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19.陽菜が欲しがる魔法(後編)

 放課後になった。

 藤田さんはすぐに帰ってしまうので声をかけるなら今すぐする必要があるんだけど……。

 どうしよう、なんて説明すればいいんだ。

 「ラブ度90%って何?」と聞かれたら答えられる気がしないし、下手すれば「気持ち悪い」とか言われるかも……。

 悩んでいるうちに藤田さんは鞄を持って立ち上がった。

 あああ、まずい、このままじゃ。


「藤田さん、ちょっといいかい?」

「……何?」


 そう思ってたらなぜか阿久津が藤田さんに声をかけた。

 ……くそう、藤田さんと並ぶと似合うな。


「能見が泣きそうな顔で藤田さんを見てるので構ってやってくれないか?」

「何いってるんだよ!?」


 なんでいきなり俺の話してんだよ!?

 しかも泣きそうな顔なんてしてないよ!?


「……構ってほしいの?」


 藤田さんが近づいてきて声をかけてくれた。

 そんな優しい目と声で言われたら本当に泣きそうになってしまう。


「構ってもらいたいです……」

「わかった」


「バスケがしたいです……」

「桐谷のそういう空気の読めないボケがモテない所なんだと思うぞ」

「まじかよ!?」


 と言っても何を言えばいいのか分からない。

 まるで失敗したお見合いのように黙り込んでしまう。


「ふむ、このままだと動きがないだろ」

「ならどうする?」


 外野が何か言ってるけどどう動けっていうんだよ。

 失敗したら終わりなのに下手に動けるわけが。


「透子ちゃん、真琴に怒ってる?」

「は!?」


 頭が真っ白になった。

 とっさに藤田さんを見るが普段通りの不機嫌そうな顔をしている。


「別に」

「じゃあ嫌ってる?」

「別に」

「ということらしいぞ」

「どういうことだってばよ!?」


 え、え、え、何聞いてくれちゃってるの?

 聞きたくても聞けなかったことをあんなにさらっと。


 い、いや、今はそんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。

 怒っても嫌われてもいないということなら可能性はあるってことだ。


「藤田さん!! そ、その、俺とつ、つ、……友達になってもらえませんか?」

「わかった」


 普段のように不機嫌そうな顔ではなく無表情で返事が返ってきた。

 やった!!

 付き合ってくださいとは言えなかったけど、もう告白したようなものだし実質付き合ってると言っていいのでは!?


