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第58話 徹夜はテンションが高い


「いいがぁ? ぼうず……」

 もう呂律が回ってないよ、ヴィクトリア。

 かれこれ数時間も、俺はこの酔っ払いにからまれている。

 寝ちゃダメなの、俺は?

 スマホをチラ見すると『2:58』


「あの……」

「なんだぁ? あたいとエッヂなことでも、じだいのがぁ?」

 はぁ、疲れるな、独身アラサーの酔っ払いは。


「俺、そろそろ帰っていいですか?」

 なぜならば、あと一時間で朝刊配達が始まるからだ。

「なんだと!? 泊っていけったろ、坊主!」

 急に立ち上がるヴィクトリア。

 なぜか巨大なクマさんのぬいぐるみを抱えている。

 よっぽど好きなんだな、クマさん。


「いや、俺。仕事があるんで……」

「仕事だぁ? こんな時間に働く職業なんてあるのか?」

 あるわ、ボケェ!

「新聞配達やっているんです。朝刊と夕刊」

「……ほう、坊主。勤労学生だったのか」

 勤労って……。


「なら仕方ないな……だが、電車は動いてないぞぉ?」

 げっ! そうだった!

 ど、どうしよう? タクシー使ってもいいけど、金がかかる。

 ただでさえ、うちは俺の収入でどうにかやっているのに……。


「あ、歩いて帰ります……」

 泣きそう!

「席内からか?」

「はい」

 歩いて一時間くらいか。徹夜でウォーキングとか、苦行すぎ。


「坊主、バイクの免許持っているか?」

「原付なら……」

「ほう。なら、あたいのバイクを貸してやる」

 そう言うと、ヴィクトリアはよろけながら立ち上がる。


「ヒック……こっちこい」

「はぁ」

 手招きされて、家を出る。

 去り際、ミハイルの寝顔を拝んて行く。

 やはり、こいつは可愛いな……。


「ミーシャのことなら、後であたいが伝えておくよ」

 見透かされたようにツッコまれる、俺。

 ヴィクトリアは、ミハイルの女装の件を把握しているのだろうか?


 家を出ると春先とはいえ、夜中だ。けっこう冷える。

 階段を下りて、裏庭に出ると物置が見えた。

 ヴィクトリアは物置を開くと、ビニールシートで覆われた大きな物体の埃を落とす。

「久しぶりだからな……動くかな?」

 なんか嫌な予感。

 彼女がビニールシートを勢いよく取り払うと、そこに衝撃のバイクが!


「こ、これは……」

 バイク全体がピンク色で塗装されており、所々にハートやおなじみのクマさんのステッカーが貼られている。

 痛車? 萌車? なにこれ?


「あたいの愛車、『ピンクのクマさん号』だ♪」

 まんまじゃねーか。

「懐かしいなぁ、さっき見せた写真あっただろ? あの頃に乗り回してたんだ」

 族車だった……。


「お借りしてもいいんですか?」

「は? やるよ?」

 いらねぇ!

「それはさすがに……」

 絶対にお断りしたい代物だからな。


「なんだと、坊主……あたいの宝物が気に食わないってのか!?」

 腰をかかがめて、睨むヴィクトリア。

 あの……キモい巨乳が露わになってます。『中身』も見えそうだから、やめてください。


「いえ、宝物なら、尚更……」

 俺がそう言うと、ヴィクトリアはニッコリと微笑む。

「だからだろ♪」

「へ?」

「あたいの宝物はミーシャ。そのダチなんだ……」

 ヴィクトリアは優しく笑いかけて、俺の頭を撫でる。

「だから坊主に託すよ」

 それ俺に託しちゃダメだろ。ミハイルに託せよ。


「ガソリンは入っているんすか?」

「ああ、こんな時のために、ちょくちょくメンテしていたからな」

 クソッ! 歩いた方がマシじゃねーか。


「じゃあ、お借りします」

「やるっつたろ!」

 クッ、忘れてないのかよ。酔っぱらいのくせして!


 俺は痛い族車にまたがる。

 ヴィクトリアは満足そうに微笑む。

「よく似合っているぞ、坊主」

「は、はぁ……」

 バイクに鍵はつけっぱなしだ。

 鍵を回すとエンジンが元気に音を立て、俺に挨拶する。

 ものは悪くない。しかし、問題は見た目。


「また遊びに来いよ? 坊主」

「はい……何からなにまで、お世話になりました」

 もう二度とお世話になりたくない。


「いいってことよ♪」

 俺はアクセルを回して、ゆっくり裏庭から発進する。


 店の前まで来ると、商店街は人っこ一人いないことが確認できた。


「坊主!」

 振り返ると、ヴィクトリアがわざわざお見送り。

「はい?」


 バイクに乗っている俺に近寄り、耳元でささやく。

「ミーシャを泣かしたら……おめぇ、殺すからな♪」

 1回泣かしたから死刑宣告かな?


「はは……俺とミハイルは仲良いですよ?」

「ならいいんだ♪」

 ヴィクトリアは数歩下がり、両手を腰に回す。

 夜風に吹かれて、美しい金色の長い髪が揺れる。

 優しく微笑む彼女はまるで、映画のヒロインのようだ。


 やはり姉弟だな……。

 巨乳じゃなかったら、惚れていたかもしらん。


「じゃあ、また……」

 俺はアクセル全開でエンジンをふかす。

 それを見ているヴィクトリアは、笑顔で手を振っている。


 不思議な女性だ……。

 この人のもとで育ったからこそ、ミハイルはあんなにキラキラと輝く少年になったんだろうな。



 俺は夜道を族車で、走る。

 思い起こせば、こんなに人とちゃんと接したことはなかったろうな。


『そこの原付! 止まりなさい!』


 ミラー越しに背後を確認すれば、パトカーがサイレンを鳴らしている。


「あ……ヘルメットしてなかった」

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