目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

33.シャークトレード

 次の日。


 嘘から出た誠というか有言実行というか、本当にデッキ調整をしてしまった。

 こうなると試運転してみたいし対戦に行くか。


 朝ご飯を食べて自転車でワンパックに向かう。

 ワンパックは朝八時から開店している気合の入ったおもちゃ屋だ。

 元々は朝から新作ゲームを購入する人のために開けていたらしいけど、今は通学前の学生にカードのパックを買ってもらうために開いているらしい。

 ちなみに店長曰く「店名の由来はわんぱく小僧だったのにいつのまにかカードゲームの1パックと思われるようになった」とか。


 店に入ると、開店して一時間ほどだというのに店内のデュエルスペースは満席に近かった。

 カウンター付近も人が一杯で活気がある。


「俺はこの一回にすべてをかける」

「僕もやるー」


 近くを見ると男の子たちがガチャ自販機でカードを引いていた。

 それはお金を入れるとランダムにカードが出てくる自販機で、お店の作ったくじみたいなものだ。

 一回200円で一応支払った分の価値はあるカードが出てくるらしいけど、大体は使い道の少ないレアカードが出るだけなのであまり期待は出来ない。


「やった、〘ファイアル〙引いたー」

「いいなー、僕はなんかよく分からないカード、えっと〘マナバード〙?」


 おお、すごいな、小さい方の男の子。

 〘ファイアル〙は重量級モンスターでHPや攻撃力が高いので子どもの受けが良い。

 〘マナバード〙は軽量級モンスターでHPも攻撃力の低いちっぽけな鳥だ。

 一見すると〘ファイアル〙の方が優秀に思えるけど、カードの価値としては〘マナバード〙のほうがはるかに高い。


「〘ファイアル〙いいなー、呪文枠は二つだけど攻撃力2D+5でHPも20あるし」


 Dはサイコロの意味でサイコロ二つ振って出た目に+5した値が攻撃力となる。

 期待値としては12になるのでそれなりに高い攻撃力と言えるかな。


「そっちは……うわ、なにそれ、呪文枠は三つあるけど攻撃力0でHPも1って」

「しょぼすぎだよね」


 ふふふ、男の子たちよ、まだ未熟だな。

 カオスフィールドは他のカードゲームによくある召喚コストがない。

 一ターンに一回、本陣にしか召喚出来ないという制約があるだけだ。

 どんな重量級モンスターでも初手から呼べるので初心者のころはとにかく重量級モンスターを詰め込みたくなる。


「こんな弱いモンスター入れる暇あったら強いモンスター入れればいいのに」

「きっとハズレ枠なんだよ、はぁ……いいなぁ」


 小さい方の男の子よ、そっちが大当たりだぞ。

 その理由は道の容量だ。

 基本的に道の容量は8でありそれを超えるようなモンスターの編成は出来ない。

 〘ファイアル〙は強いがサイズ8、対して〘マナバード〙は弱いがサイズ1。

 つまりサイズ7分のモンスターを追加できるということだ。

 それでいて呪文枠は〘ファイアル〙より多いと来ている。

 どのデッキでも使える汎用性の高さがウリだ。


「あー、きみ、〘ファイアル〙欲しいの?」

「え、あ、うん、欲しいです」

「ならその〘マナバード〙と交換してあげようか?」

「ぶほっ」


 30代後半ぐらいの男性が小さい方の男の子にトレードを申し出てきた。

 この店は店内でトレードOKなのでそれはいい。

 ただその内容がまさかのシャークトレードだったので思わず吹き出してしまった。

 昭和とか平成初期ぐらいの遺産だと思ってたので令和のこの時代にまさか見るとは思わなかった。

 と言ってもさすがに冗談だろう。

 すぐそこでシングルカード販売しているんだから値段を調べるのは簡単だし。


「いいですか!?」

「うん、〘ファイアル〙は余ってるから」

「よかったじゃん!!」


 おいおいおい、本気かよ。

 男の子が真剣に喜んでいるので不安になる。

