イエドは、何のことか分からず、眉を寄せていました。
「おじいさん。何があったか、教えてくれよ」
「そりゃあ……灯火ぢゃよ」
コドはそう言うと、少し口を結んで、横目で窓の外の星星を見ました。
「イエドや。以前にあの光は、ここから見えるままの大きさで、こっちへ降り注いだんぢゃ。ボクちゃんは眠っとったでな、わしはどうにもできず、取り損ねたわい。幾度となく、光がここを通り抜けてなあ、そこの床で、まるで篩に残ったように転がっとった光をなあ、わしは『おお! おお!』言って、ただ驚いとったよ。それが消え失せるまで……」
「……知らなかった」ボクはコドを見上げて言いました。
「わあ、その現象は見たいなあ」
イエドは、今にも遠くからその光が降って来ないか、と期待して窓の外を覗き込みました。
「本当に綺麗だろうな。それがめずらしい現象なら、おれだって、どうしても光を取っておきたいって思うよ」
「イエドもそう思うんかい?」コドも外の光に顔を向けました。
暗黒の中にちらちらと輝く星星は、一つとしてここから目を逸らしません。イエドは引き寄せられるように、顔を硝子に寄せました。
「ふうん……そうなの」ボクは言いました。
コドとイエドとは対称的に、ボクは室内に目線を留めていました。イエドはボクのこの口調を、前に聞いたことがありました。
「その光を取ったらあ、どうなるかあ、知らなあい?」ボクは優しい声で、しかも、わざともったいぶりながら言いました。
イエドは、今ではすっかり夢の中に慣れた気がしていましたから、今度は透かさずボクに答えました。
「夢の中だと軽く考えて触ると、手に大火傷を負うんだろう?」
「それは違うよ」
ボクは即座に言いました。
「惜しい答えだけれど……、それは違うよ。あの空の光は、ただの星じゃないんだ。火のようで、ただの火じゃない。……多分、何かの源とか、お守りとかだよ」
星星は変わりなく輝いていました。
しかしイエドは、変化した心境でそれらを見ると、同じように見えていたはずの星星の輝き方、一つ一つの特徴が分かってきました。
その輝きは、星の大きさ、位置、色、距離などが変えることではなく、見る者が変えることでした。
イエドは遥かな遠い世界に、全てが自身と似ていて、互いに共鳴している存在があるような気さえしてきました。
「あの光は、星自体が降るわけじゃないよ。星はたくさんの集まりだから、その一部の欠けらが、何かのきっかけで手放されたり、引き寄せられているんだ。星星が絶えず欠けらを交換して……でも、全部どこかからの借り物で、又貸しだらけなんだけれど、そんな区別は要らないよ」
ボクは黙って、間を取りました。肝心の〝どうなるか〟について話を戻そうと、心中の言葉を整えている様子でした。
「……その無数の欠けらは、同じようでそうでもなくて、単純なものなんだ。星星は、それを簡単に遣り取りするだけ。でも、そういう簡単な物事は、本質に近いの。……あまり言葉を並べても、複雑なことになるけれど。あの光は、それを手に取った者の本質――一番のこと、思い出に強く残っていること、何よりも大事なことを、教えてくれるんだ」
イエドは、ボク自身も難しそうに話すので、聴いた言葉が想像できても、すぐに納得はできませんでした。また少し、眉が寄ってきました。
「うむ。そうぢゃなあ。言葉では説明し尽くせぬでな、実際にそれを手に取り、じいっと見るといい。己の本質、生命がそれに表現するんぢゃ」コドは言いました。
「……おじいさん、もう知っているようだけれど?」イエドは言いました。
「一度、わしはボクちゃんにそれを拾って貰った。わしに手渡されるや否や――その光は、一つの灯火を映し出したんぢゃ。もう、消えそうな明かりぢゃったよ。そう、わしの命の火ぢゃ……」
コドは声を弱めるものの、その表情は変わりませんでした。
「わしはここに長居しとるでな。実は、あっちではもう死んで当然ぢゃが、こっちと話は別らしいぞ。まあ、別別でここに居るでな。あっちでわしが――わしの体が、感覚も息もなくしとったら、もう戻れぬ。ちょいとあっちを見に行けるかも分からぬが、元通り起きることは、もう叶わぬ」
「……コドおじいさんは、あわてんぼうなの」ボクは弱い声で言いました。「あの時、おじいさんは、すぐボクに渡してくれなかった。本当にボクは、注意したのに……聞かなかった。〝最後まで〟見ようとして、光を手放さなかった!」
ボクは強い目つきで、コドに向かって言いました。すると打って変わり、にこりと笑みました。
「あれっきり、一回だけにしてよ」
「おおう、無論ぢゃ」
「……それより、また日の出を描かない? 船長にお願いして来るから、待っていてね⁈」
ボクは慌てて席から跳び下り、扉の向こうの通路へ走って行きました。