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47.名雪さんからの依頼(前編)

「能見君、ちょっといいですか?」

「え、あ、はい、少しなら」

「構いません、構いませんよぉ」


 放課後に名雪さんから声をかけられた。

 何か用でもあるんだろうか?

 休憩時間ならともかく放課後に声をかけられるのは初めてだ。

 なんだかんだ言っても名雪さんは美人なので少し緊張する。


「最近の春日井君はいいですねぇ、そう思いませんか能見君?」

「はぁ……」


 この人は相変わらず友達のような距離感で絡んでくるな。

 いいですねと言われても何がいいんだかさっぱりだ。 


「積極性が増したというか絡んでいくというか」

「はぁ……」

「残念なのは江川君とあまり絡まないことですねぇ」

「そうですか」


 最近の推しは江川なんだろうか。

 出来るだけ場面は想像せずにカップリングだけを意識する。

 それにしても好き勝手話しているけど相手を見ていないという点では俺のひとりごとといい勝負なんじゃないか?


「やはり嫉妬でしょうか、能見君が江川君と絡むのを見る春日井君の表情……いいですねぇ」


 違った、推しは翔のようだ。

 この独特のニチャっとした笑顔はあの元素材のどこをどうすれば出てくるのか、私気になりません!!


「最近の能見君も積極的でいいですねぇ」

「ソウデスカ」


 ねばつくような視線が体中に絡みついてくる。

 一体何を想像されているのか、考えるだけでも恐ろしい。

 それにしてもデッサンをしてもらってから声をかけられる頻度が増している気がする。

 もしかして友達と思われてるんだろうか?


「能見君は阿久津君とどこまでいきましたかぁ?」

「いえ、どこまでとか、ただの友だちですし……」

「友達! おっとそうですね、友達突き合い、いえ友達付き合いしてますねぇ」

「……ソウデスネ」


 なんで同じ言葉のはずなのに言い直したんだよ。


「二人とも満足できてますか?」

「……タブン」

「駄目ですよぉ、一人で満足するような人は嫌われますよぉ」


 一体何を想像してるんだとツッコミたいけど下手にツッコむと喜んで喋りだすから危険だ。

 とりあえず別の話題で気をそらしたほうがいいな。


「名雪さんは付き合ったりしないんですか?」


 名雪さんが誰かと交際したという話は聞いたことがない。

 これだけ(見た目は)美人なのだから彼氏がいてもおかしくはないんだけど……。


「ワタクシにはお突き合いできるものがありませんから」

「ソウデスカ」


 ものってなんだよ、絶対下ネタだろ。

 まあこんなネタを常時振られるんだから耐えられないか。

 俺だって一生こんな話を聞かされるとか耐えられ……あれ、でも陽菜も似たようなものか?

 最近あいつは下ネタに目覚めてるからな。


「そうそう、是非欲しい魔法があるんです」

「はぁ」

「能見君なら作ってくれるのではないかと思いまして」


 思い出したように言ってるけど、雰囲気的にこれが本題だったのだろう。

 ただ名雪さんが他人にお願いごとをするというのは珍しい。

 性癖以外は完璧な人なので大抵自分一人で片づけてしまうからだ。


「?」


 しかもさっきのような二チャッとした笑顔ではなく少し微笑む程度の笑顔をしている。

 こういう時の笑顔は文句無しの美少女だし、性格も(男を絡ませるのはともかく)非常に良い人なので期待されると嬉しい。


「ちなみにどんな魔法が?」


 名雪さんの普段の言動からすると男を妊娠させる魔法とか?

 残念ながら命に関連する魔法は作成不可なんだよな。

 まあそもそも肉体を変形させる時点で無理なんだけど。


「イメージの映像化です」

「……はぁ」


 イメージってそもそも映像では?

 頭の中にあるイメージを出力したいってことなのかな?

 それなら可能だと思うけど条件をつけないと消費MPが恐ろしいことになりそうだ。


「楽しみにしていますね」

「あ、いや、あの」


 一方的に言うだけ言って去ってしまった。

 ……どうしよう。


・・・


 次の日の昼休み。


「ということなんだ、助けてくれ」


 翔と阿久津に相談を持ち掛けた。 

 二人なら名雪さんをある程度知っているから参考になるだろう。


「よかったな、美人にモテて」

「あれはモテてるって言わないよ!?」

「困ってる人は助けるのが信条じゃないのか?」

「そんな高潔な信念持ったことないよ!?」

「まあ名雪は透子ちゃんより多少おっぱい大きいから対象外なんだろ」

「無宗教だって言ってるよね!?」

「そういうので助けるか助けないか決めるのは感心しないな」

「もうやめよう、この話!?」

「真琴からいい出したんだろうに」


 翔と阿久津に話したのが間違いだった。

 でも陽菜じゃ名雪さんを知らないから相談にならないし他に相談する当てもない。 

 ……我慢してでも話すしかないのか。


「……とにかく情報が必要なんだ」

「情報って……分からないことは本人に聞けばいいだろ、そこにいるし」

「え?」


 振り向くと席に座った名雪さんがねっとりした笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 名雪さんが何を考えているかが伝わってきて背筋がゾクゾクする。


