驚く玄奘には気づかず、
「お坊様、どうかあの豚男をこの国からおいはらってくれませんか?」
「どういうことですか……?」
鬼気迫る高紅樹のその表情からは、とても冗談で言っていることだとは思えない。
高翠蘭から猪八戒は街の人たちに慕われていると聞いたばかりだったため、父親のこの願いは玄奘たちの誰一人予想もしなかった。
「とにかく顔を上げてください。事情を聞かせてくれませんか?」
玄奘がそばに行って助け起こすと、高紅樹はようやく土下座をやめた。
そしてがっしと玄奘の腕を掴み、悲しげに言う。
「どこに娘と妖怪との婚姻を喜ぶ親が居ましょうか!そんなことになったら亡くなった妻に合わせる顔がありません!それに、一度落ちぶれたとはいえ高家は由緒ある商いの家です。妖怪なんかに大切な娘と店を渡したくありません!」
高紅樹の「妖怪なんか」と言う言葉に玉龍と孫悟空はムッとした。
「でもぉ、八戒のオジさんは傾いていたお店を立て直してくれたんでしょ?」
「それに、あんたが騙されて取られた店の権利を取り返してくれたんだってな」
「そ、それは……」
玉龍と孫悟空に詰められ高紅樹は左右に目を泳がせる。
「娘さんも憎からずその八戒さんを想っているようでしたが……?」
それまで落ち着かない様子の高紅樹だったが、玄奘の言葉にキランと目を光らせ玄奘につかみかかった。
「娘はあの妖怪に操られているんです!」
「えー、そうは見えなかったけど?」
玉龍の言葉に孫悟空も頷きながら玄奘から高紅樹を引き剥がす。
術を扱う二人には、高翠蘭が操られているかどうかなんて一目でわかる。
だがそんなことは知らない高紅樹は悔しそうに拳を握って言う。
「娘には店の権利と引き換えに、西域の貴族だと言う商隊長と結婚させる予定があったんです。なのに、あの豚の妖怪が……!」
なるほど、父親の高紅樹が猪八戒と高翠蘭の結婚の真相を知らないのは本当らしい。
「外国の貴族と縁を作りたいから娘を利用したい、だからあのオッサンと別れさせろってことか」
「やだー、やーらしー」
「妖怪どもにはわかるか!権利を渡すと言っても娘婿の店になるだけで高家がなくなるわけではない!それどころか西域からさらにその向こうまで商売を広げられる機会だった!なのに、なのにあの豚が!」
「落ち着いてください。大丈夫ですか?」
玄奘は、興奮しすぎて激しくむせる高紅樹の背中をさすった。
悔しがる高紅樹を前に、玄奘たちは困ったなと顔を見合わせた。
この様子では、玄奘が猪八戒退治を受けない限り引かなさそうだ。