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第133話 戦争

 東屋には30人はくだらない生徒が集まっていた。もちろん元1年1組の連中だ。単に見物に来ただけの他の組のやつもいたかもしれないけど。内部のベンチに座りきれず、外側で立ち見しているやつも大勢いた。ザワザワしている。外にも内にもオレンジ色のランプがついて、夜とは思えないほど明るかった。


 駆けつけた時、手前の床に新田がうつ伏せになって倒れていた。体に腕を添わせて、棒のように倒れている。左奥に黒沢が薄ら笑いを浮かべながら、ふんぞり返って座っていた。その前で郡司が土下座している。


 「愛莉、服脱げや。そんなもん、土下座とちゃうやろが」


 黒沢が言うと、周囲から「そうや、早よ脱げ!」「脱〜げ! 脱〜げ!」と口々に罵声が飛んだ。黒沢の前に見慣れない、背の高い男子が立っている。短く刈った髪を金髪に染めて、どう見ても黒人とのハーフだ。こんなやつ、うちの学校にいたっけ? 黒いタンクトップに黒いハーフパンツ。ポケットに手を突っ込んでいる。肩や腕の筋肉がすごい。


 いやいや、土下座する前にやることがあるでしょ。僕は新田に駆け寄った。息はしている。ただ、薄目を開けて、口は半開きだ。どうしよう。意識がない。


 「誰か、先生呼んできて! 新田、明らかにおかしいじゃんか!」


 僕は誰とはなしに、周囲に声をかけた。誰も目を合わせようとしない。僕から視線を逸らすと、何かヒソヒソと話している。


 「おう、誰かと思えばモラシやんけ。遅刻か?」


 黒沢は立ち上がると、頭を下げている郡司の後頭部を踏みつけた。ガツッと音がする。


 「第2ラウンドがあるなんて、聞いてないぞ」


 先ほどのハーフ男子が言う。


 「……おねがいします」


 郡司が小さな声でうめいた。


 「あ? なんや。聞こえへん」


 「お願いします!」


 郡司は土下座したまま、叫んだ。


 「新田はポンコツやった! こんなん、戦争にもならん! もう一回、ちゃんとやらせて! それであかんかったら、服でもなんでも脱いだるわ!」


 黒沢の足を押し退けて、顔を上げる。泣いていたのか、顔がぐじゃぐじゃだった。


 「ほう、言うやんけ。2連敗したら、もう言い訳はできへんわなあ」


 黒沢は口の端を上げてニヤリと笑った。郡司は立ち上がると、こっちに駆けてきた。


 「というわけで城山、戦って」


 真剣な顔をして言う。


 「何? どういうこと? やらへんって言うたやんか。それより先生、呼べよ。新田、ヤバいって」


 そんなことより、早く新田を助けないとという焦りで、ジリジリした。


 「緑のバンド、持ってきた? あれ、郡司組の証明だから」


 そんなこと気にしている場合か。


 「持ってきてへんわ」


 「もう!」


 郡司は僕の腕を引っ叩いた。


 「エディ、もう一人分、金、出すわ。疲れてへんやろ? いけるやろ?」


 黒沢がハーフ男子に言う。


 「全然、オッケーよ。汗もかいてない」


 エディと呼ばれた少年は、肩を右、左とぐるぐると回した。


 え、なに? この子が相手なの? 僕らと同じくらいの年齢に見える。いや、もう少し若いかもしれない。


 「城山、来た以上、やるしかないで。黒沢の前から尻尾巻いて逃げるわけにはいかんやろ。ウチの裸土下座もかかっとるんや!」


 郡司は僕を揺さぶって必死だ。お前の裸土下座なんか、知ったこっちゃない。


 周りで見ているやつらは、何もしてくれそうになかった。郡司も新田を助ける気は全くなさそうだ。黒沢も見逃してくれなさそうだ。このエディという子とやり合わないと、新田を連れ出すことはできそうもない。


 どうする? やるのか? 岡山さんに、あんなにやるなと言われたのに?


 それに、エディがなんなのかもわからない。ボクサーなのか、キックボクサーなのか。体型的に柔道はないだろう。


 宮崎先生、さっき送ったメッセージ、見てくれたかな。それだけが頼りだった。


 時間を稼ごう。ディフェンス一辺倒でいい。エディはどうやら黒沢に金で雇われているようだ。それならば、何がなんでも僕を倒すという執着心もないだろう。


 「あんた、背が高いな。何やってるの? ボクシング? キックボクシング?」


 エディの声は、見た目とは裏腹に甲高くて小さな子供のようだった。


 「そいつは空手や。真正館のな」


 黒沢が言う。


 「オウ、フルコンタクト空手か」


 エディは目を丸くしてニカッと笑う。


 黒沢は満面の笑みを浮かべると、パンパンと手を叩いた。


 「みんな! 1試合目はしょっぱい内容で悪かったな! うれしいことに、2試合目が成立や! われらが城山モラシくんが、遅ればせながら駆けつけてくれたで!」


 相変わらずよく通る声だ。両手を広げて、観衆を煽る。取り囲んでいた生徒たちがおお〜歓声を上げて沸く。拍手が起こり、指笛まで鳴った。


 「では、改めて! 黒沢組代表〜、エディ〜三十里(みどり)〜!!」


 拍手が一段を大きくなる。


 「そして! 郡司組2番手〜、城山〜モラ〜シ〜!!」


 どこからか「漏らすなよ!」と声が飛ぶ。嘲笑。いつの話だよ。いまだにそんなことで盛り上がれる能天気さが、うらやましい。


 黒沢がエディと僕を東屋の中央に手招きした。


 「ええか、エディ。ルールはさっきと一緒」


 楽しそうに微笑みながら、念を押す。


 「わかった」


 エディは薄笑いを浮かべながら、うなずく。


 「え、どんなルール?」


 「モラシは知らんでええ」


 僕の方を見もせずに、吐き捨てる。デジャヴだ。黒沢は肩をいからせて、座っていたベンチに戻っていった。


 「いけ! エディ!」


 「ぶっ殺せ!」


 格闘技の試合会場でも飛ばないような物騒な声援が、あちこちから聞こえる。


 「では、ゴング! カーン!」


 黒沢の声を合図に、エディが構えた。

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