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第102話 孫悟空の苛立ち

 遠い目をして呟く高翠蘭をどう慰めたら良いのだろうか、と玄奘が内心慌てていると、孫悟空が大きなため息をついた。


「あの豚頭のおっさんのどこがいいんだ?あんな絡み上戸の酔っ払い」


 猪八戒に絡まれた時の酒臭さを思い出したようで、孫悟空は心底嫌そうに首をかしげる。


「これ悟空!」


「八戒さんはお酒に弱いのです。ですから普段

は絶対に飲んだりしません。人が好い方なのできっと勧められるがまま……」


 そこまで言って、突然高翠蘭は動きを止めた。


 その顔は次第に青ざめていき、何かに気づいたかのようだった。


「スイランさん、顔青いけど大丈夫?」


 玉龍の言葉に弾かれたように顔を上げた高翠蘭はそそくさと椅子から立ち上がった。


「すみません、私……用を思い出しました。皆様はどうぞごゆっくり。部屋の場所は後ほど家のものがご案内いたしますわ。申し訳ありませんが、失礼いたします」


 顔を青ざめさせ、高翠蘭はそそくさと退室していった。


「どうしたんでしょう……」


 玄奘は手のひらの中の茶杯に入った冷めた茉莉花茶を眺めて首を傾げた。


「……」


「悟空?先程から険しい顔をしてどうしました?」


 普段なら玉龍と一緒にはしゃぎそうな孫悟空がおとなしいことに玄奘は気づいていた。


 それどころか孫悟空は態度も刺々しく、何か失礼なことをしないかと玄奘はハラハラしていたくらいだ。


「別に……この人相の悪い顔は元々ですよ」


「またそんなこと言って……」


 孫悟空ははぐらかして窓の外を眺める。


 交易の拠点でもあると言う高翠蘭の話しの通り、あちこちには商隊を組んで訪れた西域の人間や、それより向こうに暮らす人々の姿もある。


「それにしても驚いたよね。あの豚のおじさん……えっと、名前は……」


ちょ八戒はっかい


 窓の外を眺めたまま孫悟空が言う。


「そうそう、猪八戒!あの豚のオジさんが街の人たちに慕われてるなんて意外だよね!」


「そうですね、妖怪でも人と仲良く暮らす者もいるのですね」


 沙和尚のことを思い出した玄奘は嬉しそうに、懐かしい気持ちで言う。


「この国でならボク、頭巾をとってもおかしな目で見られないかな」


 玉龍は翠蘭が退室したので龍の角と耳を隠していた布を取っていた。


「やめとけ。龍の角なんて人間にとっては特効薬の原料にもなるんだから、狩られておわりだよ。この国は西域の人間もいるっていうしな」


 孫悟空の言葉に顔を青くした玉龍は、またすぐに布を被り角と耳を隠した。


「こら、意地悪なこと言うのはいけませんよ悟空」


 玄奘に嗜められた孫悟空は返事もせずに窓の外に目を向けた。


 孫悟空は内心イライラしていた。


(黒風怪のことがあったばかりなのに、お師匠様も玉龍も警戒心がなさすぎる……)


 猪八戒という妖怪だって、街の人に慕われてるからと言って玄奘を狙わないとも限らない。


 黒風怪とのことがあってから、玄奘と妖怪との関わりは出来るだけ減らしたいと孫悟空は考えていた。


「悟空、せっかくですからほら、あなたも座ってお茶を……」


 玄奘が言いかけたその時、戸を叩く音がした。


「はい」


 玄奘が応じると、扉の外から年配の男性の声がした。


「私は高翠蘭の父、こう紅樹こうじゅでございます。婿が世話になったとのことで……お礼に伺いました」


 玄奘はその名を聞いて入室を許可した。


 入ってきたのは確かに高翠蘭の父親らしい、目元がよく似た年配の男性だった。


「お坊様、どうかお願いがございます!あの豚妖怪を退治してください!」


 そっくりな親子だなと感心していた玄奘だったが、突然、高紅樹がその場に土下座を始めたのと、その頼み事に驚き茶杯をひっくり返しそうになった。


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