東屋には30人はくだらない生徒が集まっていた。もちろん元1年1組の連中だ。単に見物に来ただけの他の組のやつもいたかもしれないけど。内部のベンチに座りきれず、外側で立ち見しているやつも大勢いた。ザワザワしている。外にも内にもオレンジ色のランプがついて、夜とは思えないほど明るかった。
駆けつけた時、手前の床に新田がうつ伏せになって倒れていた。体に腕を添わせて、棒のように倒れている。左奥に黒沢が薄ら笑いを浮かべながら、ふんぞり返って座っていた。その前で郡司が土下座している。
「愛莉、服脱げや。そんなもん、土下座とちゃうやろが」
黒沢が言うと、周囲から「そうや、早よ脱げ!」「脱〜げ! 脱〜げ!」と口々に罵声が飛んだ。黒沢の前に見慣れない、背の高い男子が立っている。短く刈った髪を金髪に染めて、どう見ても黒人とのハーフだ。こんなやつ、うちの学校にいたっけ? 黒いタンクトップに黒いハーフパンツ。ポケットに手を突っ込んでいる。肩や腕の筋肉がすごい。
いやいや、土下座する前にやることがあるでしょ。僕は新田に駆け寄った。息はしている。ただ、薄目を開けて、口は半開きだ。どうしよう。意識がない。
「誰か、先生呼んできて! 新田、明らかにおかしいじゃんか!」
僕は誰とはなしに、周囲に声をかけた。誰も目を合わせようとしない。僕から視線を逸らすと、何かヒソヒソと話している。
「おう、誰かと思えばモラシやんけ。遅刻か?」
黒沢は立ち上がると、頭を下げている郡司の後頭部を踏みつけた。ガツッと音がする。
「第2ラウンドがあるなんて、聞いてないぞ」
先ほどのハーフ男子が言う。
「……おねがいします」
郡司が小さな声でうめいた。
「あ? なんや。聞こえへん」
「お願いします!」
郡司は土下座したまま、叫んだ。
「新田はポンコツやった! こんなん、戦争にもならん! もう一回、ちゃんとやらせて! それであかんかったら、服でもなんでも脱いだるわ!」
黒沢の足を押し退けて、顔を上げる。泣いていたのか、顔がぐじゃぐじゃだった。
「ほう、言うやんけ。2連敗したら、もう言い訳はできへんわなあ」
黒沢は口の端を上げてニヤリと笑った。郡司は立ち上がると、こっちに駆けてきた。
「というわけで城山、戦って」
真剣な顔をして言う。
「何? どういうこと? やらへんって言うたやんか。それより先生、呼べよ。新田、ヤバいって」
そんなことより、早く新田を助けないとという焦りで、ジリジリした。
「緑のバンド、持ってきた? あれ、郡司組の証明だから」
そんなこと気にしている場合か。
「持ってきてへんわ」
「もう!」
郡司は僕の腕を引っ叩いた。
「エディ、もう一人分、金、出すわ。疲れてへんやろ? いけるやろ?」
黒沢がハーフ男子に言う。
「全然、オッケーよ。汗もかいてない」
エディと呼ばれた少年は、肩を右、左とぐるぐると回した。
え、なに? この子が相手なの? 僕らと同じくらいの年齢に見える。いや、もう少し若いかもしれない。
「城山、来た以上、やるしかないで。黒沢の前から尻尾巻いて逃げるわけにはいかんやろ。ウチの裸土下座もかかっとるんや!」
郡司は僕を揺さぶって必死だ。お前の裸土下座なんか、知ったこっちゃない。
周りで見ているやつらは、何もしてくれそうになかった。郡司も新田を助ける気は全くなさそうだ。黒沢も見逃してくれなさそうだ。このエディという子とやり合わないと、新田を連れ出すことはできそうもない。
どうする? やるのか? 岡山さんに、あんなにやるなと言われたのに?
それに、エディがなんなのかもわからない。ボクサーなのか、キックボクサーなのか。体型的に柔道はないだろう。
宮崎先生、さっき送ったメッセージ、見てくれたかな。それだけが頼りだった。
時間を稼ごう。ディフェンス一辺倒でいい。エディはどうやら黒沢に金で雇われているようだ。それならば、何がなんでも僕を倒すという執着心もないだろう。
「あんた、背が高いな。何やってるの? ボクシング? キックボクシング?」
エディの声は、見た目とは裏腹に甲高くて小さな子供のようだった。
「そいつは空手や。真正館のな」
黒沢が言う。
「オウ、フルコンタクト空手か」
エディは目を丸くしてニカッと笑う。
黒沢は満面の笑みを浮かべると、パンパンと手を叩いた。
「みんな! 1試合目はしょっぱい内容で悪かったな! うれしいことに、2試合目が成立や! われらが城山モラシくんが、遅ればせながら駆けつけてくれたで!」
相変わらずよく通る声だ。両手を広げて、観衆を煽る。取り囲んでいた生徒たちがおお〜歓声を上げて沸く。拍手が起こり、指笛まで鳴った。
「では、改めて! 黒沢組代表〜、エディ〜三十里(みどり)〜!!」
拍手が一段を大きくなる。
「そして! 郡司組2番手〜、城山〜モラ〜シ〜!!」
どこからか「漏らすなよ!」と声が飛ぶ。嘲笑。いつの話だよ。いまだにそんなことで盛り上がれる能天気さが、うらやましい。
黒沢がエディと僕を東屋の中央に手招きした。
「ええか、エディ。ルールはさっきと一緒」
楽しそうに微笑みながら、念を押す。
「わかった」
エディは薄笑いを浮かべながら、うなずく。
「え、どんなルール?」
「モラシは知らんでええ」
僕の方を見もせずに、吐き捨てる。デジャヴだ。黒沢は肩をいからせて、座っていたベンチに戻っていった。
「いけ! エディ!」
「ぶっ殺せ!」
格闘技の試合会場でも飛ばないような物騒な声援が、あちこちから聞こえる。
「では、ゴング! カーン!」
黒沢の声を合図に、エディが構えた。