「もう終わり?」

「あ、うん」

「それじゃあ」


 そう言って鞄を持って教室を出ていった。

 初めてお別れの挨拶してもらったかもしれない。


「へたれたか」

「真琴にしては上出来だろ」

「まさか上手くいくとは思わなかった」

「キューピットって意外と幸せな気持ちになるわね」


 順番に阿久津・翔・江川・和泉さんが声をかけてきた。


「うるさいわ、全部お前らのおかげです、ありがとうございます」


 どういう過程であれ結果的に良い方向にいったなら感謝しかない。

 特にきっかけを作ってくれた江川と和泉さんには感謝してもしきれない。


「明日、日の光を浴びれると思うなよ」

「妬ましい」


 恨み言を言ってきた桐谷と鳥海は同じ目に合えばいいと思う。

 たまたま運が良かっただけで普通は失敗してただろう。


「同じ目に合えば彼女出来るなら同じ目に合う」

「そんなご褒美欲しい」

「よし、クラスメイトはたくさんいるからすぐやろうぜ、名雪さんとか最高だろ?」

「名雪んはちょっと……」

「名雪は貧乳じゃないから無理」


 こいつら贅沢言いやがって。

 名雪さんは顔だけで言えば学校一の美人だし彼氏もいないことが分かっている。

 まあ問題は性格だけど。


「本人を目の前にしてひどいですねぇ」

「そうよ、名雪はすごくかわいいんだから」

「女子目線ではそうだろうけど……」

「(男子目線では)ないです」


 あ、桐谷と鳥海が女子に囲まれた。

 名雪さんは寛容さがオカン級なので何を言っても許してくれるけど他の女子はそうじゃない。

 下手なこと言えばああなるぐらい分かるだろうに。


「能見君はどう思いますか?」

「お、俺、いや、僕は藤田さんがいいので」

「そうですか」


 少し残念そうな顔をするだけでそれ以上聞いてはこなかった。

 よかった、なんとか逃げることが出来たかな。


「能見って意外と面白いんだ」

「なにがどう意外なのか」

「もっと反応に乏しい人間だと思ってたわ」


 和泉さんから悪口みたいなことを言われたけど、少し微笑んで言っていたので悪い気はしない。

 気の強い美人が笑ってるのってすごく魅力的だよな。


「あんたねぇ……」

「お、透子ちゃんの次は秋穂狙いか」

「節操なしだな」

「ワタクシにはあんなこと言っていたんですけどねぇ」

「浮気する男って最低」

「藤田さんで我慢しとけよ」

「ハーレム許すまじ」

「滅殺」

「そこまで言うか!?」


 また口に出していたらしい。

 ただ今回は悪口言ってないしセーフだと思う。


「アウト」

「グレー」

「アウト」

「セーフですねぇ」

「アウト」

「アウト」

「アウト」

「阿久津と名雪さん以外全員アウトじゃないか!?」


 そんなこんなでその場は終わった。

 ただ藤田さんに嫌われたらどうしようかをずっと考えていたせいで陽菜に贈る魔法の案が全然浮かんでないんだよな。


 魔法、魔法ねぇ。

 魔法と言えば[ラブチェッカー]はすごかったな。

 まさかあんな形で結果が表示されるとは思わなかった。

 あの機能は何かに活かせそうな気がするんだけど……。

 あ、そうだ、こういう魔法はどうだろうか。


・・・


 帰宅後。


「陽菜ー、ちょっとおいでー」

「もう魔法出来たのー?」


 ニコニコと嬉しそうに入ってくる陽菜を見ると目尻が下がる。

 これだけ可愛らしい妹はそうそういないだろう。


「ベストシスターを目指してます」

「ベストシスターって何だよ」

「お兄ちゃんのお兄ちゃんによるお兄ちゃんのための妹のことだよ」


 ドヤ顔で言ってるけどまったく意味が分からない。

 今は誰が妹の主権を持っているのか、私気になります!!


「妹の主権は妹にあるに決まってるよ?」

「つまりその主権を俺に譲り渡すのがベストってことか?」

「他人のために尽くす人生こそ、価値ある人生だと言うからね」

「うん、尽くす相手を間違ってるな」


 そう言うのは恋人とか結婚相手にやることであって兄にやることではない。

 でも陽菜は真剣な顔で言葉を続けた。


「お兄ちゃんが私を愛してから、 自分が自分にとってどれほど価値のあるものになったことだろうか」


 ゲーテの言葉のアレンジ。

 その言葉は非常に重く心に響いてくる。


「なーんてね、冗談だよ、お兄ちゃん」


 すぐに笑って誤魔化したけど陽菜の心はまだ支えを求めているように思える。

 なら俺の魔法は少しでも役に立つはずだ。


「陽菜、頼まれてた魔法を作ったんだ」

「お、早いね、お兄ちゃん」

「魔法名は[あなたの影、わたしの光]だ」

「ドッペルゲンガーでも作るの?」

「それを作るのはさすがに敷居が高い」


 本当に作れるならありだったけど、消費MPの桁がよく分からない数になっていたので数える気すら起きなかった。


「この魔法は一人では使えないんだ」

「へぇー」


 この魔法は制約として同じ魔法を相手からも使ってもらうことを条件とし、なおかつ最初に魔法を使った側のみに恩恵がある。

 前に見た花火の協力魔法を参考にさせてもらった。


「相手の顔を見ながら使うんだ、やってみてくれないか?」

「うん♪」


 世界書を出して魔法を検索しているようだ。


「【あなたの影、わたしの光】」

「お、言葉に出して使うのか」


 陽菜は普段タッチからしか魔法を使わないので今回もそうだと思ってた。

 口に出されるとけっこう恥ずかしいな……。


「ほら、お兄ちゃんも使わないといけないんでしょ」

「ああ、【あなたの影、わたしの光】」

「なんかウィンドウ出てきた」

「そのウィンドウに聞きたいことや相談したいことを入れてみてくれ」

「うん」

「あ、念じると入力されるぞ」


 入力ウィンドウが出るのは[ラブチェッカー]の真似だ。


「あ……」

「俺のコピーが返事をしたと思うんだけどどうだ?」

「うん……返事したよ」

「本人には伝わらないから好きなだけ聞きたいことや相談したいことを言うと良いぞ」


 この魔法は協力した相手の思考コピーを作成し、好きなことを聞ける魔法だ。

 AIみたいな使い方でもいいし、その人に言う前の予行練習みたいな使い方でもいい。 


「何かあった時は」

「お兄ちゃん……」


 陽菜がいきなり抱きついてきた。

 普段からエロいことを言ったりしてきたりするものの物理的な接触はないので、昔と比べていろいろ大きくなった体の感触にちょっと戸惑ってしまう。

 そのままの体勢でしばらく時間が過ぎる。

 突然パッと体を離してニヤけた顔でこちらを見てきた。


「これでカンニングし放題だね」

「そういう目的で作ってないから!?」

「あ、でもお兄ちゃんの学力じゃ答えが分からないか」

「ほほう、なかなかいい度胸だな、妹よ」

「いひゃい」


 陽菜はほっぺたを軽くつねられているというのに顔はニヤけたままだった。

 つねるのをやめて揉みほぐすと蕩けた顔になる。

 よそ様には見せられない顔だな。


「お兄ちゃん、ありがとう」

「かわいい妹のためだから気にするな」

「えへへー」


 その表情は本当に幸せそうな笑顔だった。

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