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16.集中するための魔法(後編)

 放課後。

 藤田さんが教室から出ていこうとしたのですぐに追いかける。


「藤田さんは何を質問するの?」

「化学反応の公式」

「へぇ……」

「授業で習ったけど納得がいかない」


 やばい、なんか難しそうな内容だ。

 学校で習う公式に疑問を持ったことなんてないからどう返事すればいいか分からない。


「能見くんが魔法について疑問を持つのと同じ」


 多分俺の表情もよくわからないって感じだったようで補足を入れてくれた。

 たしかに魔法についてはいろいろ検証されているのを見て自分でも確かめるけど、それは公式と言うほど確立されていないからだ。

 公式として確定したら納得すると思うけど……。


 そんな風に思いつつも反論はしなかった。

 だってその言葉を言った時の藤田さんの少し柔らかい微笑みを失いたくなかったから。


「能見君はいつも授業中よそ見してる?」

「つい考え事してしまうんだ」

「そう」


 眉間のシワが深くなる。

 最近気づいたけど、なにか考えている時はそういう風になるらしい。


「今日は何の魔法考えてたの?」


 藤田さんからの質問、それも魔法に関することとあれば喜んで答えるに決まってる。

 口が軽い? そんなことはどうでもいい。


「阿久津から運動する時に集中できるようになる魔法を教えてくれって言われたので探してたんだ」 

「見つかったの?」

「まだ全然」

「そう」


 ああ、駄目だ、会話が広がらない。

 どうしたらもっとうまく会話を広がるんだろう。


「で、でもいろいろ試しているんだよ、例えば」

「……ついた」


 会話をしていたらあっという間に自習室についてしまった。

 普段は無駄に遠いと思っているのにこんな時だけ……。


「失礼します」

「おう、準備はできてるぞ」


 中に入ると先生がやる気満々で立っていた。

 お金にもならないのによくやる気になるな。


「生徒が成長してくれるのが一番の報酬だ」


 なんか立派なことを言ってるけどちょくちょく藤田さんをパシりに使うのもこの先生なんだよな。

 面倒なことをやらせる代わりにやってるだけじゃないのか?


「さてまずは能見の補講だな、これを読んで質問があれば言え」

「はぁ……」


 新品っぽいノートを渡された。

 中を見るとすごく綺麗な字でいろいろ説明がかいてある。


「これ、何ですか?」

「今日授業でやったことのまとめだ」


 え、つまり先生の手作りってこと?

 改めて読んでみるとかなり分かりやすくまとまっていて理解しやすい。

 正直、授業を聞くよりこれを見たほうがいいと思うくらいだ。


「そうすると自分で理解する力が育たないからな」

「もしかして口に出してました?」

「出してないが顔がそう言ってるからな」


 反応を見るに、けっこう言われ慣れているんだろうな。


「さて次は藤田の質問だったな」

「はい、これなんですが」


 公式を見ながら話をしているけど専門的すぎて全然わからない。

 こういう時はもっと勉強しておけばよかったと思うな……。

 とりあえず今日の分だけでも理解しておこう。


・・・


 これ、すごいぞ。

 ノート自体は10分程度で読み終わったけど何度も読み返していた。

 説明の端折り方が絶妙で要点だけを抽出しており、なおかつ例えが分かりやすい。

 例えば、原子の結合はよく手をつなぐことと例えられる。

 けどそれなら酸素は理論上いくらでも結合できるはずなのになぜそうならないのか理解できていなかった。

 そういうのもわかりやすく例えられている。


 こういう説明文で魔法を作れば使ってみようと思うんじゃないか?

