【奇跡の魔法。使用方法不明の魔法。その魔法が、ありえない現象を引き起こしました。
単なる夢の話と思ってくださっても良いです。ですが、今まで見てきたものが、それを単なる夢の話ではないと理解するでしょう。
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長い夢が動き出す始まりは、終焉の道を辿る世界。
それは、人々の領土を巡る争いから始まりました。やがて、その争いは収まりましたが、澱んだ心が、世界に魔物を大量に産む事になりました。
魔物は、減る事なく増え続けている。そんな世界で、人々が生きるには、あまりに過酷すぎます。
いくらきっかけが人とはいえ、魔物の犠牲となるのは、争いとは無関係の力無き人々。
やがて、力無き人々は、魔物が入ってこない特殊な結界の中で生きる事を選びました。
その結界のある狭い村の中、一人の少女が木陰で泣いています。
この世界では、生きる事だけで精一杯。他人を気遣う余裕などないのでしょう。誰もがその少女を見て見ぬふりをします。ですが、そんな中で、二人の少年だけは、少女に声をかけました。
「その格好でそこいると寒いだろ」
「……ぷぃ……なんでゼロなの。ゼロきらい」
「隣にお目当てのフォルいんだろ!なんで俺が先に声かけただけでそんな事言われねぇとなんだよ!」
「エレはフォルの……エレの王子様のお声以外は聞けない病なんです。だからゼロのお声など聞けません……って事にしとこ」
「聞こえてんだろ。とりあえずこれはおっとけ」
この夢の世界では、転生前の記憶は持っていけたようです。奇跡の夢であるからなのでしょう。
神獣であり、この魔法の使用者のフォル様は当然、特異な外見の少女エンジェリア姫と吸血種の中でも非常に珍しい種の少年ゼーシェリオン様も、現実では持っていない記憶を持っています。
フォル様が大好きなエンジェリア姫は、ゼーシェリオン様の話は聞きたくないようです。
ゼーシェリオンは、そんな恋するエンジェリア姫の事などお構いなく、エンジェリア姫に毛布をかけます。
「……しゃぁー!エレはフォルの施し以外受けません」
「エレ、寒いでしょ?これ貸してあげる」
「みゅにゃ⁉︎みゅみゅ⁉︎ふみゅふみゅ」
愛しのフォル様相手には飛びついてます。
「フォルのさっきまで着てたケープなの……(くんくん)ぷにゅぅ」
「ごめん、今までずっと一人にして。もう、一人にしないから」
「ぷにゅ。一人にされたら泣くの」
「それでさっきまで泣いてたんだ。そんなに一緒にいたいなら、一緒に来てくれる?」
「……ふみゅ……なんだかエレのお望み違うの……やなの!」
エンジェリア姫は、突然走り出しました。
姫の事です。もっと良い感じに誘って欲しいの。できればフォル一人で誘って欲しいのとかでも思っての事でしょう。
「……なぁ、泣いて良い?ずっと、エレに会いたい一心で探すの頑張ったのに。あんなのひどい」
「僕には良い思いしかさせてくれなかったけどね。それより追いかけないと危なくない?あの先結界の外」
「あいつの事だ。フォルにだけ追いかけてもらいたいのとか思ってんじゃねぇのか?さっきも俺が声かけたからってだけであれだ」
エンジェリア姫は、村の結界の外へ向かって走っています。結界の外に出れば、いつ魔物と出会うのか分からない危険な場所です。
「そういうわけじゃないと思うけど。あの子、むしろ君に助けてもらいたいんじゃないの?僕はフィルとゼムが来るのをここで待つから、君があの子を追いかけてあげて」
「またエレにあんな態度取られたら泣くかも。それでも行けと?」
「勝手に泣けば?泣いたらエレも甘やかしてくれるんじゃない?というか、あの子魔物に好かれるから早く行かないと」
「……行ってくる」
ゼーシェリオン様が、エンジェリア姫を追いかけました。
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ゼーシェリオン様が追いかけた頃、エンジェリア姫は、魔物と遭遇していました。
真っ黒く、獣のような姿をしている魔物。エンジェリア姫は、瞳に涙を溜めています。
「ふにゃ⁉︎え、エレは、美味しくないよ?」
エンジェリア姫の特殊な魔力と血は、ゼーシェリオン様にとってもそうですが、多くの魔物にとっても、極上な食材です。
美味しくないという事はないでしょう。
エンジェリア姫は、魔物が襲ってこないよう、目を合わせて、ゆっくりと退いています。
それは動物相手にやるものだと思わなくもないのですが、エンジェリア姫は、これでどうにかなると思っているのでしょう。
「ゴィォォォ」
「ぴきゃ」
エンジェリア姫は、尻餅をつきました。
「……エレの愛魔法喰らえなのー……使えないけど」
「大人しくしてろよ。あと、お前浄化魔法使えば良いだろ」
ゼーシェリオン様が追いついて、浄化魔法を使って魔物を浄化しました。
「……しゃぁー……助けてくれたの。ぎゅぅなの。助けてくれたから、エレはお仲間になってあげるの。恩なの」
