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第58話 玄奘、弟子を信じ送り出す

 色とりどりの着物をきた、それぞれ獣の特徴をあわせ持つ姿をした華やかな男女が突然現れた。


 急なことだったので、玄奘も孫悟空も驚きに動きを止めた。


 そのおかげで緊箍呪も止まり、孫悟空はようやく痛みから逃れられた。


「お前たちは……」


 痛みの余波を抑えながら孫悟空が尋ねると、男女はその場に平伏した。


「観音菩薩様の命により馳せ参じました、陰神玉女にございます」


 玉女を代表して、くれないがかった茶色の羽を持つ女神が言う。


「同じく、陽神玉男にございます」


 玉男を代表してネズミのような耳と尾を持つ男神が言う。


「さ、玄奘様。どうかお心を鎮めて……」


 うさぎの耳を持つ女神が玄奘の手をそっと握り、印を解いた。


「玄奘様のことは我々がお守りいたします。ですから孫悟空様は龍のところへ」


 虎の耳と尾をもつ大柄な玉男が孫悟空を助け起こして言った。


 牛のように豊満な体つきの玉女が符を孫悟空の額に貼り付け、治癒術を施す。


 痛みから回復した孫悟空は素早く立ち上がり觔斗雲に飛び乗った。


「悟空!あの……」


 正気に戻った玄奘は不安の入り混じった目で雲の上の孫悟空を見上げた。


「ごめ……」


 孫悟空は玄奘の言葉を片手をあげて遮った。


「お師匠様、俺、必ず戻るんで!だからその言葉は戻ってから聞かせてください」


「悟空……」


 玄奘はこくりと頷いた。


「わかりました。必ず無事に戻ってきてくださいね」


「では、行ってきます!」


 そう言い終わるか終わらないかのうちに、觔斗雲はあっという間に空の彼方へ消えていった。


「……」


 玄奘は空に残る觔斗雲の跡をずっと眺めていた。


「大丈夫ですよ玄奘様。孫悟空様はお強いですから」


 龍の髭を持つ玉男が言う。


「それよりも待っている間、何かお手伝いすることはありますか?」


 犬の尾をもつ玉男が玄奘に聞いた。


「手伝うこと……ですか?そうですね……」


 玄奘は目を閉じ考えをめぐらせた。


「では……人を探してもらえますか?皇帝から預かったお供の方がたが見つからなくて……おそらくこの山のどこかにいるはずなのですが」


「お安いご用です!」


「五十人ほどなのですが……」


 人数を聞いた十二人の神々は顔を見合わせた。


 想像していたより多かったため、戸惑ったのだろう。


「も、もう少し手も増やしましょうか」


 少し顔を引き攣らせながら、蛇の体をした女神が小さな笛を吹く。


 すると十柱の神々が姿を現した。


五方掲諦ごほうぎゃてい四値功曹しちょくこうそう護駕伽藍りょうががらん只今参上いたしました」


こうして、六丁六甲、五方掲諦、四値功曹、護駕伽藍、の総勢二十二柱の神々が玄奘の護衛とお供捜索に加わったのだった。




「さて……これで玄奘の守りは十分ですね」


 玄奘の様子を浄玻璃鏡でずっとみていた観音菩薩はようやく安心したのか胸を撫で下ろして言う。


「それにしても玉龍、言いつけを破って脱走して馬を喰らうとは、困った子ですね……」


「お師さま、悟空一人で大丈夫でしょうか……」


 恵岸行者が心配そうに言うと、観音菩薩もそれを懸念しているのか、難しい表情のままだ。


「そうですね、托塔李天王にも助力を頼みましょうか……」


 その言葉を聞いて、恵岸行者は顔をパッと明るくした。


「父上には自分が知らせます!あと自分も加勢に加わろうと思いますがよいですか?」


 興奮気味に言う恵岸行者に観音菩薩は苦笑した。


「あなたの良いようになさい。李天王にはくれぐれもよろしく、と」


「はい!いってきま────っ」


 言い終わるか言い終わらないかのうちに恵岸行者は慌ただしく出て行ったのだった。


「さあ,私もやることをやらねば……」


 観音菩薩は浄玻璃鏡に布をかけて鏡面を塞ぐと、自身もまた外へ向かったのだった。


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