目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第103話

「な、なにを言ってるんだ……!? その女が支部長補佐だと? 嘘を言って騙そうとしてもそうはいかないぞ」

「嘘ではないですよ。そもそも、Sランク探索者である穂花ちゃんにほとんど専属として対応する人間が、無役なわけないじゃないですか」

 言いながら小春さんの懐から取り出された名刺には、確かに『空ヶ崎支部長補佐 乙倉小春』としっかり記されていた。

「それで、『所詮は管理局の下っ端風情になにができる』でしたっけ? では、なにができるのかを実際にお見せして差し上げますね」

 ニコニコと微笑みを浮かべている小春さんだけど、その目はこれっぽっちも笑っていなかった。

 あれは、どう考えてもブチ切れている時の小春さんの表情だ。

 今まで幾度となくあの表情を向けられてきた私には、小春さんの怒りが手に取るように分かるのだ。

「さて、それじゃあまずはソウルトレックがSランク探索者の不知火穂花さんに要求した恥知らずな契約の話からしましょうか。穂花ちゃん、契約書って直せるわよね?」

「もちろん。はい、どうぞ」

 こうなった小春さんには逆らわないのが一番だ。

 言われるがままビリビリに破った契約書を修復して差し出すと、ソレに視線を落とした小春さんは大きなため息を吐く。

「こんな契約がそのまま通ると、あなた方は本気で思っていたんですか? そちらの盛岡さんはともかく、朝倉さんは代理人としてどう思ってます?」

「いえ、その……。私としては盛岡さんに対して、考え直すようにと再三お伝えしていたのですが……」

「まぁ、それはそうでしょうね。それでも止められなかった時点であなたも同罪ですけど」

 冷たく言い放った小春さんは、そのまま改めて目の前のふたりに冷たい視線を向ける。

「ともかく、管理局としてもこのような身勝手な行動は目に余ります。何度も申していますが、管理局としてダンジョン内での配信行為は全面的に認められている探索者の権利です。その権利を侵害するような契約を持ちかけたソウルトレックには、相応のペナルティがあることを覚悟しておいてください」

「ソウルトレックに対するペナルティ……!? いや、それはマズい……!!」

「なにがマズいのでしょうか? これはソウルトレック全体としての総意なのでしょう? ……まさかとは思いますけど、今回の件が盛岡さんの独断だなんて言いませんよね?」

「いや、その……。それは……」

 目を泳がせながら言葉を探す盛岡の姿に、私たちは思わず呆れた表情で彼を見つめる。

「はぁ……。どうせそんなことだと思ってました。ソウルトレックの代表は私も知っている方ですが、こんな馬鹿な行動を起こすような方ではありませんから」

「まぁ、腐っても国内有数のクランだものね。やって良いことと悪いことの区別くらいつくでしょ。残念ながら、メンバー全員がそうじゃなかったみたいだけど」

 しかしそうなのだとすれば、話はまた少し変わってくる。

「ともかく、まずは事実確認といきましょう。私は少し席を外しますので、穂花ちゃんは申し訳ないけど彼らが妙な行動を起こさないように監視しておいてくれる?」

「ええ、それくらいお安い御用よ」

 そう言って席を立つ小春さんに答えた私は、もはやこの世の終わりのような表情を浮かべている盛岡を監視するように視線を向けるのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?