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第13話 玄奘という若き僧

「またこの夢……」


 まだ薄暗い中、化生けしょう寺の寝所で玄奘は体を起こした。


 玄奘は何度目か前の生の記憶を、たまにこうして夢に見ることがある。


 最近では『馮雪』だった頃の記憶をよく夢に見る。


「沙和尚……」


 夢によく出てくる天将の名も、もうすっかり覚えてしまった。


 本当の名ではないのはわかるが、その名をつぶやくと不思議と力が湧いてくるのは、『馮雪』だった時に何度も彼に励まされたからだろう。


「んー……とりあえず起きよう……」


 うんと伸びをして、玄奘は寝台から降りた。


 お勤めのために玄奘は身支度を整え、法服に身を包む。


 玄奘は今、とうの都、長安ちょうあんに来ていた。


時の皇帝、太宗たいそうの命で、長安で大規模な法会が催されることになったのだ。


 何でも太宗は死に戻りを経験したらしく、それ以来冥界で助けてくれた亡者たちのために法会ほうえを開いているのだという。


 実は今回の法会は玄奘の師僧がやる予定だったが、高齢の師は化生寺に着いた途端腰を悪くしてしまい、急遽きゅうきょ弟子の玄奘が役を変わったのだ。


 大役をまだ若輩じゃくはいの自分が務められるかと不安に思ったが、玄奘は見事にその大役を果たしてみせた。


「これも全て、御仏みほとけのお導き……」


厨子ずしを開くと、小さな観音菩薩かんのんぼさつの仏像が入っている。


 玄奘は香と水を供えると、手を合わせてきょうを唱えた。


香炉こうろから立ちのぼけむりは、甘さの中にほんのりとピリリとしたかおりが混じる、不思議ふしぎはなやかなものだ、


観音像に供えたのは最上級の香、伽羅きゃら


 師僧しそうから今日の礼にと分けてもらったのだ。


 そのかぐわしさに玄奘もどこか気持ちが浮き立つように感じた。


「えっ?」


 玄奘がいつものように、いや、いつも以上に集中して経をんでいると、突然観音菩薩像が輝きだし玄奘は呆気にとられた。


 何が起きているのだろうか。


 朝日が差し込んでいる?と窓を振り返るも、外はまだ薄暗い。


「えっ?」


 玄奘はもう一度観音菩薩像をみる。


 やはり観音像自体が輝いているようだ。


「え?なに、どういうこと?」


 玄奘は混乱して逗子の戸を開けたり閉めたりしてみた。


 閉めるとやはり扉の内側から光がもれてきて、玄奘は逗子の内側を下からのぞきこんでみたりしてみた。


「驚かせてしまいましたか?」


「ひぇっ!」


 不思議な声がして、玄奘は驚き尻餅をついた。


 やがてその光が収まるとそこには、見たことのない長身の青年がいた。


「な……な、なんですか、あなたは」


 青年は観音像と同じ衣装をきて、宝冠ほうかんをつけている。


 その眼差しは優しく、見慣れた観音菩薩像のそれと同じだ。



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