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第132話 曇ってたね

 夕食と入浴を終えると、午後8時だった。午後10時就寝なので、2時間ある。とはいえ、今時の高校生がいかに朝が早かった(午前7時に朝食会場集合)とはいえ、午後10時におとなしく寝るとは思えない。


 フリータイムの開始である。


 ロビーでマイと合流する。体操服から着替えて、水色のパーカーにグレーのハーフパンツだった。僕も白いロンTに黒いジャージーの長ズボンに着替えている。寝巻きだ。よほど汚れない限り、このまま寝るつもりだった。


 「お待たせ」


 「待ってない!」


 うれしそうだ。連れ立ってビーチへ向かう。


 「昨日の晩、星を見た?」


 「え、見てへん。すぐ寝てしもた」


 「沖縄、めっちゃ星、見えるで」


 「ほんま? 楽しみ!」


 ロビーを抜け、土産物コーナーを通り抜けてビーチに出た。みんな考えることは一緒のようで、清栄学院の生徒が少なからずいた。


 夜空を見上げると、曇っていた。


 「……」


 マイをうかがうと、それでも一生懸命、目を凝らして星を探しているようだ。しかし、はっきりとわかるくらい雲がかかっていて、全く見えない。


 「ごめん。曇ってた」


 「え、ええよ」


 「天気予報、見とけばよかった」


 「うん。曇りやとは思わんかったね」


 実に気まずい。


 と、マイは僕の手を引いて歩き出した。


 「せっかくやし、ちょっと歩こうよ」


 助かる。


 なんや、星なんか見えへんやんと言われたら、どうしようと思っていた。


 「一緒に星を眺めたら、ロマンチックな雰囲気になるかなと思ったんだけどなあ」


 僕の少し前を歩きながら、マイはふふっと笑う。


 「そんなこと考えてたん?」


 「だって、せっかく沖縄に来たんやし」


 「星なんて、沖縄じゃなくても見えるよ」


 繋いだ手をぶらぶらと振りながら、マイは振り返った。とてもうれしそうだ。


 「こうやって、一緒に歩いているだけで楽しいよ」


 キュンとした。


 「うん。僕も楽しい」


 繋いだ手に、少し力をこめてみる。マイの隣に並ぶと、ビーチの砂の感触を楽しみながら、2人でゆっくりと歩いた。


 そういえば中学校の頃は、ずっと手を引いてもらっていたなあ。ついさっきまでみたいに、いつもマイが僕の前にいた。今、こうして隣同士で歩いているけど、僕は本当にマイと肩を並べられたのだろうか?


 先日の郡司の件といい、今でもマイに助けてもらっているような気がする。


 助けるといえば……。


 チラッと新田のことが頭をかすめた。あいつにも、助けてもらったな。本当にヤバかった時。僕だけじゃない。マイと一緒にヤバかった時に、あいつは黒沢を止めてくれた。


 助けに行かなくていいのか?


 いや、対戦要求を飲んで実際にリングで戦ったことで、チャラになったはずだ。もう新田との間に貸し借りはない。


 「まあくん」


 だから、助けに行く必要なんて、ない。


 「まあくん!」


 マイに揺さぶられて、我に返った。


 「あ、ごめん。何?」


 「この前の、郡司の件」


 マイは少し怒った顔をしていた。


 「うん」


 「あれ、今晩、元1年1組でパーティーやってるんやろ」


 「え、なんで知ってるん」


 ずっと黙っていたのに、なぜ。


 「噂になってるもん。うちのクラスにも、まあくん以外にも元1年1組がいるし、その子らがパーティー行くって言うてたから」


 40人近い生徒に声をかけているわけだから、さすがにマイの耳にも入るわけだ。


 「ああ、うん。そうやねん」


 「それに誘われてて、もめてたんやね」


 「もめたというか、行かないと言っているのに、しつこく誘われたというか」


 「ふうん」


 マイも知っているということは、元1年1組にとどまらず、学年の多くの人間が知っているということだ。〝戦争〟は意外に大きな規模でやっているのかもしれない。


 また新田の顔が頭に浮かぶ。


 ダメだ。どんなやつが相手なんだ。


 新田が殴られて、昏倒するシーンが目に浮かぶ。前回は脳内出血して、復帰に半年かかった。もう一度、同じダメージを受けたら、今度は死んでしまうのではないか?


 いや、僕には関係のないことだ。


 「ちょっと待って」


 意思に反して、スマホを取り出して宮崎先生にメッセージを打った。


 『今夜の元1年1組のパーティーで暴力行為が行われている可能性があります』


 手早く送信する。


 「え、まあくんは行かへんのやろ?」


 ごめん。本当にごめん。マイの顔を見ることができない。ビーチに目をやると、遠くに東屋が見える。オレンジ色の明かりがついていて、多くの人が集まっているのが見えた。


 「マイ、ちょっとだけ行ってくる。本当にごめん。先に帰ってて」


 僕はそう言うと、呆気に取られているマイを置いて東屋へと駆け出した。

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