歩いていたら、なぜか大通りへ出た。
ちょうど昼時。人気そうな食事処では行列ができている。
――こんなに並んでいるとお昼終わっちゃいそう。でも、これだけ並んでも欲しいものって気になるの。
ミディリシェルは、行列を眺めながら歩いていると、何もないところでつまづいて転んだ。
「ふきゃ⁉︎これで十回目なの」
ここへ来るまでの間、ミディリシェルは、九回転んでいる。これでちょうど十回目。
一時間も歩いていないのに、これはいくらなんでも多すぎるのではと、気にはなるが、それ以上に気になる事でかき消された。
――ここどこなの?
ミディリシェルに迷子になっているという自覚はない。というより、受け入れられていない。だが、どこか分からない場所に来ているという事だけは受け入れている。
「お嬢さん、お昼まだですカイ?」
シェフのような格好をした、体格の良い男が、ミディリシェルに声をかける。
「ふみゅ。まだなの」
「なら、ワタシの店で食べて行かナイ?」
「ふぇ」
ゼノン達がミディリシェルを待って、まだどこにも行っていないかもしれない。だが、今朝、ここへ来る前に、ミディリシェルは、幾らか金を貰っている。その金で何か食べているだろうと、どこかへ食べに行っているかもしれない。
連絡手段がなく、知る術がない。
――むみゅぅ。とりあえず、お昼にするの。分かんないから、気にしない事にすれば良いの。
「行きまちゅ」
とりあえず、みんなもどこかで昼食を済ませている。そう信じる事にした。
ミディリシェルは、シェフの格好をした男について行った。
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広く、豪華な装飾。赤い壁紙は、見るからに良い素材を使っている。
これは、かなり高級な店に来てしまったのでは。そう思い、持ち金で足りるのかと心配になってくる。
「あの、やっぱ、やめておきまちゅ。お金、今、そんなに持ってないから」
「ワタシから頼んだから金なんて取らなイヨ。困っているみたいだったから、声かけたんダヨ。気にせず、好きなもの選ンデ。今日開店で、まだお客サン少ないから、好きな席座って」
「ありがと、ございます」
――こんな人もいるの。とってもあったかい。
ミディリシェルは、適当な席に座った。
店の中には、客はミディリシェルを除いて一人しかいない。
――ふみゅ。お客さんいない。こんなに良い人のお店なら、もっといっぱい人いて欲しいの。
「これ、この店の自慢の水。料理が出る前にこれ飲んで、食べると、より美味しいノヨ」
見た目は普通の水だ。
「メニュー、これ。決まったら呼ンデ」
「みゅ」
シェフの格好をした男が、厨房の方へ向かった。
ミディリシェルは、メニューを見るが、値段が載っていない。
――不思議なの。不思議だけど気にしないの。
ミディリシェルは、どれにしようか選ぶが、中々決まらない。
――ふみゅ。お水飲んでみるの。一旦それで落ち着いて、考えるの。きっと、初めてだからってみゅみゅってなっちゃってるかもだから。
ミディリシェルは、両手でコップを持ち、水を飲んだ。
――分かんないの。どっちかといえば、いつも飲んでいるお水の方が好きなの。
自慢と言っていたから、普通の水と味が違うのかと思っていたが、美味しいと思わない。普通の水の味だ。
ミディリシェルは、自分の舌じゃ理解できないのかと思う事にした。
「ふぁぁぁ」
水を飲んだだけだというのに、なぜか眠くなる。
「……なんでこんなとこに」
「みゅ?……フォル?」
顔は隠れていて見えない。だが、側に来た客を見て、なぜかそう思った。
眠気に抗えなくなり、ミディリシェルは、重い瞼を閉じた。
**********
顔を隠していたが、側に来たから気付いたのだろう。
ミディリシェルは、フォルの名を呼んで、眠った。
「……計画には支障はない、か」
フォルは、右手で、眠っているミディリシェルの頬に触れた。
ミディリシェルが飲んだ水には睡眠薬が入っている。それに気づかず、一杯飲み干して眠ったようだ。
「何故、まだ起きてイル!あの水を飲んでいるノニ」
「……睡眠薬を盛り、眠らせてから奴隷商に売る。その手順の中に禁呪を用いていたのは失敗だったな。それさえなければ、管理者に目をつけられる事はなかった」
「管理者っ⁉︎見つかってしまったなら仕方ナイ。管理者だろうと、消すだけダ!」
シェフの格好をした男が、青龍刀のような形の武器を握る。
「ワタシは、シェフをする傍ら、これで何人も葬ってキタ。キサマも、この刃のサビにしてヤル!」
「……甘く見られたものだな。この程度で管理者に太刀打ちできると思われているとは」
花がシェフの格好をした男に絡めつく。
「……今回の仕事はギェレーヴォ様直々だったか」
「っ⁉︎何故、そんな人物が動いてイル!あり得ナイ!」
「禁呪……ああ、そういえば、仕事時は禁止指定魔法と言わないとだったか。それを使っているんだ。本家の方々が出てきてもおかしくはないだろう。彼が来るまで、良い夢を見ていく事だ」
対象に悪夢を見せる花をシェフの格好をした男の側に置いた。
「ふみゅぅ……すゃ……すゃ……」
ぐっすりと眠っているミディリシェルを抱き上げ、フォルは店を出た。
**********
――どこに行くか。できるだけ時間を稼いでおきたい。
ゼノンと一緒にいれば、ミディリシェルが記憶を取り戻せなくなる。
それを防ぐためにも、しばらくの間、ゼノンに見つからないようにしていなければならない。
――この辺りに魔の森があったか。あそこで、エレが記憶を取り戻すのを待っているか。
魔の森は魔物が多く、危険な場所だ。だが、フォルからしてみれば、この辺りの魔の森は、暇つぶしに行く場所。
フォルは、転移魔法を使い、魔の森へ向かった。
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薄暗く、木々で明かりが遮られている普通の森のようだが、魔物が何匹もいる。
フォル一人の時であれば、魔物がいたとしても放っておけば良いが、今はミディリシェルがいる。
ミディリシェルは、魔物に狙われやすい。ここへきただけだというのに、すでに十匹以上の魔物が、ミディリシェルを狙っている。
――相変わらず、魔物に狙われてる。エレは特殊だから、仕方がない事だけど、面倒だな。
フォルは、周囲の魔物を浄化魔法で浄化した。
――それにしても、いつもより数が多い。リブインの事もあるからか……一応、報告しておいた方が良いかもしれない。
「すゃぁ」
ミディリシェルは、相変わらず気持ちよさそうに眠っている。
「フォル、エレの」
「……うん。そうだよ。ずっと、ずっと僕は君の……」
「ぷしゅぅ」
――忘れないうちに加護だけはつけておこう。魔物に狙われないようにしないとだから。
フォルは、加護をつけるため、ミディリシェルの頬に口付けをした。