「いえいえいえ、ワタクシは路傍の石だと思っていただいて」

「だが分からないままだと名雪の欲しい魔法は作ってくれないかもしれないぞ」

「能見君なら作ってくれる、春日井君なら分かるでしょう?」

「欲しがる理由を教えてくれないか?」

「いえいえ、阿久津君が興味を持つのはワタクシではなく春日井君でお願いします」

「オレに興味持たれても困るんだが……」


 話を逸らしているように思うし、あまり言いたくないことなのだろうか。

 ただこのままだと求められているものが分からないまま作ることになる。

 できるだけ聞きたいことを直球で聞かないと。


「あの、イメージの映像化ってどういうイメージを元にしてるのかな」

「能見君の考えるイメージで構いませんねぇ」


 つまり男同士の絡みということか。

 想像するだけでも身の毛がよだつが魔法の内容的には理解できる。

 ただ元々映像であるそれを映像化するってどういう意味だろう?


「綾瀬はもう少し他人と会話したほうがいいと思うぞ」

「阿久津君がそれを言うとは世も末ですねぇ」


 阿久津だけは名雪さんを苗字で呼ぶんだよな。

 あの底冷えする笑顔を向けられても何の反応もしないのがすごい。


「綾瀬が言っているイメージとは文章のことだろう?」

「それは能見君が考えることでしょう?」


 名雪さんの声のトーンが一気に変わった。

 これは名雪さんが本気モードになった時の特徴で普段の間延びした声からキレのいい声になる。

 本気モードだと見た目通りの厳しい女性に見えるんだよな。

 ただそれでもいつも目だけは優しいのに、今回は目が笑っていない。

 まさか寛容さオカン級の名雪さんが怒ってる!?


「何のつもりですか?」


 目が笑ってなくて語尾が伸びていないだけで印象が違いすぎる。

 怖えええ、なんだよ、あのプレッシャー!?

 周りも若干ビビってるぞ。


「能見は映像と勘違いしてたぞ」

「だから手を出すと?」


 普段は気持ち悪いながらも優しい笑顔の名雪さんが冷たく無表情に近い顔をしている。

 阿久津やめとけ、これ以上は地雷原だ。

 周りを伺うと桐谷と鳥海は顔を真っ青にしているし橘さんはオロオロしている。


「分からない時に助けるのは普通だろう?」

「どうして?」   

「友達だからな」

「……ええ、ええ、そうでしたねぇ、お友達でしたねぇ」


 阿久津の言葉の何が良かったのか、一触即発の雰囲気からいつもの名雪さんになった。

 張りつめていた空気が弛緩して周りの緊張も一気に溶ける。


「友達の欠けてる部分は友達が補ってあげる、友情ですねぇ」

「そうだな」

「女性では欠けてる部分を補えませんからねぇ」


 うん、いつもの名雪さんだ。

 変態っぽいけどやっぱりこっちの名雪さんのほうが良いな。

 そう思っていると名雪さんがこちらを向いた。


「では、これで能見君はちゃんとした魔法を作ってくれますねぇ」

「間違いないな」

「いつそんな話に!?」


 なんでいきなり俺の方にターゲットが移ってるんだよ!?


「楽しみにしてますねぇ」

「綾瀬の期待を裏切ると後が怖いぞ」

「脅迫!?」

「ほら、阿久津君も期待してますよぉ」

「そうだな、駄目だったら能見の恥ずかしい秘密を一つ暴露ということで」

「なんでお前まで脅迫してくるんだよ!?」


 さっきまでバトっていたと思ったら今度は手を組んで攻めてきた。

 裏切りは世の常とはいえ早すぎるだろうが。


「情報を引き出してあげただろう?」

「まさに友情でしたねぇ」

「情報がいらないなら返してくれて構わないぞ、返せるならな」

「送り付け商法!?」

「既に能見君の大事な所に収まってしまってますねぇ」

「どこのこと!?」

「回文になってないのがおしいな」

「回文できるように阿久津君が能見君に指導すればいいんですよぉ」

「回文は動詞じゃないよ!?」

「上からでも下からでも、っとこれだと春日井君も必要でしたねぇ」

「もう嫌だ!?」


 その後はいつも通りの名雪さんのままだった。

 一応必要な情報聞けたけど、名雪さんが本気モードになったのは何だったんだろうか。

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