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第121話

 首を刎ねられ、飛ばされるままに流れていく景色を眺めるというのは、人生で一度あるかないかの貴重な体験と言えるだろう。

 もちろんできればそんな体験など御免被りたいところではあるけれど、せっかくそんな機会が訪れたのならば楽しまなければ損というものだ。

 なんてどうでもいいことを考えながら、私は自分の身体から噴き出す血の雨をぼんやりと眺めていた。

 すでに首と身体は二つに分かれ、こうやって思考を保っていられる時間も残り僅か。

 まさに風前の灯となった私の命は、このまま放っておけば数秒足らずで消え去ってしまうだろう。

 もちろん、それは普通の人間であれば、だ。

 私の命が尽きるその直前、あらかじめ仕込んでおいたトリガーが引かれる感覚とともに無意識のうちに修復スキルが発動するのを感じる。

 朦朧として消えてしまいそうな意識は少しずつはっきりとしてきて、首の切れ目からはまるで逆再生されるようにゆっくりと失った身体が取り戻されていく。

 そうしてものの数秒で生まれたままの姿で復活した私は、すでにこちらへの興味を失くしている黒影へと視線を向ける。

 そこで激高する凛子と、それをからかうように私の身体で遊ぶ黒影の姿があった。

「あぁ、凛子は勝ったのね。……まぁ、当然の結果か」

 なんといっても、彼女は私が育てた一番弟子だ。

 あの程度の相手になんて二度も負けてもらっては、鍛えがいがないというものだ。

「さて、それじゃあ私も師匠らしいところを見せましょうか」

 最愛の弟子を、これ以上悲しませるわけにはいかない。

 地面に落ちていたメイスを拾い上げた私は、ひたっひたっと微かな足音を立てながらゆっくりと黒影へと歩み寄っていく。

 幸いなことに凛子の絶叫が私の足音を消してくれたおかげで、そのすぐ背後まで近寄っても黒影はまだ私に気づいていない。

 逆に対面で黒影を睨みつけていた凛子は私の存在に気付いたようで、さっきまでの怒りの表情がぽかんとした表情へと変わっていく。

 だから私はそんな彼女に笑いかけると、全力で魔力を込めたメイスを振りかぶりながら黒影の背中に声を掛ける。

「確かに、楽しそうね。自分の身体を好き勝手にされるのが、こんなに滑稽だとは思わなかったわ」

 それと同時に、黒影が振り返るよりも速くメイスを横なぎにフルスイング。

 限界まで魔力の込められたメイスは簡単に黒影の身体に食い込むと、その身体を抉るように食い散らかしていく。

「なん、デッ!? オマエ、死んダンじゃっ……!?」

 気付いた時にはすでに手遅れ。

 さっきのお返しのようにメイスは黒影の上半身と下半身を二つに分け、力なく地面に倒れた相手は信じられないものを見るような目でこちらを見つめてくる。

「残念ね。あの程度じゃ、私は殺せないって言ったでしょ?」

 微笑みながら地面に倒れる黒影を見つめ返すと、そのまま再びメイスを高く振り上げる。

「……クソがっ!」

 吐き捨てるように悪態をつく黒影の頭めがけて振り下ろされたメイスは、そのままそれを簡単に叩き潰した。

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