恵岸行者の動きは素早く、その細身の体から撃ち込まれる一撃は予想以上に重い。
観音菩薩の弟子と護衛をしているのは伊達ではないのだ。
河伯の武器はリーチが長い降妖宝杖だが、恵岸行者の武器は拳。
河伯の攻撃を避け、素早く間合いの内側に入ってしまえば恵岸行者の独壇場だ。
「っぐ!」
腹部に拳の蓮撃を受け、河伯はうめいた。
それでも河伯にはかつて玉皇大帝の近衛であった
使い慣れた武器であれば恵岸行者の攻撃をかわすのなど楽勝なはずだった。
「遅い遅い!食べ物を目の敵にして食べないから頭がまわらないんだよ!」
河伯に拳を埋めてすぐに恵岸行者は後ろに飛び遊び、そのまま後方宙返りをして降妖宝杖の攻撃範囲から逃れる。
「疾!」
そして宝剣を操り河伯を翻弄していく。
宝剣を操作しながら再び河伯へ飛びかかった恵岸行者は思った。
(河伯サンとは何度か遠隔で打ち合ったけど、実際こうして打ち合うのも、やはり楽しいな!)
次第に河伯の動きが遅くなり、防戦一方になってくる。
そんな中、河伯はある事に気づいていた。
(このクセのある宝剣の動き……)
恵岸行者から繰り出されるそれは、七日ごとに刀剣罰のためにおとずれる宝剣の動きと同じだった。
「お前、何者だ!」
河伯が尋ねると、恵岸行者はさらに距離を取り、宝剣を呼び戻した。
「やはりその宝剣……西王母様の!」
素早く飛んでいた時は確信がとれないったが、恵岸行者の持っている宝剣には見覚えがある。
恵岸行者はにっこり微笑んで口を開いた。
「自分は観音菩薩の一番弟子で行者をしている恵岸……俗名は木吒。君もよく知る、哪吒の兄だ」
「哪吒太子の……?」
河伯が驚いて聞き返すと、恵岸行者は深く頷いた。
その顔は確かに哪吒太子と似ているところが多くある。
「あの刀剣罰はあなたか」
「ああ」
「なにをしにここへ?」
「蘇千村の人から我が師、観音菩薩がお願いされまして。流沙河に赤い髪を振り乱して走り回る妖怪をなんとかしてくれ、と」
恵岸行者が言うと、心当たりがあるのか、河伯はバツの悪そうな顔をした。
「ふふ、心当たりあるよね?河伯サン」
恵岸行者の笑顔に河伯は蒼白になってコクコクと頷く。
「別に体を鍛えてはいけないとは言わないよ?でもね、普通に生活している人間たちに迷惑をかけるのはどうかな、と……自分は思うんですけどねえ」
「おっしゃる通り……申し訳ございません」
大柄の河伯はうなだれ、しゅんとして小さくなっている。
「しっかり食べて運動する!体のためにはちゃんと食べることも大切だと近衛時代習わなかったかい?」
「習いました……」
「それなら、ハイ!」
恵岸行者は残っていた糫餅を河伯に渡した。
「河伯サン、あなたには役目がある。それまで倒れられては困るんだよ」
「役目?」
そして続けられた恵岸行者の言葉に河伯は驚き首を傾げた。