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十八 記憶と心情

 イエドは、自分がどこで何をしていたのか、思い出しました。

「そうだ。見たんだ。たしか、コドさんは、光の中を歩いて……行った」

 それを聞いてボクは頭を抱えるのをめ、言いました。

「イエドは、倒れていたけれど? おじいさんを、見送りできたの?」

「ああ。……コドさん、降りる前にこう言ったよ。『わしらは同士ぢゃ』って。遠くに居ても、仲間であり続けるんだ。因縁いんねんって言ったけれど、絆のようなつながりがあることだと思う……。それに――」イエドはボクに目を向けましたが――。

 伝えるための言葉は、もはや要らない様子でした。イエドが思い起こせば、その心象しんしょうに映るものは、ボクにも伝わりました。

 ボクは目を閉じて、イエドの回想に相槌あいづちを打つようにささやきました。

「……なーんだ、おじいさん。そんなことを言ったの。うん、分かっていたさ。

 ……うん、それも分かっているよ。

 ……ああ、うん。本心は、そうしたかったかもしれない。

 ……コドおじいさん。それなら、もう少しのあいだ……近くに居てほしいと言ったのになあ。

 ……引き止めることなんかしなかったのになあ……」


 言葉を繋ぐたびに涙がまり、ボクは、歩き去るコドの後ろ姿を見たとき、ぱっとその涙に包まれた目を開けて、本を見つめました。

 その本はみずから、強い勢いでめくれていきました。薄かった影は濃くなりました。

 イエドはその勢いに気持ちが押されていました。ボクは本に屈み込み、まさに真剣な面持おももちで中を見つめていますが、イエドは本から風圧を受け、たじろぎ気味ぎみに腕をかざしているだけでした。

 ボクもいっぱいに風を受け、その大きな目の睫毛まつげまでもがなびいていました。

 イエドは、気迫きはくに似たものを感じました。

 ボクの何でも知っているような雰囲気は、知力といわれるたぐいではなく、想像力によってっているのでした。 この夢の景色やいろどりのすべてがボクの世界なのか、という気もするほどの大きなものでした。

 イエドの心象は本の捲れる速さに合わせ、急ぎさかのぼって記憶を映しました。 本が捲れ続けて、緑のしおりはさんである頁がひらいた一瞬、イエドの心象は当時の記憶を濃く映したのです。しかし、それ以前の記憶はうつろに過ぎ去りました。

 それはイエドの記憶にないためか、さらにイエドが青葉号で最初に目を開けるより以前のことは、心象に映し出されることがありませんでした。

 ボクは目をしばたき、すると、白い光が見えてきました。本に光が染み込んでいました。

「この明かりは——」

 ボクは明かりに囲まれ、その身が少しずつ照らされていくと、懐かしむ表情になりました。


 ボクの目からは、輝く涙がしたたれました。

「そうか、行き先が……この光だったんだ」ボクはふるえる口で言いました。

「コドおじいさんに初めて会ったとき、この光が見えたの――遠い空に」

 ボクは窓に振り向きました。目を包む涙に光が映り、ボクにはコドの言葉が聞こえました。


 涙拭け――。


 そのとき、そばに居るイエドの声も聞きました。

「――涙を拭こう。それじゃよく見えないだろ」

 イエドも涙を浮かべていました。袖を目に当て、流れる前に涙をぬぐいました。

「コドさんは、今もしっかりと、この星空を見ているはずだ。同じ空を見上げる同士だからな。泣くのはそう」

 ボクは涙を拭きました。


 二人は、星空を見つめました。

 どこかに、コドの歩く姿を思って。

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