「あなたは一体、どうやってここへ……?」
玄奘はあたりを見回してから目の前の青年に恐る恐る尋ねた。
この部屋には今、鍵がかかっていて玄奘が開けなければ入ることはできないはずだ。
それに先程の観音菩薩像が光り輝いていた現象と、観音菩薩像そっくりの目の前の青年。
この部屋で今、一体何が起こっているのだろう。
「
長身の青年は身をかがめ、玄奘の頬に手を伸ばして嬉しそうに言う。
先ほど観音菩薩像に供えたのと同じ伽羅の香りがふわりと香って、玄奘は自分を親しげに見る青年を見上げることしかできずにいた。
彼がとても親しげに言う「金蟬子」という名に玄奘は全く心当たりがない。
だがどう考えてもこの場には青年と玄奘しかいない。
そして、青年の視線は玄奘の方を向いている。
ならば考えるまでもない。
「金蟬子とは私のことですか?」
玄奘が怪訝な顔をして尋ねると、青年は頷いた。
玄奘は驚き首を振った。
「私は金蟬子ではありません。玄奘です」
「いいえ君は金蟬子です。
その言葉に玄奘はハッとしてその場に平伏した。
「お釈迦さまの一番弟子とは……まさか、あなた様は観音菩薩様なのですか?」
「……そうだと言ったらどうしますか?」
自らを観音菩薩だと肯定した青年から問われ、玄奘は戸惑った。
「正直……そんな他人の時代だったころの話をされても困ります。あなたが何と言おうと今の私は玄奘ですから」
その答えに観音菩薩は懐かしそうに笑い、やれやれと肩をすくめた。
「あなたもなかなか頑固ですね。そこがまた金蟬子らしい……まあ今はそんなことどうでもいいのですが」
どうでもいいのか、と玄奘は脱力した。
観音菩薩は話を変えるように、こほんと
「昨日の
「西方、ですか」
「そう。ここからずっと西の……目的地は
「て、天竺?!あの天竺ですか?!?!」
とたんに玄奘は興奮して目を輝かせた。
仏教が生まれた地であり、そこには多くの寺院があるときいている。
そして天竺にある多くの寺には、
しかも釈迦如来がまだ人であった頃、様々な逸話が語り継がれた場所も各地にあるだろう。
「ブッダが
玄奘は、行きたいと思っていた場所に想いを
その様子に観音菩薩はやはり、と懐かしさに目を細めた。