その城は、見る者を圧倒するほどの堅牢な城壁で覆われていた。その高さは一体どれほどだろうか。十メートル、いや、それ以上かもしれない。石、漆喰、煉瓦で構成された城壁は、その重厚な姿から長い年月にわたりこの地を守り続けてきたことが伺える。
上部には規則的に凹凸が施されている。凹部は矢を射る隙間であり、
九朗たちは、城壁に沿って静かに移動しながら、中に入れる場所を探していた。足音を忍ばせつつ、苔むした地面を踏みしめる一行。幸いにも堀はないため、比較的楽に進むことができている。実は彼らが今歩いているこの場所は空堀であるのだが、九朗たちはその事実に気付いてはいなかった。
城壁のひんやりとした陰が差し込む中、一行は慎重に進み続けた。風が葉を揺らす音だけが時折耳に届き、周囲には不気味なほどの静寂が広がっている。どこかで不意に視線を感じるような気がしつつも、目に映るのはただ無言の石壁と重厚な歴史だけだった。
だが、よく観察してみるとその
九朗たちは慎重に門へと近づき、その隙間をじっくりと見定めながらどこか通れる場所はないかと探し始めた。ひんやりとした空気が漂い、門の周囲の静寂には時間の止まったような感覚があった。
「ここから入れそうだけど……。入ってもいいのだろうか?」
九朗は立ち止まり、目の前の朽ちた門を見上げながら小さく呟いた。その声には、自分自身に問いかけるような迷いが滲んでいた。
目の前の古城は、長い年月を経た威圧的な姿をしていたが、どこか人の気配が感じられなくもない。確かに古めかしい佇まいではあるが、海外の事情に疎い九朗には、もしかしたら誰かがこの城に住んでいる可能性が頭をよぎる。日本では城に住むことなど考えられないが、この異国の地ではそうしたことも普通にあり得るのだろうか。
さらに、この城が観光地である可能性もあるのではないかと考えた。城を見学する観光客のために開かれた場所であるならば、勝手に中に入るのは明らかにルール違反だ。それどころか、不法侵入で取り締まられる可能性すらある。
答えを求めるように九朗は双子の方へと顔を向けた。しかし、そこにあったのは、さっきまでにこやかに無邪気にじゃれていた子供の面影ではなかった。双子の笑顔は消え、代わりに浮かんでいたのは残忍な笑み。その口元はわずかに歪み、その目には狂気のような光が宿っているかのように見えた。
その瞬間、九朗の背筋を冷たい何かが駆け抜ける。まるで全身に警鐘が鳴り響くかのようだった。初めて目にする双子のこの表情……それは、九朗の知るはずの彼らとはまったく異なるものだった。
「いるよ、
ヘンゼルは低い声で言った。その瞳は正面を射抜くように鋭く、無邪気だった彼の印象を一瞬でかき消していた。
「気味が悪い程こっちを挑発しているように、殺気を出しているよ」
「いるわ、
グレーテルもまた冷ややかな声で応じた。その声には、かつての明るい響きはない。
「気色の悪い程こちらを嘲笑しているように、魔力を出しているわ」
やはりこの双子も魔導書なのだ。九朗は改めて認識をした。そして、この先に魔導書が居るという確信も同時に得ていた。
「そんなに敵意が剥き出し……ということは赤ずきんではないみたいだね」
九朗は双子の異様な表情と鋭い指摘を前に、言葉を絞り出した。
「ええ、そうね。赤ずきんとは違うと思うわ」
グレーテルの声には冷たさが宿り、その目にはどこか嫌悪感を感じさせる光が漂っていた。
「ドス黒くて気持ちの悪い……。こちらを嘗め回すような、そんな偏執的な視線を感じるわ」
「僕は
ヘンゼルは低く呟き、目を細めた。その瞳にはまるで刃物のような鋭さがあり、周囲の空気を切り裂くかのようだった。
「邪魔者を排除したがっているような……そんな冷たさがある」
双子がそれぞれ異なる感覚を共有していることに、九朗はわずかな不安を覚えた。二人の感じ方の違いが示唆するものは何なのか。それが、敵意の強さや目的の異なる表れであるならば、彼らが直面するのは単なる脅威では済まないのかもしれない。
だが、進まないわけにはいかなかった。この城の主は既に九朗たちの存在に気付いているはずだ。城の奥で待ち構える何者かそれが赤ずきんなのか、あるいは赤ずきんを脅かす存在なのかは分からない。もしかしたら赤ずきんは囚われの身にあるのかもしれない。事の真意を確かめるには、直接城主に向き合うしかないだろう。
「行こう。二人とも警戒は忘れずに。何が起きるかわからないからね」
九朗の声には、迷いを振り払った意志が宿っていた。
「「はい、
双子の揃った声が響いたその瞬間、九朗の胸に微かな安心感が芽生えた。それは、一人ではないという思いから湧き出る勇気だった。
城門の向こうに広がる運命の舞台へ、彼らは静かに足を踏み出していった。