穂花と遠峰が疑問に対して首を傾げていた頃、黒影を護送している回収班はダンジョンの入口へ向かって進んでいた。
とは言え、護送対象者である黒影はいまだに意識の戻らない状態のためか、それともスタンピード終わりでモンスターがほとんど居ないせいか、その雰囲気はダンジョンの中とは思えないほど穏やかだった。
「しかし、Sランク探索者ってのは本当に化け物みたいに強いんだな。見た目はあんなに可愛らしいのに、何人もの探索者を殺した凶悪犯を倒しちゃうんだもんなぁ」
「まぁ、あの子は管理局の秘蔵っ子だからな。俺はそれより、もう一人の子が片方を倒したって方が信じられないよ」
「確かにそうだよな。あの子って確か、まだDランクなんだろ? 今回のことで、ランクも跳ね上がるんじゃないか?」
「まぁ、間違いなく上がるだろうな。むしろ上がらないと、他の探索者に対して示しがつかないだろ」
それくらい、今回の事件解決への貢献は評価の高いことなのだろう。
口々にそんなことを言い合いながらダンジョンを進んでいると、不意に回収班のひとりが通路の先へと視線を向ける。
「なんだ? 今、なにか居たような……」
「どうせモンスターだろ。全員、戦闘準備だ」
ダンジョン攻略こそもうしていないとは言え、回収班は管理局の中でも比較的実力のある者たちで構成されている。
それぞれがランクで言えばCランク程度の実力を持っている人間が徒党を組んでいれば、この辺りに出現するモンスターなど敵ではない。
……はずだった。
正面の通路の陰から何者かが現れた、と思った瞬間には戦闘で盾を構えていた者の首が飛んだ。
それに驚く暇もなく、さらにその後ろに控えていた二人もその胴体を真っ二つにされて絶命する。
「んなっ!? なんだ、これはっ!?」
そこでやっと事態に反応できた他のメンバーが声を上げるものの、そんなことで事態は好転しない。
さらに一人の人間の右上半身が消し飛び、周囲に鮮血をまき散らしながらその場に倒れ伏す。
そんな状況にすっかりパニックに陥り思わず逃げ出そうとした者の下半身が消滅し、その勢いのまま残った上半身だけが地面を数メートル滑って止まる。
まさにこの世の地獄のようなその光景の中で、それでもまだ冷静さを保っている者も居た。
「全員、固まって防御に徹しろ! 救援を呼んだから、それが到着するまでなんとか耐えるんだ!」
その掛け声に反応するように、生き残っていた者たちは一か所に集まって防御を固める。
全身を覆うように盾を構え、魔法の使える者は自分たちの周囲に防御魔法を展開する。
そうやって一時の落ち着きを取り戻した回収班の面々だが、しかし今回の相手に対してその行動は悪手だった。
ついに回収班たちが相手の姿を捉えた時、その人影は彼らを嘲るようにニヤリと笑う。
直後、回収班の周りに現れた漆黒の炎が彼らを包み込み、そして灰すら残らず彼らの身体はこの世から消え去った。
「……この程度で実力者を名乗るなんて、おこがましいにも程があるよねぇ」
やれやれと、呆れたように両手を広げて首を振った人影はゆっくりと歩き出す。
そしていまだに意識の戻らない黒影たちの元へとたどり着くと、今度は彼らを一瞥してため息を吐く。
「こいつらも、とんだ役立たずだったし。せめて、片方くらいは殺してもらいたかったなぁ」
その言葉とともに生み出された黒い炎が彼らを包み、回収班と同じようにその体を燃やし尽くしていく。
「はぁ……。今度はもっと、骨のある奴を使わないとダメか。メンドクサイなぁ」
ダルそうにそう呟いた人影は、現れた時と同じように音もなくダンジョンの闇の中へと消えていった。