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第19話 貞永娘々のおままごと

 色とりどりの花が咲く庭、蓮の花が咲き誇る池のほとり。


 今、青鸞がいるここは蓮花宮れんかきゅう哪吒太子なたたいしの住居だ。


 蓮花宮は哪吒太子の家だが多忙な哪吒太子は留守がちなので、母親の吉祥仙女きっしょうせんにょと妹の貞永娘々ていえいにゃんにゃんが管理をしている。


 捲簾大将が処刑されて地に堕とされてからは、青鸞は哪吒太子に身柄を引き取られここで暮らしている。


「はいあなた、どうぞお召し上がりください」


 小鳥のような声で少女が椀を差し出して青鸞に言う。


 艶やかな黒髪と、くりくりした丸い緑の瞳。


 白い肌に、池の蓮の花のように薄桃色に色づいた頬と唇。


 人形のように可愛らしい貞永娘々は心配そうに青鸞の顔を見上げて首を傾げた。


「青鸞様?」


「ああ、すみません」


 貞永娘々に誘われ庭でおままごとをしている最中だった青鸞は、慌てて差し出された椀を受け取った。


 蓮花宮へ来てからすぐに貞永娘々に気に入られた青鸞は、暇があれば彼女の遊び相手をしていた。


 椀の中には透明な水に浮かべられた木の葉と花びらがある。


 青鸞は飲むふりをして笑顔を浮かべた。


「とても美味しいです。貞永娘々」


 そういうと、途端に貞永が顔を曇らせた。


「あら、いけませんわ青鸞様。わたくしのことは貞永と呼んでくださらないと。青鸞様は私の夫役なのですから」


「ですが貞永娘々……」


「貞永ですわ。ああそれか、爸爸おとうさまたちみたいに愛称で呼びあうのも良いですね……」


「あ、愛称……ですか?」


「はい、爸爸おとうさま媽媽おかあさまのことを“きぃたん”と呼んでいますの。そう呼ばれた時、媽媽は“たくちぃ”と返していますわ。いずれ私たちも、本当の夫婦になったら愛称で呼び合いたいものですわね」


 いかつく勇ましい托塔李天王たくとうりてんのうが、吉祥仙女をそう呼ぶ姿を想像しかけて青鸞はぶんぶんと頭を振った。


 これは踏み入れてはいけない領域だと思ったので、青鸞は貞永娘娘の爆弾発言に対しても笑顔を浮かべただけで何も言わないでおいた。


 敷物の上に並べられた皿、椀の上には貞永娘娘が摘んできた草花、木の実が並べられている。


 青鸞は話を逸らそうと木の実を丸く並べた皿を持った。


「こ、こちらも美味しそうですね」


「ああそれは甜点デザートですわ。ちょっと待ってくださいね、あなた……あら、あなた呼びもなかなかいいですわね」


 ボソボソと呟きながら貞永娘々が取り出したのは、大輪の赤い芍薬しゃくやくの花だった。 


 真っ赤な炎のように咲く大輪の花に義父を思い出した青鸞は表情を曇らせたが、それは一瞬のことだった。


「素晴らしいですね。まるで炎のようだ」


「青鸞さま……」


 うまく隠したつもりだったが、貞永娘娘には隠せなかったようだ。


捲簾けんれん様のことが心配なのですね」


 七つの娘に隠していたはずの不安を言い当てられ、青鸞は困ってしまった。


「青鸞様、立ってくださいませ」


「はい?」


 突然、貞永娘々は着物を脱ぎ袍服姿になった。どうやら着物の下に着ていたらしい。


「どうしても解決できない悩みがあるときは、体を動かすのが一番です!」


 そして貞永娘々はどこから出したのか、その体に合わないほどの大きなつちを振りかざして言う。


「私も李天王の娘。お相手に不足はさせませんわ!」


「……っ!」


 振り下ろされた大槌は轟音ごうおんを立てながら地をえぐり大きな穴を開ける。


「さあ青鸞様も武器を構えてくださいまし!」


「ええ……っ」


 そうはいっても齢(よわい)七つの娘相手に武器を振り回す気にはなれない。


「青鸞様、お覚悟!」


 轟音を上げて迫る大槌に、青鸞の背を冷たいものが伝い落ちていった。


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