 販売価格200円の〘ファイアル〙と販売価格一万円の〘マナバード〙を交換するってありえないだろ。

 この店はシングルカード買い取りやってるんだから、〘マナバード〙売ればすぐにでも〘ファイアル〙四枚買って余りあるお金になるぞ。


 他人のトレードに干渉するのはマナー違反だけど、これはさすがに看過できない。

 さりげなく男の子の近くに寄って、ショーケースのパックを見ながら少し小さめの声で独り言を言う。


「うーん〘マナバード〙ほしいなー、でも素引きは難しいよなー」


 よし、視界の端でちょっと男の子たちが反応したのが見えた。

 アゴに手を当てていかにも悩んでいる風を装う。


「でもなー、シングルで買うと20パック分の値段はするしなー」

「え?」

「は?」

「ちっ」


 男の子たちの驚きとおっさんの舌打ちが聞こえたが無視する。

 あくまで俺は通りすがりのデュエリストだ。


「四枚だとそれなりの値段になるけど、どんなデッキにも入るしなー」

「そうなの?」

「知らなかった」

「独り言に構ってないで交換しよう」


 男性の方を見てなくても分かるぐらい強い不快感が伝わってくる。

 やっぱり本気でシャークトレードしようとしてたのか。


「え、でもどんなデッキにも入るなら持っておいても」

「っていうかパック20個分の価値ってどういうこと?」

「よし、〘ファイアル〙四枚あげるよ、それでどう?」

「え、四枚? ならいいと思わない、幹人?」

「尊、このおっさんはさっき〘ファイアル〙一枚と交換しようとしてたんだぜ、それが突然四枚っておかしい」

「早く決めないともう行くぞ」

「ああー、ちょっと待って、すぐ決めるから」

「おい、そこにいるおっさん」

「……え、俺?」

「他に誰がいるんだよ」


 男の子に腕を掴まれた。

 ちょっと助言したつもりだったのでまさか男の子に絡まれるとは思っておらず動揺してしまう。


「い、一応おっさんって年じゃないんだけど……?」

「み、幹人、知らない人におっさんって言っちゃ駄目だよ」

「パック20個分の価値ってどういうことだ?」


 小さい方の男の子の制止も聞かずに話を続けてきた。

 俺に聞かなくても値段をみればいいのにと思うけど、そこは子どもなんだろう。


「言葉通り、一万円分の価値だよ、ほら販売価格見てみなよ」

「……まじだ」

「え?」

「おい、じじい、どういうことだよ!! っていない!?」


 気づいたら男性(じじい)はいなくなっていた。

 このままだとやばいと思って逃げたのか、危機回避能力には長けていそうだな。


「ど、どういうこと?」

「嵌められそうになったんだ」


 大きい方の男の子が悔しそうな顔をしている。

 それに対してトレードを申し込まれていた小さい方の男の子は状況が把握できていないようだ。

 友達が詐欺にあいそうになって怒るなんて良い子だな。


「せっかくシングルでカード販売してるんだからトレードは相場を見た方がいいよ」

「あ、ありがとうございます」

「そういっておっさんも俺たちを騙そうってんだろ」


 警戒心丸出しでこちらを威嚇してくる。

 一度騙されそうになったから疑心暗鬼になっているんだろう。 


「そうそう、それぐらいの警戒心持った方がいいよ」


 今回は額が額だっただけに干渉したけど基本的には子どものうちにいろいろ経験すればいいと思ってる。

 釣り合わないトレードをするのもあえて損をするトレードをするのも自由だ。


 俺も昔にM:tG界伝説の〘甲鱗のワーム〙のトレードを申し込まれたことがある。

 その時は十分に知識を持っていたので半ばネタでトレードした。

 ただ相手は本気でトレードを成立させるつもりはなくネタでやっていたらしくすごく驚いていた。

 ちなみにその相手というのがこの店の店長だ。


「まだなんか用か?」

「いや、特には」


 まあこれ以上は関係ないことだ。

 さっさと別の所に行こう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?