阿千村は見るも無惨な状態だった。
燃え盛る炎は
祭壇と花が燃え尽きれば彗禊娘々も消えてしまう。
「火を消せ!放っておけば山まで焼けるぞ!」
捲簾大将の指示で龍神たちが雨を呼び、燃え盛る炎は瞬く間に鎮火した。
だがおそらく生存者はいないだろう。
そこにいる誰もが絶望的な気持ちでその瓦礫の山を眺めていた。
「そうだ、馮雪!」
ぶすぶすとまだ燻る瓦礫を避け、捲簾大将は夢中で友人の名を呼んだ。
「馮雪、馮雪っ!どこだ!」
やはり結婚式に出るべきだった。
そうしたらこの村も無事だったのに、と捲簾大将は悔しい気持ちでいっぱいだった。
「馮雪……っ!」
見つからない。
見つかるわけがない。
見渡す限り黒焦げの瓦礫だらけで、村の人たちの姿も全て炭のようになってしまっている。
どこにどの家があったのかも区別がつかなくて、今日結婚の宴をするという阿千村で一番大きい村長の屋敷すらどこにあるのかわからない。
だか捲簾大将は諦めきれず、友人の名を呼び続けながら駆け回った。
その時、がちゃり、と瓦礫が崩れる音がした。
振り返るとそこには全身を真っ黒にさせた存在があった。
黒焦げになっても、捲簾大将にはその微かな香りでわかる。
焦げて炭の匂いが混じっていても、わかるのだ。
「馮雪……!」
熱さなんてきにしていられない。
捲簾大将は必死に瓦礫をどかし、その骸を取り出した。
やはりそれは炭化していて、捲簾大将が触れた途端にボロボロと崩れ去ってしまった。
まるで捲簾大将を待っていたかのように。
「馮雪……」
残ったのは少しの骨のみ。
捲簾大将は無事だった頭蓋を手にしてそれを壊れないように
「馮雪、すまない……馮雪……っ!」
こんなに燃えていても、微かに香る沈香の香りに捲簾大将は感情を抑えきれなかった。
捲簾大将のその気持ちを映す用に、阿千村の火を消した雨はさらにその強さを増していった。
ハッとして河伯は目を覚ました。
手当ての後いつの間にか眠ってしまったようだ。
吉祥仙女の薬を使うと体の回復力をあげるためなのか、眠りに落ちることが多かった。
河伯は頬を濡らす涙に気づき、手で拭う。
「馮雪……」
懐かしい夢だった、と河伯は連ねた頭蓋の一つを抱え、顔の前に寄せた。
夢で見た、馮雪の頭蓋だ。
少し煤けているから見分けがすぐにつけられる。
彗禊娘々の話だと、阿千村の襲撃事件は馮雪の婚約者が想いを寄せていた相手が実は鮮卑の人間で、相手も彼女を憎からず思っていたらしい。
彼は彼女の父親である阿千村の村長が自分からひきはなすため彼女を馮雪と結婚させることを知り激昂した。
彼女もまた、そんな閉鎖的な村に居たくない、村なんていらないと鮮卑を引き入れたようだ。
そして鮮卑たちは阿千村を襲い、彼女と共に去っていったということだった。
残虐な光景の中、鮮卑の操る馬に乗る婚約者はとても幸せそうだったと、幼い頃から彼女を知る彗禊娘々は複雑そうに話していたのを思い出し、河伯はため息をついた。
「あれからお前とは骸でしか会えていないな。俺はいつも間に合わないんだ……だから今度こそは、お前のそばでお前を必ず守ってみせる」
決意を呟いた河伯は天井の穴を見上げた。
日は高いようで、白い日差しが差し込んでいる。
「そういえば……」
河伯は彗禊娘々の言葉をもう一つ思い出した。
「この子は観音菩薩様からお預かりした大切な子だったのです。まさかこんなことになるなんて……」
持ち帰った馮雪の頭蓋をみた彗禊娘々は、ひどくショックを受けていた。
「観音菩薩様から預けられたとは……お前は、いやあなたは一体何者なんだ?」
問いかけてもその白い頭蓋からは答えはない。
「……さて」
河伯は久しぶりに釣りをしようと考え、頭蓋を大切に布でくるんで片付けた。
「行ってくるよ」
それから釣り竿や天井を塞ぐ穴など、諸々の材料を探しに降妖宝杖を手に洞窟を出たのだった。