目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第131話 修学旅行

 翌日、マイに見つからないように教室を抜け出して、郡司を探しに行った。クラスにはいない。となると、たぶん北校舎の廊下だ。行ってみると、やはりいた。数人の取り巻きと一緒だった。みんなスマホをいじっていて、僕に気づかない。


 「おい」


 声をかけると、確か高松とかいった女子が目をあげた。


 「郡司さん」


 高松に呼ばれて、やっと郡司は顔を上げる。


 「なにか……」


 「朱嶺に手を出すな」


 郡司が言い終わる前に、かぶせてやった。


 「ああ……。なんの話?」


 と言いつつも、ニヤニヤと笑っている。


 「昨日、襲わせただろう」


 「そうなん? 知らんわ」


 修学旅行に行く前に、手を打っておかないといけないと思っていた。


 「僕がお前についたら、もう朱嶺には手を出さないんだな?」


 念を押した。


 「それは城山次第とちゃうの」


 「わかった。じゃあ、お前につく。だから、朱嶺に手を出すな」


 朱嶺が危ないのではなく、朱嶺を襲うやつが危ないのだ。相手が多くなればなるほど朱嶺は本気で戦うだろうし、そうなれば殺してしまいかねない。そんな事情を知ってか知らずか、郡司はニヤッと笑うと、ポケットから緑色のリストバンドを取り出して僕に手渡した。


 「2日目の夜は、それをつけといてや。つけてへんかったら、帰ってきてからまたお前のかわいい彼女を襲うからな」


 ゴム製のよくあるリストバンドだった。僕はそれをポケットに突っ込むと、まだ何か言いたそうな郡司を残して、その場を去った。


   ◇


 清栄学院の修学旅行は毎年、3泊4日で沖縄である。修学旅行という以上は何かしら学びに繋がる必要があると学校側は考えているようで、沖縄入りした初日はバスで首里城跡とひめゆりの塔、平和祈念資料館に行く。


 行ったことがある人はわかると思うが、沖縄入りした日にこの2カ所を回るのは結構、きつい。なにしろ見るところがいっぱいあるからだ。ひめゆりの塔がある糸満で泊まればまだゆっくりできるのだけど、宿泊は移動して北谷なのである。西塚さんや米沢さんから「初日が大変」と聞いていた通り、移動だけでヘトヘトになって、夜はすぐ寝てしまった。


 2日目もなかなかの強行軍である。北谷に泊まったのは、もちろん朝からアメリカンビレッジに行くためだ。ランチを挟んでバスで美ら海水族館へ。名所を全部、生徒に見せてやりたいという学校の熱意が伝わる。


 3日目は探究学習で、各クラスにテーマが与えられ、それに沿って各地へ散らばっていく。そして、夜にホテルでその発表会をする。ちなみに2年5組のテーマは「伝統文化」。エイサーの体験教室を受けて、演舞をすることになっていた。


 同じ伝統文化なら、本場の空手を体験してみたかったなあ。


 そう、沖縄は空手発祥の地だ。ネバギバに移籍した後も、僕の頭の片隅には「自分は空手出身である」という意識があり、空手に関するユーチューブをよく見ていた。沖縄には伝統的というか古典的な空手の道場がたくさんある。そこには、フルコンタクト空手が受け継いでいない技法が多く残っていて、そういう技術の紹介を見るのが好きだった。そして、自分でも体験したいと思っていた。


 大阪に帰る4日目の午前中がフリータイムで、もし空手体験をするならそこなのだが、無理だろう。このハードスケジュールでは。


 「1日目の夜はみんな疲れてすぐに寝ちゃうんだよ。だから、遊びに行くチャンスは2日目の夜。男女でホテルのビーチに行ったりして、そこで告白したやつもいたなあ」


 西塚さんの言葉を思い出す。そんな機会があるのなら、早く教えてほしかった。マイに告白するのをもう少し待っていたのに。


 だが、僕らの修学旅行では、この2日目の夜を黒沢と郡司が自分たちの痴話喧嘩のためにめちゃくちゃにしようとしているのだ。旧1年1組のメンバーを巻き添えにして。


 絶対、行かない。そう決めていた。


 一応、朱嶺を守るために郡司側についたけど、だからといって何かをするつもりは全くなかった。郡司の口ぶりからすると、要するに黒沢の味方をしなければいいのだろう? 勝手に集まって、勝手に戦争でもなんでもやればいい。初日に平和祈念資料館に行ったこともあり、軽々しく「戦争、戦争」という黒沢と郡司が馬鹿に思えてきた。


 「まあくん、今晩どうするの?」


 美ら海水族館を出たところで、マイに聞かれた。沖縄への移動は制服だったが、こっちに来てからは上下とも体操服だ。11月とはいえ、沖縄は20度を超える。マイも下こそ長ズボンだったが、上半身は半袖だった。


 「マイがよければ、一緒にいようよ」


 マイはうれしそうに笑って、僕の腕を突いた。


 「よければって、そんな控えめな誘い方するんやったら、行かへんで」


 行かへんと言いつつも笑っている。


 「じゃあ、一緒にいて」


 「よろしい。2人きり?」


 「うん」


 「じゃあ、フリータイム開始と同時に、ロビーで会おか」


 「そうしよ」


 えへっと本当にうれしそうに笑う。沖縄に来て気づいたのだが、大阪に比べて星がとてもきれいに見える。ビーチで一緒に見たら、マイが前からよく言っている「ロマンチック」な雰囲気になるのではないか。


 その間、戦争でもなんでも勝手にやってればいい。だが、バスの車窓からこれぞマリンブルーという色の海を見ていると、頭の中にチラチラと新田の顔が浮かんでくる。


 あいつは行くだろうな。


 戦争ということは、けんかをするということだろう。一対一なのか、複数対複数なのか。どっちにしろ暴力には違いない。ノックダウンに深く関わっていた黒沢のことだ。そういうイベントはうまくやるだろう。


 もし、けんかならば、新田は使い物にならない。頭を負傷した後遺症なのか、力が全然、入っていない。全くけんかしたことがない素人相手ならばともかく、けんか慣れしたやつが相手なら間違いなくやられる。


 また頭にダメージを負ったら、あいつはどうなる?


 いやいや、新田がどうなろうが僕の知ったことではない。もともと黒沢と一緒に僕をいじめていたやつなのだ。自業自得。放っておけばいい。バスを降りて部屋に戻るときに、後ろから突かれた。マイの突き方と違って乱暴だ。誰かと思って振り返ると、郡司の取り巻きの一人、高松だった。


 「フリータイムに入ると同時に集合な。場所はビーチの東屋」


 それだけ言うと、スッと離れて行った。


 ホテルはビーチサイドにある。そのビーチの奥の方に大きな東屋があった。海水浴をした客が休憩するためのものだろう。円形で、20人くらい座れそうな広さがあった。


 なるほど。あそこでやるのか。となると一対一かな。しかし、黒沢側は誰が出てくるんだ? 僕らの学年に新田や黒沢以上のけんか自慢なんて、いたかな?


 まあ、そんなこと、どうでもいい。僕は行かないんだから。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?