エンジェリア姫が、そう言ってゼーシェリオン様に抱きつきます。
「お仲間になるの。どこへでも行くの」
「……じゃあ、ぎゅぅじゃなくてちゅぅってして?」
「みゅ。でも、その前にエレはゼロにどうしても言わないといけない事があるの。ゼロ、きれいな女の人と一緒にいたの。それについて何かお話して欲しいなぁ」
「俺が一緒にいたのって、女装したゼムとだけなんだが」
「……ぴゅん。フォル待つの。一緒に、お茶でもして待つの」
「そうだな」
さっき魔物に襲われかけていたというのに呑気なものです。エンジェリア姫は、ゼーシェリオン様と楽しくお茶を飲んでます。
エンジェリア姫は、時より何か言いたげにゼーシェリオン様を見ては、目を逸らすを繰り返しております。
「何か言いたいのか?言いたい事があるならなんでも言ってくれ」
「……フォルこない寂しい。ゼロと二人っきりいっぱいすぎて話す事ない。エレの可愛いところを言うくらいしか」
「それ以外にも話す事あるだろ。今まで何してたとか」
「エレー、ゼロー」
「みみゃ⁉︎」
エンジェリア姫のフォル様レーダーは素晴らしいものです。遠くから声が聞こえた途端、フォル様の方へ駆け寄りました。
「ぷみゅぅ。これでまた一緒にいられるの。聖女とかむりやりやらされてとっても悲しかったの。怖かったの。助けてもらえて嬉しかったの。でも、一緒じゃなくなって寂しかったの。だから、また一緒にいられるのは嬉しいの。ふわふわなの」
「うん。僕も嬉しいよ」
「これからどこ行くの?どこ行くの?エレはゼロに助けられたからどこへでもついていくの。そう言う生き物なの」
「王都にいく予定なんだ。転移魔法で行くからすぐだよ」
「とーほ。とーほ」
エンジェリア姫は、この国をよく知りません。この国を自分の目で見るために、徒歩で王都まで行きたいとフォルを見て言います。
ですが、ここから王都までは、最低でも五十日はかかると思われる距離です。この国は、近隣国とは比べ物にならない大国ですから。
「エレがそれが良いって言うなら」
「えっ⁉︎転移魔法に一票」
「徒歩」
「俺も、エレが良いって言うなら……エレ、なでなでさせて」
「みゅ。なでなでして良いの」
ゼーシェリオン様は、エンジェリア姫の頭を撫でて喜んでます。
ゼーシェリオン様の兄のゼムレーグ様以外は徒歩に賛成なようです。
「フィル、ゼムが徒歩いやだって」
「しゃぁー!」
「ゼム、これも魔法の練習だと思って」
「フィル、ゼムは、自分一人で転移魔法で王都いけないんだから、ほっとけばついてくるよ」
「……それもそうだな」
徒歩に決定してエンジェリア姫は大喜びです。
「ふみゅ。王都まで出発なの。この奇跡の時間をいっぱい楽しむの。ついでに夢なんだからフォルと結婚しても許される気がする」
「やるかどうかは置いといて、許されはするだろうね。そんな事より、エレ、一緒に王都まで行こ。ゼロ達ほっといて」
「みゅ。行くの。ゼロ達ほっといて。おてて繋いで行きたい。だめ?」
「良いよ」
エンジェリア姫は、嬉しそうにフォル様と手を繋いでおります。
「みゅにゅ。じゅぅよぉな事を聞き忘れてたの。王都がどっちか聞いてないの」
エンジェリア姫は方向音痴ですから、聞いても意味がない気がしますが、ちゃんと聞くあたりは偉くなりましたね。昔は、行けると謎の自信を持って何も聞かずの行っていましたから。
「エレは僕と一緒だから場所なんて考えなくて良いよ」
「つぅか、聞いてもつかねぇだろ。途中で道迷って」
「ゼロきらい。しゃぁしてやるの」
エンジェリア姫は猫の威嚇が最強だと思っています。猫の威嚇真似ばかりしている時のエンジェリア姫を見たら、とりあえず甘やかしてあげるのが良いかもしれません。
「それにしても、どこ見ても、枯れたお花ばかりなの」
「もう、この世界には植物達に与える栄養すらないんだろう。何もしなければ、近いうちに世界は完全に滅んでしまう」
「止める方法ないの?エレ、夢の中だと言っても、やだ」
「……できる限り手は尽くすよ。この世界に生きている人達には、意思も痛みもあるんだ。見殺しにしたくない……それでも、期待はしないで。僕らにできる事なんて限られてる」
この世界は現在、あと一歩でも崩壊へ近づいてしまえば手の施しようもない。そんな段階まで来ています。
そこから崩壊を防ぐという事は、困難な道のりでしょう。
「……ふみゅ。期待なんてしないの。ほんの少ししかお手伝いできないと思うけど、エレもがんばるの。みんながどうにかしてくれるって期待するだけじゃないから。期待するくらいなら、エレが何かできないか考えるの」
「あまりむりだけはしないで。僕の愛しのお姫様」
「ふみゅ。王都行くのも疲れたら休むの」
「うん。そうして」
こうして、エンジェリア姫達は、王都へと向かいました。
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これは、今へ繋がる奇跡の話。
星の音。かつてそう呼ばれた姫の奏でる、愛と希望の音色。
星の音 第一章 第一話 出会い】