 例えるなら小説におけるあらすじが秀逸な作品というイメージ。

 是非参考にして魔法づくりに役立てよう。


「能見君」

「あ、何かな?」


 藤田さんが声をかけてきたということはもう質問は終わったのかな。

 質問のついでに補講ということだったしじゃあもうお終いだろう。

 名残惜しいけどノートを返却しないと。


「ほう、俺の声では反応せず藤田の声には即答と」

「え?」

「何度も呼んでたんだが気づかなかったか?」

「さっぱり……」 

「まったく、まあ今回はノートを熱心に読んでたみたいだからいいが」


 呆れた様子の先生。

 さすがに三人しかいない状況で無視してしまったのは気まずい。


「そうか、これからは返事がなければ藤田に呼びかけてもらうか」

「やめてくださいよ!?」


 そんなことをされたら恥ずかしさと申し訳無さで死んでしまう。

 チラリと藤田さんの方を見ると普段通りの表情だった。


「そうされたくないならちゃんと返事はしろよ」

「はい……」 

「ちなみにノート見て内容は理解できたか?」

「あ、理解できました、これすごいですね」

「そうだろうそうだろう」


 得意げになってるのは子どもっぽいな。

 まあ自信があることを褒められると嬉しいのは当たり前か。


「そのノートはやるから勉強に使えばいい」

「ありがとうございます!!」


 やった、参考にさせてもらおう。

 喜びながら部屋を出ると藤田さんが興味深げにこちらを見てきた。


「集中してた」

「あ、うん、すごく分かりやすかったんだよ、ほら」


 藤田さんにノートを開いてみせる。

 ただ角度的に見づらかったようでこちらに近寄ってきた。


 うおおお、藤田さんの肩が俺の腕に少し当たってる。

 肩なのにちょっと柔らかさを感じるのは女性だからかな。 

 しかも頭がポーッとしそうないい匂いが漂ってくる。

 隣にいるだけで最高の気分になるなぁ。

 藤田さんと付き合うことができればいつでもこんな気分でいられるんだろうな。

 いますぐにでも恋人になって欲しい。


「ごめんなさい」

「口に出してた!?」

「?」


 よかった、さすがに今のを口に出していて「ごめんなさい」だったら死んでしまう。

 それにしても不思議そうな顔をしているのは珍しい。

 そこで小首を傾げてくれればさらに嬉しいんだけど。


「足踏んでしまった」

「え、そうなの?」


 全く気づいてなかった。

 藤田さんが近くにいるってだけで興奮していたからなぁ。


「じゃあまた明日」

「あ、また明日」


 やった、藤田さんから挨拶してもらえた。

 足踏まれたのがかえっていい方向に転んだ気がする。

 集中してたから痛みとか何も感じなかったし。


 集中か……、そういえばさっき先生の声は聞こえなかったけど藤田さんの声は聞こえてた。

 集中してても聞きたいものは聞こえるんだな。


 ……あれ? ちょっと待てよ。

 集中できないっていうのは他に注意を持っていかれる状態のことだと思ってた。

 だから最初は全ての音を消す方向で考えていたけど、常に全ての音を消してしまったら何の反応も出来なくなるんじゃないか?


 そうだ、スポーツで音が消えたら致命的だろう。

 もちろん集中した結果として音が聞こえなくなることはあるだろうけど、それでも無意識に聞きたいものは聞き取っているはずだ。


 これはかなり難しいぞ。

 聞きたいものは聞こえないといけない、けどそれが集中を阻害してしまう。


「難題だ」

「そんな所でボケッと突っ立ってどうした?」


 悩んでいると翔が声をかけてきた。


「いろいろ悩んでるんだよ」

「モテなくても気にする必要はないぞ」

「何の話だよ!?」

「哀れな子羊の思春期の悩みじゃないのか?」

「仮にそういう悩みを抱えていたとしてもお前には絶対相談しない」


 ちょっとモテるからって調子に乗りやがって。

 ……やっぱり筋トレしたほうがいいのかな。


「まあそれはともかく阿久津が探してたぞ」

「わかった」


 まずい、まだネタが浮かんでいないのに。

 ただここで悩み続ける訳にもいかないし、とりあえず教室に向かうか。

 多少でも集中することが出来る魔法……、なにかいい案が。


「……のうみが主原因だ」

「え?」


 考え事をしていると突然俺の話が聞こえてきた。

 それも主原因とか言ってたけど何をしてしまったんだろうか。


「すまん、俺なんかした?」

「うわっ、能見かよ、どうした?」

「今俺のこと話してただろ」

「お前のことを? 知らんがな」

「だって能見が主原因って」

「……あ、東の海が主原因って言ったんだよ」

「は?」

「ワンピの話してたからな」

「紛らわしすぎる!?」


 ただの聞き間違いでまったく俺とは関係ない話だったとは……。

 恥ずかしいし考えてたことは忘れたしでさんざんだった。


 ……待てよ、これって集中することに応用できないか? 

 スポーツで観戦者とかの声が気になるって話を聞いたことがある。

 そういうのを軽減できれば集中しやすくなる魔法と言えるのでは?


「翻訳をする魔法があるなら逆も出来るはず」


 世界書を出して魔法を作成するページを開く。

 自分が意識を向けていない人の会話をすべて単音として聞こえるような効果に設定する。


 うん、消費MP1で30分だった。

 音量自体を操作していないからコストが安いんだろう。

 意識を向けてしまったら聞こえてしまうけどそれは仕方ない。

 これならそれなりに有用にできるはず。


「お、探したぞ」

「ちょうどよかった」


 ちょうど魔法を作成した所に阿久津がやってきた。

 運動着に着替えているから部活に行く所なんだろう。


「魔法の進捗聞きに来たんだが」

「一応作ったぞ」

「本当か」


 阿久津はちょっと嬉しそうな表情をしている。

 男とはいえ喜ばれると嬉しいな。


「で、どんな魔法だ?」

「観戦者とかの声を音に変換する魔法」

「……なるほどな」


 少し考えた後に納得した素振りになった。

 やっぱり分かりづらかったか。

 先生のように分かりやすく伝えることが出来るようになりたいな。


「ちょっと使ってみるから教えてくれ」

「いいぞ」


・・・


「まあ悪くない」

「どやぁ」

「なんで自分の口で『どやぁ』って言ってるんだ?」

「え、口に出てた?」

「まあ出てなくても顔が物語ってたが」


 しまった、陽菜のドヤ顔からかうことが多いからつい口に出てた。

 さすがにそれは恥ずかしい。


「魔法のことなら能見に頼めばよさそうだな」

「まかせろ」

「……魔法に関してはすごい自信だな」

「いや、せっかく面白いものが手に入ったんだから挑戦したくならない?」

「分かる」


 いい笑顔で賛同してくれたが、イケメンがやると若干イラっとする。


「横暴じゃないか?」

「存在が罪だと知れ」

「能見も十分モテると思うんだがな」

「そんな煽りされたら殺意の波動に目覚めるぞ」

「オロチの血に狂えばいい」

「あれはモテると言うのか?」


 たしかに'97での使用率の高さはモテてると言えそうだけど、腕をだらんとして呼吸を荒げて襲い掛かってくるのはどう見ても不審者な気がする。


「まあとりあえず使わせてもらう」

「また使った感想教えてくれ」

「了解した」


 阿久津はそのまま部室棟の方に歩いていった。

 ふう、なんとか魔法作れたけどギリギリだったな。

 もう少し余裕を持って完成させるようにしないと。

 後は説明の下手さも改善しないといけないから陽菜相手に特訓するか。

 ……陽菜じゃ練習にならないかも?


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