一方で五行山を出た玉龍は悠々と空を飛んでいた。
「はあ〜やっぱり高級な馬肉は最高だね〜!ボクの鱗もたてがみもツヤツヤさ〜!」
玉龍は上機嫌で空中で身をくるりと回転させながらいう。
「んー、でもまだお腹空いてるなあ……蛇盤山でお昼寝する前にもう一品、何か食べたい気分……ん?」
ふと、玉龍の視界に赤い炎のようなものが見えた。
緑の草原に赤い色はかなり目立つ。
「んん?」
玉龍が目を凝らしこらしてよく見てみると、それは炎ではなく、真っ赤な髪の毛であった。
「ニンゲン……じゃなさそう……お肌の色が紺色だ……なんか大きいし、食べ応えありそう!もう一品はあれにしようっと!」
玉龍は舌なめずりをして笑うと、下降の姿勢をとった。
恵岸行者を見送り、糫餅を食べ終えた河伯は蛇盤山を目指し駆けていた。
空きっ腹に油物を食べたせいで痛めた胃腸や摂取した脂肪の後悔も、長距離を駆ける腹ごなしの運動で相殺できそうだった。
「あれが蛇盤山か」
やがてその頂が見えてきた頃、突然ズズ、と何かを引きずるような音がした。
驚いて河伯が足を止めると、しばらくして突風が吹き荒れた。
河伯が驚いて空をみあげると、白銀の龍がうねうねと空を飛んでいるのが目に入った。
「なんだ、どうしてあんな大きな龍がここに……?」
しかも、その龍は真っ直ぐに河伯に向かって飛んできている。
「いっただっきまーす!」
大きな口を開き、能天気な声をあげながら龍が飛び込んでくる。
鋭い歯がギラリと光り、赤い舌はヌメヌメと光っている。
「くっ!」
河伯は慌てて横に身を転がし避けた。
ザアアアという突風と共に白銀の龍は河伯の脇を駆け抜けてゆく。
龍に撫でられた草花はその身を切られ、あたりに舞った。
「──っ」
河伯の頬にも鋭い痛みが走り、触れると少し血が流れていた。
どうやら龍の移動と共に発生した風の刃が切り裂いたようだ。
「んもー、避けないでよね!ボクのゴハン!」
「ご、ご飯!?」
龍の言葉に河伯は目を白黒させた。
「キミ、お肉がぎっしり身が詰まっていて歯応えありそうだし美味しそう!今度は避けないでよね!」
「ぎっしり……」
龍の言葉に河伯はこっそりと脇腹を摘んでみた。
ふくよかだったあの頃に比べて、腹筋は現役時代に近い固さをとりもどしている。
河伯はキッと龍を睨み上げ、降妖宝杖を構えた。
「ではでは改めて……いっただっきまー……!」
「俺はもう、おもちマンじゃない!!」
向かってきた龍の顎を真下から振り上げた降妖宝杖で打ち上げた。
「ぶげ!!!!!」
龍は花火の火球のように真っ直ぐ空へと飛んでいく。
かと思ったらすぐに下降して河伯に迫る。
「うえっうえっ舌噛んだ!血の味がする!もーひどい、何するのさ!!」
「何をするはこっちのセリフだコラァ!!いきなり人に襲いかかるとは何事か!!お前はどこの龍神の子だ!!父上を呼ぶぞ!」
かつての河伯は龍神族を束ねていた捲簾大将と呼ばれた身。知らない龍はいないと言われるほどだ。
だが龍は河伯の怒声にふふん、と笑った。