてしまうつもりなのだとグレーテルは思いました。そうすればグレーテルは中でこんがり丸焼きになるに決まっています。そうしたら頭からもりもり食べられてしまうことでしょう。

 けれどもグレーテルはお婆さんのたくらみに気が付いて、


「お婆さん。パンが重たくて持てないわ」

「おや、ちょっと重かったかね。婆が代わりにやるよ」


 お婆さんはそう言いながら、パン焼きかまどに身体を突っ込みました。


 そこでグレーテルがドン、と後ろから背中を蹴ると、お婆さんはかまどの中へ転がり込みましたので、松明の火を放り込み、そのまま鉄の扉を閉め閂を差し込みました。


 中からお婆さんの断末魔が聞こえてきました。それは凄まじい声でした。グレーテルは構わずに逃げました。魔女は神様の罰が当たって、哀れな有様で焼け死んだとグレーテルは思いました。

 グレーテルはまっすぐにヘンゼルのところに駆けつけて、


「ヘンゼル! 助かったのよ! 老婆は魔女で私たちを食べようとしていたのよ! でも、大丈夫! 老婆は焼け死んだわ!」


 と、言いました。

 それを聞いたヘンゼルは言いました。


「すごいぞグレーテル! 悪い魔女を退治したぞ!」


 二人は手を取り合い喜び合いました。こうなれば、もう何も怖いことはありません。魔女の家の中に入ってみると、あっちにもこっちにも、真珠や宝石が詰まった箱が幾つも幾つも置いてありました。


「これ、小石より全然いいよ」


 ヘンゼルはそう言って、ポケットに詰められるだけ詰め込みました。グレーテルも、


「私も、お家にお土産に持ってくわ」


 と言って、小さなエプロンいっぱいに包み込みました。


「さあ、もう行こう」


 と、ヘンゼルが言いました。


「魔女の森から出て行くんだ」


 それから少し歩いた頃、辺りの森の様子がだんだん見覚えのある感じになってきました。そしてとうとう、遠くにお父さんの家が見えたのです。

 二人は一息に駆け出して、家の中に飛び込んで、お父さんに抱きつきました。


 木こりは、子供たちを森の中に置き去りにしてからというもの、罪悪感がいつも付き纏っていたのでした。一方、奥さん病気になって寝込んでいました。

 グレーテルはエプロンを広げて振るいました。すると真珠や宝石が部屋じゅうに転げ出てきました。そこにヘンゼルが、ポケットに片手を突っ込んで、自分の持っている分を後から後から掴み出してバラ撒きました。


 二人が帰ってきたその日の夜。グレーテルはヘンゼルに言いました。


「ヘンゼル。まだ悪い魔女がいるわ」

「そうだねグレーテル。まだ悪い魔女がいるね」


 ヘンゼルは、お父さんが木こりの仕事に使う斧を持ち出すと、病気で寝ているお母さんの近くへと行き、その斧を振り下ろしました。


 こんなわけで、苦労も心配もおしまいになって、三人は喜び尽くめのなか、一緒に仲良く暮らしたのでした。


めでたしめでたし


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