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第104話

「この度は、うちのクランメンバーが大変申し訳ないことをした。ソウルトレックを代表して謝罪させてほしい」

 あれからしばらく時間が経ち、小春さんに連れられてやって来た男性は部屋に入るなり私たちに向かって深々と頭を下げた。

「ここに来るまでに、乙倉さんから今回の件のあらましは聞かせてもらった。まさかうちのメンバーがここまで常識知らずの迷惑をかけるとは思っていなかった。本当に、申し訳ない!」

「ご、権藤ごんどうさん……。あなたがそこまで頭を下げる必要なんて……」

 自分のために頭を下げてことを丸く収めようとしている相手に対して、盛岡はこの期に及んで自分の置かれた状況を理解していないように呟く。

 そんな彼の言葉に、勢いよく頭を上げた男性──権藤は厳しい表情を浮かべて盛岡を睨みつける。

「まだ自分のしでかしたことを理解していないのか! お前のその行動は、ソウルトレック全体の立場を揺るがすほどのことなんだぞ!」

「そっ、そんな!? 俺はただ、クランのことを考えて……」

 悔しそうに唇を噛みながら呟く盛岡に、権藤は小さくため息を吐きながら口を開く。

「そもそも俺は、深層の情報を独占しようなんて考えたこともないぞ。他の探索者に情報を渡す時だって、無償という訳にはいかないから対価として金銭を受け取っているんだ」

 どうやら、そもそも権藤と盛岡では情報に対する考え方が根本的に違ったようだ。

「とりあえず、話し合いは後にしてもらっていいかしら? それで、私はこんなふざけた契約を結ぶ必要はないってことでいいの?」

 放っておくとこのままずっと相手側の話し合いが続いてしまいそうで、それを遮るように口を挟んだ私に権藤は慌てた様子で視線をこちらへ戻す。

「あぁ、もちろんだ。その契約書もそちらの自由にしてもらって構わない。この件に関して誠意を見せろと言うのであれば、できる限りの範囲で応えるから申し出てくれ」

「いや、そこまでは面倒だしいいわ。私としては、これ以上の面倒ごとを持ち込まないでくれたらそれで十分よ」

 ここで彼らと揉めても、得られるメリットよりも失うデメリットの方が大きい。

 だったら今回は恩を売る形でことを収めて、もしもの時の保険として残しておく方がお得だ。

「凛子も、それでいいわよね?」

「うん。もともと私はほとんど関係ないから。穂花ちゃんの判断に任せるよ」

 念のために確認すれば、凛子も私に向かってそう言いながら頷く。

「というわけで、この件は貸しってことで。いつか気が向いた時にでも返してくれればいいわ」

「……分かった。いつになるか分からないが、必ず返すと約束しよう。もしも何か困ったことがあれば、遠慮なくソウルトレックを使ってくれ」

 それにしても、これは少し大きすぎる借りができてしまったな。

 ひとりごとのようにそう呟いた権藤は、そこで初めて小さな苦笑いを浮かべた。


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