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十三 明滅の灯火

 イエドは、何のことか分からず、まゆを寄せていました。

「おじいさん。何があったか、教えてくれよ」

「そりゃあ……灯火ともしびぢゃよ」

 コドはそう言うと、少し口をむすんで、横目で窓の外の星星を見ました。

「イエドや。以前にあの光は、ここから見えるままの大きさで、こっちへそそいだんぢゃ。ボクちゃんは眠っとったでな、わしはどうにもできず、取りそこねたわい。幾度いくどとなく、光がここを通り抜けてなあ、そこのゆかで、まるでふるいに残ったようにころがっとった光をなあ、わしは『おお! おお!』言って、ただ驚いとったよ。それが消えせるまで……」


「……知らなかった」ボクはコドを見上げて言いました。


「わあ、その現象は見たいなあ」

 イエドは、今にも遠くからその光が降って来ないか、と期待して窓の外をのぞき込みました。

「本当に綺麗きれいだろうな。それがめずらしい現象なら、おれだって、どうしても光を取っておきたいって思うよ」

「イエドもそう思うんかい?」コドも外の光に顔を向けました。

 暗黒の中にちらちらと輝く星星は、一つとしてここから目をらしません。イエドは引き寄せられるように、顔を硝子ガラスに寄せました。


「ふうん……そうなの」ボクは言いました。


 コドとイエドとは対称的たいしょうてきに、ボクは室内に目線めせんとどめていました。イエドはボクのこの口調くちょうを、前に聞いたことがありました。

「その光を取ったらあ、どうなるかあ、知らなあい?」ボクは優しい声で、しかも、わざともったいぶりながら言いました。

 イエドは、今ではすっかり夢の中にれた気がしていましたから、今度こんどかさずボクに答えました。

「夢の中だと軽く考えてさわると、手に大火傷おおやけどうんだろう?」

「それは違うよ」

 ボクは即座に言いました。

しい答えだけれど……、それは違うよ。あの空の光は、ただの星じゃないんだ。火のようで、ただの火じゃない。……多分、何かのみなもととか、おまもりとかだよ」


 星星は変わりなく輝いていました。

 しかしイエドは、変化した心境でそれらを見ると、同じように見えていたはずの星星の輝きかた、一つ一つの特徴が分かってきました。


 その輝きは、星の大きさ、位置、色、距離などが変えることではなく、見る者が変えることでした。

 イエドは遥かな遠い世界に、全てが自身と似ていて、互いに共鳴している存在があるような気さえしてきました。

「あの光は、ほし自体じたいるわけじゃないよ。星はたくさんの集まりだから、その一部のけらが、何かのきっかけで手放てばなされたり、引き寄せられているんだ。星星が絶えず欠けらを交換して……でも、全部どこかからの借り物で、又貸またがしだらけなんだけれど、そんな区別はらないよ」

 ボクはだまって、を取りました。肝心かんじんの〝どうなるか〟について話を戻そうと、心中しんちゅうの言葉をととのえている様子でした。

「……その無数の欠けらは、同じようでそうでもなくて、単純なものなんだ。星星は、それを簡単にり取りするだけ。でも、そういう簡単な物事ものごとは、本質ほんしつに近いの。……あまり言葉をならべても、複雑ふくざつなことになるけれど。あの光は、それを手に取った者の本質――一番のこと、思い出に強く残っていること、何よりも大事だいじなことを、教えてくれるんだ」

 イエドは、ボク自身も難しそうに話すので、いた言葉が想像できても、すぐに納得なっとくはできませんでした。また少し、眉が寄ってきました。


「うむ。そうぢゃなあ。言葉では説明せつめいくせぬでな、実際にそれを手に取り、じいっと見るといい。おのれの本質、生命がそれに表現するんぢゃ」コドは言いました。

「……おじいさん、もう知っているようだけれど?」イエドは言いました。

「一度、わしはボクちゃんにそれをひろってもらった。わしに手渡されるやいなや――その光は、一つの灯火ともしびを映し出したんぢゃ。もう、消えそうな明かりぢゃったよ。そう、わしの命の火ぢゃ……」

 コドは声を弱めるものの、その表情は変わりませんでした。

「わしはここに長居ながいしとるでな。じつは、あっちではもう死んで当然ぢゃが、こっちと話はべつらしいぞ。まあ、別別べつべつでここに居るでな。あっちでわしが――わしの体が、感覚も息もなくしとったら、もう戻れぬ。ちょいとあっちを見に行けるかも分からぬが、元通もとどおり起きることは、もうかなわぬ」

「……コドおじいさんは、あわてんぼうなの」ボクは弱い声で言いました。「あの時、おじいさんは、すぐボクに渡してくれなかった。本当にボクは、注意したのに……聞かなかった。〝最後まで〟見ようとして、光を手放さなかった!」

 ボクは強い目つきで、コドに向かって言いました。するとって変わり、にこりとみました。

「あれっきり、一回だけにしてよ」

「おおう、無論むろんぢゃ」

「……それより、また日のかない? 船長にお願いして来るから、待っていてね⁈」

 ボクはあわてて席からり、扉の向こうの通路へ走って行きました。

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