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第106話

 管理局職員がバタバタと動き回り騒然とするダンジョンの入口を抜けて中に入ると、そこは外の喧騒とは打って変わってシンッと静まり返っていた。

 普段とは違うまるでダンジョンそのものが息をひそめているような不気味な静けさに、隣に立つ凛子は少し不安そうな表情を浮かべていた。

「なんだか、普段と違ってちょっと怖いね。静かすぎるっていうか……」

「たぶん、普段ならこの辺りに居る新人探索者を避難させたんでしょうね。スタンピードで下の階層のモンスターが現れ始めたら、彼らじゃとても太刀打ちできないから」

 それどころかそんな彼らを守りながら戦わなくてはならなくなるのであれば、それはもういっそ居ない方がマシだろう。

「まぁ、普段通りに行きましょう。身構えたところで、どうせなるようにしかならないんだから。それに凛子なら、大抵のモンスターが現れても対処できるはずよ。この私が鍛えた愛弟子なんだから!」

「ふふっ。うん、そうだね。……よし、がんばるぞっ!」

 ぱんっと軽く自分の頬を叩いた凛子は、そのまま気合十分といった表情でダンジョンの奥へと視線を向ける。

 その間にも大量のモンスターの気配はゆっくりと近づいてきていて、そしてついにその第一陣が私たちの目の前に現れた。

「うわぁ、あんな量のゴブリンなんて初めて見たかも……。ちょっと気持ち悪いね」

「まぁ、いくら群れを作るモンスターだからってあれだけの量じゃね」

 ざっと数えただけでも百匹は居そうなほどの大量のゴブリンを前に、私たちはそんな風に気の抜けた会話を続ける。

「それじゃあ凛子、やっちゃって」

「うん、分かった! まずは準備運動ってね」

 大量のモンスターが相手であれば、私よりも凛子の方が適任だ。

 彼女もそれを理解しているように、軽い調子で答えると一気にその魔力を高める。

「あっ! ちなみになんだけど、もう避難って終わってるんだよね?」

「ええ、それは大丈夫。この状態でまだ避難してない奴は自己責任だし、それにあれだけの量のモンスターが無傷でやって来たんだもの」

 それはすなわち、ここまで戦闘らしい戦闘がなかったことを意味している。

「そっか、それなら安心だ。……それじゃあ、いくよっ!」

 掛け声とともに、凛子の身体から大量の魔力が立ち昇る。

 一瞬だけ肌がピリッとする感覚を覚えたのも束の間、その魔力を完全に制御した凛子は魔法を詠唱した。

「ダイタルウェーブ!」

 瞬間、彼女を発生源として大量の水が前方へと放たれる。

 それは濁流となって通路を進み、大量のゴブリンを巻き込んでいく。

 波に呑まれ、なぎ倒され、そして流されていくゴブリンたち。

 やがてその濁流が見えなくなった頃には、あれほど大量に居たゴブリンの姿は一匹も見つけることができなかった。

「ずいぶん派手にやったわね。というか、凛子って水属性の魔法も使えたんだっけ?」

「うん、使えるよ。そもそも、水も氷も同じようなものでしょ?」

「……あっ、うん。そうよね」

 もう彼女が使う魔法に関して、深く考えるのはやめよう。

 心の中でそんな風に諦めながら、私は気を取り直して視線を前に戻す。

「さぁ、ちょっと先に進みましょうか。少しでも前線を押し進めておけば、それだけ後ろに余裕ができるわ」

「うん、行こう!」

 頷きあった私たちは、そのまま方向なモンスターの気配で充満するダンジョンの奥へと慎重に歩を進めていった。


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