玉龍は先の展開を知りたいものの、それを知るのが怖いような気がして恐る恐る聞いた。
「それで……どうなったの?ショータイチョーさんは諦めてくれたの?」
「……あの豚のおっさんがまだここにいるってことは違うんだろ?」
孫悟空の言葉に高翠蘭は頷いた。
「力づくで私を連れ去ろうとした商隊長を八戒さんは
そして高翠蘭はいつ来るかわからない商隊長に怯えて暮らすことになっているのだと言う。
「それでも八戒さんが来てから、荒れていた烏斯蔵国は変わりました」
暗くなってしまった雰囲気を明るくさせようとしてか、高翠蘭は明るく言う。
「八戒さんは力持ちですから、彼らに壊された壁や道を補修し整えてくれたのです。それに八戒さんがいることで乱暴なことをする商隊はいなくなったんですよ」
「へぇ、つまりあのおっさんはこの街の用心棒みたいなもんなのか」
「はい!烏斯蔵国の人々は八戒さんの本当の姿も知っていますし、八戒さんのお陰で今平穏に暮らせてるのがわかっているので、彼を恐ろしいと思うことなんてないのです!」
感心したように言う孫悟空に、高翠蘭は嬉しそうに頷いた。
高翠蘭によると、彼を夫にした仙女、卯ニ姐に紹介された当初は人に変化ができない豚頭の妖怪だったという。
「だから誰もオジさんの顔見ても驚かなかったんだね」
それどころか街の人たちは酔い潰れた八戒を見て心配していたくらいだ。
「あれ?じゃあスイランさんとあのオジさんは……」
「はい、八戒さんと私は名目上の夫婦であり、本当はなんでもないのです」
玉龍の疑問に高翠蘭は寂しそうに答えた。
ただ、そのことを知っているのは祖父の高太公と高翠蘭だけで、他の人たちは二人が本当の夫婦だと思っているのだという。
「マオ仙女さんは旦那さんだったオジさんとわざわざリコンして、スイランさんのところに護衛に婿入りさせたってこと?」
玉龍の問いに高翠蘭は頷く。
そして左手に嵌めた翡翠の指輪を玄奘たちに見せた。
「なにやら商隊長を退ける“術”のために、八戒さんとの縁を結ぶことが必要だという事で、夫婦となるようにと言われました。期限は商隊長が私を諦めるまで……その時が来たらこの指輪が壊れるという事ですが、いまだに」
「ふぅん……なるほど、ねえ」
その指輪をまじまじと見て孫悟空は唸った。
「悟空?」
「翠蘭様が言ってることは事実のようですね。この指輪、かなりの呪力を込めてある」
「うん、きっとマオ仙女さんってすごい仙女さんだったんだろうね」
玉龍にもわかるのか、珍しく真面目な顔をして言う。
「カンノンさんと似た力の色が見えるよ」
「そ、そうなのですね……」
だが人間の玄奘にはさっぱりわからず、感心することしかできなかった。
「まあ、私としては……八戒さんと本当の夫婦になりたいなーなんて、思っていたりするんですけど……」
モジモジと頬を赤らめ、指を突き合わせて高翠蘭は俯いた。
しかしその表情は恋する乙女というよりも、何かを諦めた色が混ざっている。
「高様……?」
玄奘はハッとした。
八戒の妻、卯ニ姐はもうこの世にいない。
だけど──。
「八戒さんの心は卯仙女のものなのです。永遠に……」