いつもの昼休み。
「翔、すごい魔法があったぞ!!」
「今度はなんだ?」
「右手の親指と人差指で挟んでいる物体の長さを測る魔法だ!!」
「へぇー、そうか、それはすごいな」
言葉とは裏腹に椅子にもたれかかってだらけており、明らかに興味なさげだ。
どうしてこの魔法のすごさが分からないのか。
「指で挟めさえすれば何でも測定できるんだぞ!!」
「ノギスで測ればいいだろ」
「ノギスじゃ無理な形だって測定できる!!」
「あーあー、そうだな、すごいな」
「やる気なさすぎだろうが!?」
どこからどう見ても適当に答えているのが分かる。
指で挟めばいいってのが画期的なのにノギスと比べるとは……。
「春日井君のそっけない態度に憤る能見君……いいですねぇ」
「ちょっと理解できる」
「解釈一致」
ちょっと不穏当な発言が聞こえたけど無視しよう。
ただストッパーのはずの和泉さんまでちょっと理解できると言い始めてるのは若干危険な傾向な気がする。
「せめて代用効かない魔法にしてくれないか?」
「はぁ!? 代用できるからって」
「ほれ、目立ってるぞ」
「あ……」
言われて周りを見ると和泉さんたち以外もいろんな人が注目していた。
特に女子の視線が集まっているのを理解すると一気に恥ずかしくなってくる。
「目立つのが嫌いな真琴くんはどうするのかな?」
「そういう黙らせ方はずるい」
ガタッ 「名雪ステイ」
「ありがとうございます、つい興奮が抑えられませんでしたねぇ」
「楽しそうだね……」
くそう、形勢が悪くなったから話をそらしやがったな。
昔から翔はいつもそうだ。
負けそうになると会話の軸をずらしやがって……。
・・・
家に帰宅後。
「陽菜、聞いてくれよ」
家に帰ってきてすぐ壁越しで陽菜に話しかける。
この気持ちは誰かに話さないと静まらない。
「どうしたんだい、まこ太くん?」
まこ太くんって誰だよ。
やけにおかしな返事だと思って陽菜の部屋を覗くと青いエプロンを着て手をグーにしている。
なるほど、今日はネコ型ロボットの真似か。
せっかくなので付き合おう。
「陽菜えもん、翔アンがひどいんだよー」
「しかたないなぁ、まこ太くんは」
ドアの前で決まり文句を言うと、陽菜がエプロンのポケットをあさり始めた。
あんな小さいポケットに何が入ってるんだ?
「テッテレテッテッテー、はい、世界書ー」
「万能すぎるもの出してくるな!?」
効果音付きで声真似までしてるけど地味に古いバージョンだな。
陽菜は旧の方が好きだから仕方ないか。
ただタイミングを合わせて出現させることであたかもポケットから取り出したように見える高等技術はすごい。
後でちょっと真似してみよう。
「これで翔アンをやっつける魔法を作ればいいよ」
「そんなことしなくても青ダヌキには秘密道具あるだろ!?」
「未来デパートがコロナで品薄らしくて」
「22世紀まで続いてるわけないだろ!?」
「お金さえ出せば買えるよ、転売屋から」
「未来でもテンバイヤー駆逐できないのかよ!?」
「むしろ未来の技術で楽々転売」
「サツバツ!!」
テンバイヤー死すべし、慈悲はない。
カードの新パックを転売されて二倍になった恨みは絶対に忘れないぞ。
「ということでまこ太くんが作ってね♪」
「せめて陽菜えもんが魔法作ってくれればいいだろ」
「文句が多いなぁ、まこ太くんは」
そう言って腕を広げてきた。
これは近づけってことだろうか?
とりあえず部屋に入り目の前まで近寄るといきなり抱きついてきた。
「ひ、陽菜!?」
「私を信じれば大丈夫」
ギュッと力をこめられると柔らかい感触が胸に当たる。
昔はなかった感触なのでちょっと動揺してしまう。
「まこ太くんなら作れる、私はそう信じてる、まこ太くんを信じる私を信じろ」
「陽菜えもん……」
某ロボットアニメの兄貴のセリフ。
本来は非常に心に響くセリフだけど、アニメでの使用例と違って他人に丸投げなのがちょっと気になる。
「まこ太くんなら出来る!!」
「うん……」
それでも目の前で真剣な目をして語られると納得してしまう。
陽菜の言うことなら信じられる。
「どう灯里、完璧に落ちてるでしょ?」
「ほんとですね」
少し感動的な気分になっていたところに別の人の声が聞こえてきた。
ドアに隠れた部分を覗くと灯里ちゃんが呆れた顔でこちらを見ている。
「あ、灯里ちゃん!? いつからそこに!?」
「最初からいましたけど」
「陽菜!?」
「なぜあんな格好をしていたか考えないお兄ちゃんが悪い」
ドヤァって顔をしているが、言われてみれば一人であんな格好してるのはおかしい。
きっと元々は灯里ちゃんとネタをしていたのだろう。
「お兄ちゃんを騙す悪い妹はこの子かな?」
「いひゃい」
「真琴さんって本当にシスコンですよね」
「翔だってシスコンだよ!?」
「兄貴はそんなことない」
灯里ちゃんは眉をひそめている。
相変わらず翔絡みになると素が出るな。
こっちはこっちで可愛いんだけど、やっぱり一般受けは悪いか。
「む」
「独り言が独り言じゃないですね」
「え、声に出てた?」
「声に出てたというか話しかけられたのかと思いました」
真面目な顔でそう答える灯里ちゃんを見ると、そろそろ真剣に対策を考えないといけないのかもしれない。
「で、お兄ちゃんは翔さんに何の仕返しをするの?」
「おっと、そうだなぁ、なんとか悔し涙を出させてみたいな」
「それは是非見たいので、あたしからも是非お願いします」
「学校でやるから見れないよ?」
ボクシングで勝てたら悔し涙出させることが出来るだろうけど不可能だし、勉強でも勝てる気がしないしなぁ。
他に勝てるものと言ったら何があるだろうか。
「M:tGで勝つとか」
「あいつ最近ガチデッキばかりだから勝てないんだよ」
「お兄ちゃんもガチデッキ作ればいいよ」
「使って面白くないデッキはノーサンキュー」
「ガチデッキだって使っていて面白いデッキはあるよ?」
「そういうのはたいてい使っている側が面白いデッキだから……」
ガチデッキは運用も難しい場合が多いので練習しないと厳しい。
でも俺が普段対戦する相手はカジュアル勢なので、そんなデッキを使っていると対戦相手がいなくなってしまう。
「兄貴が欲しがる魔法で気を引くのは?」
「あいつ何が欲しいかイマイチわからないんだよなぁ」
面白い魔法とか一発ネタの魔法が好きなのは分かるんだけど、熱烈に欲しがっているって感じじゃないんだよな。
その場で楽しいだけなんだと思う。
「筋トレ関連の魔法とかないの?」
「指定した筋肉に負荷がかかっているか教えてくれる魔法とかあるけど」
「あ、それは駄目だね、翔さんはそういうの分かるって言ってた」
筋トレ仲間の陽菜が言うからには間違いない。
でも俺が知ってる筋トレ関連の魔法ってそれぐらいしかないんだよな。
自分が興味のない分野の魔法だと何をキーワードにして調べていいか分からない。
「筋トレ……あっ、いい案思いついた、真琴さんちょっと耳貸してください」
「いいよ」
「む」
可愛らしい声だけどニヤリと笑う姿は悪だくみをする時の翔によく似ていた。
まあ言わないでおいたほうが灯里ちゃんの精神衛生上望ましいか。