恵岸行者は頷いて真剣な表情で言う。
「数日……いやもしかしたら数ヶ月の後、釈迦如来様から西方取経を命じられた僧がここを通る。あなたは彼の護衛をし、彼を無事に天竺へと送り届けてほしい」
「天竺、ですか」
恵岸行者は頷いて言葉を続ける。
「その僧は多分、河伯サンもよく知っている人だ。ひと目見たらきっとわかる。何度も転生している……」
そう言って恵岸行者は河伯の住処を指差した。
河伯はハッとして興奮からか頬を紅潮させた。
「まさか……馮雪の?!」
「疾、
河伯の問いには答えず、恵岸行者はニヤリと笑うと雲を呼んで飛び乗った。
「今の河伯サンじゃ彼の
「しかしそれでは……」
ぐうたらの快楽を知ってしまった河伯は、再びぐうたらしてしまったら再起できる気がしなかった。
だが河原を走れば人々を怖がらせてしまう。
困惑する河伯の心中を察した恵岸行者は手をポンと打った。
「そうだ、
「追放された龍……?どなただろうか……」
龍神たちの知り合いも多い河伯はうーん、と考え込んだが見当もつかなかった。
「とにかく蛇盤山に行ってみたら?」
恵岸行者に促され、河伯は頷いた。
「今日の戦いは刀剣罰1回分にしておくね」
本来の罰である腹を
だって河伯はかなり恵岸行者の攻撃をその身に受けていたから。
「あの、どうして恵岸殿が刀剣罰を?」
「うん?西王母様はお忙しいからだよ?」
そんな彼女が
「それは確かに……いや、なるほど……」
本当は玄奘の護衛のために河伯を鍛えるのが目的なのだが、それは本人には秘密なのだ。
「また一週間後、今度は遠隔で戦うけど、今日みたいに無様なところは見せないでよ、河伯サン」
そう言って恵岸行者は河伯の元を去った。
河伯は手元に残った糫餅をじっと見つめた。
まだほんのり温かく香ばしいそれは、強烈に河伯の空腹感を刺激した。
「……!」
河伯は夢中になって糫餅を食べた。
胡麻の香りがさらに食欲を増す。
その場に座り、頬に肉桂の粉をつけながらも河伯は一つ二つと糫餅を平らげていく。
(馮雪に会える……!まだこの時代では生きてる、ついに会えるんだ!)
今までは生を終えた後にしか見つけることができなかった。
でも今はまだ、馮雪だったその人は生きていて、しかもその護衛をすることになるとは。
探し人に関わる情報を得て、河伯は空腹だけでなく、心まで期待に満たされていたのだった。