「飛べよ宝剣!疾!」
恵岸行者は取り出した宝剣を放り投げて命じ、自身もまた河伯に飛びかかった。
「くっ!」
河伯は素早く宝剣を弾き、次いで向かってきた恵岸行者の拳をかわす。
攻撃をかわされた恵岸行者が素早く向きを変えようとしたとき、背中に降妖宝杖の柄が打ち込まれる。
「片手間に俺をやれると思ったかこの、脂肪悪魔めが!」
「いや〜まさか!!」
だがそれを宝剣が阻み、恵岸行者を守った。
「何っ?!」
「ていうか脂肪悪魔って何?!自分そんな名前じゃないんだけど!」
恵岸行者は足を払って河伯のバランスを崩し、距離を取る。
だが河伯は態勢を素早く立て直し距離を詰める。
「黙れ!人の姿をして誘惑しようとしても俺は騙されんからな!この甘味の塊が!そんなうまそうな匂いさせて、さも食べてくださいと言わんばかりの誘惑をして!」
降妖宝杖を振り回す河伯から逃げながら恵岸行者は首を傾げる。
「だから何のこと?!」
「だまれ糫餅の悪魔め!糖分退散!!脂肪退散!!!」
感情的になった相手の攻撃は読みやすい。
恵岸行者はヒョイッと軽く身をかがめたりして降妖宝杖をかわしていく。
「あ〜わかった!そんなこと言って、河伯さん、アンタ本当はコレ食べたいんでしょ……!!」
チラリと懐から糫餅を見せつけて恵岸行者が言うと、河伯は心底嫌そうに顔をしかめた。
「……そ、そんなわけあるかっ!」
と言うものの、河伯の視線は糫餅に釘付けで。
「ほらほら〜こっちですよこっち!」
恵岸行者が糫餅を右に左に交互に移すと河伯の視線も移る。
「あ〜肉桂と胡麻の香りが食欲をそそる〜!」
「ぐっ!」
恵岸行者が河伯に見せつけるように糫餅の匂いを嗅ぐと、河伯は悔しそうに顔を歪めた。
「素直になったら?たくさん買ってきたんでおひとついかがですか?」
「いらん!」
河伯は叫んで降妖宝杖を横に薙いだ。
「あっ……」
その瞬間、恵岸行者が持っていた糫餅は弾かれ宙に浮いた。
「疾!」
恵岸行者はすぐに宝剣を操って糫餅の軌道を変え、地に落ちる前にそれを掴む事に成功した。
恵岸行者が掴んだのを見て、河伯はあからさまにホッとした顔をした。
気が抜けたせいか、河伯の肌の色も藍色に戻っている。
一方で恵岸行者はワナワナと怒りに肩を振るわせた。
「食べ物になんてことをするんだ……!これは蘇千村のおばちゃんが一生懸命作った糫餅なんだぞ!」
「……っ!」
「悪いのは糫餅じゃない、悪いのは、誘惑に負けむりな食事制限をする事になったあんた自身だ!」
恵岸行者は髪を縛り直して河伯を指差した。
河伯は心当たりがあるのか、蒼白になった。
彼は元々藍色の肌だが、それがさらに一層青くなる。
「アンタの目、覚ましてやるからな!」
恵岸行者はそう言って河伯に飛びかかったのだった。