本部を出てから約一時間が過ぎようとした頃。助手席に座るリュウトと後部座席に座るトウヤとレンの途切れない会話に、マナは静かに耳を傾けていた。
「ふっ」
突然マナが鼻で笑うと、三人の視線が運転席の方へ向けられる。
「何笑ってんの?」
「 いやぁ何でもねぇよ」
リュウトが疑問を投げ掛けるも、小さく首を振るだけで何も言わない。そんなマナの態度にリュウトは不快感を覚える。
「何だよ気持ち悪ぃな……」
「あ? 車から放り出すぞ? ……まぁお前らを見て昔を思い出したんだよ」
「昔?」
マナは小さく頷き僅かに目を細めると、自身の候補生時代の事が脳裏によみがえる。
「あたしも十三の時に候補生になったからな。その時にはもうユウキもリサもいたんだぜ」
「へぇ〜やっぱりそん時からユウキさんは強かったのか?」
レンの問い掛けにマナはバックミラー越しで視線を向けると、小さく息を吐くように笑う。
記憶から現れるのは十三歳にして
「まだ
「やっぱ凄いんだな……」
まるで英雄の冒険譚を聞いている少年ように目を輝かせるレン。そんな表情を見ていると、リュウトも何処か誇らしげな思いが込み上げ口元に笑みを浮かべる。
自分が共に居たのはたった三日だけ。それでも悲しみに落ちかけていた自分に道筋を示し、今を与えてくれたユウキには心から感謝していた。
「そっから色々あって、あたしも入れて十人ぐらいの仲間でつるんでたよ。その内の七人が
「って事はマナともう一人が普通の
リュウトの言葉にマナが頷いてみせると、もう一人の
「まぁあたしも
言葉を詰まらせた後、少しだけ寂しそうに言葉を紡ぐ。
「支部の方で頑張ってるらしい」
「その人とは会ってないの?」
マナは無言で頷くと、胸元に入れていたタバコを取りだし口に咥える。その動作を見た途端、三人は火が付くか付かないかぐらいのタイミングで後部座席と助手席の窓が完全に開け放った。
「お互い忙しいからなぁ。何より、それぞれ夢があるしな」
「夢?」
「あぁ。まぁマジでちゃんとやってるみたいだから、お前らには教えらんねぇけどな。でもいつか話してやるよ」
そう言ったマナの表情はどこか得意気な笑顔を浮かべていた。
「ちょっと、羨ましいな。皆同じ場所にいれて」
「トウヤ……」
ポツリと呟いたトウヤは足元を見つめ始める。
流石の二人もなんて言葉をかけていいのかわからず、ただ名前を呼ぶ事しか出来なかった。
そんな光景をバックミラーからチラリと見たマナは、タバコを右手の人差し指と中指で挟み口から離す。
「でもお前には、帰りを待っててくれる人がいるじゃねぇか。それはマジで大事な事だぞ」
「帰りを……」
トウヤの言葉に静かに頷いてみせる。マナは挟んでいたタバコをもう一度吸い込むと、窓際に置かれていた備え付けの灰皿へと吸殻を捨てる。
「昨日連絡とった時にめちゃくちゃ心配してたぞ。んでうちで預かってるって話したら、すげぇ喜んでたよ。大切な家族が生きてた――ってな」
「家族……か」
心配してくれる人がまだいるーー。それだけでもトウヤにとって、暗闇の中で淡く光るランプのように温かい何かを感じた。
「
マナの顔はいつになく真剣で、そしてどこか寂しげな雰囲気を漂わせる。今は候補生の教師といえど、彼女もまた
「だから大切な人がいるんなら……そう思ったり、思われたりしてる人がいるんなら
マナの言葉に三人は返せる言葉が見付からなかった。
それを察してか、マナはいつもの気だるそうな表情に戻り副流煙を逃がす為運転席の窓を開ける。
「まぁそういう事だ。だからトウヤはお前を待ってくれてる居場所に帰るのが良い。その代わり、たまにはコイツらに顔を見せてやってくれよ」
「はい」
マナは火が付いていないタバコを咥え、バックミラー越しに小さく笑みを浮かべる。
見慣れたビルが並ぶ街並みも、いつの間にか木々が多くなり都会とは違った風景へと変わっていた。
「お、そろそろ見えてきそうだな。あそこかトウヤ――ッ!」
やや急な坂を途中まで登ると、道の先に真新しい建物が見えて来た。だが坂を登り切った所でマナは驚いた様子で車を急停止させる。
建物まで数百メートルの位置。そこでは町の住民が野次馬と化し、警官や救急車が緊急で停車した為に一般車で渋滞が起きていた。