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第104話 高紅樹の野心

 興奮していた高紅樹は、軽く咳払いをしてから途端に何かを思い出し、上機嫌になった。


「でもね、商隊長が先日またこちらにいらしてくださいましてね、数年前の約束はまだ生きているかときいてくださったんですよ」


「えっ?」


 聞き間違いだろうかと思ったが、どうやらそうではないようだ。


「なのであの豚妖怪を追い出せば高家が世界に飛び出す機会が再び巡ってくるのです!」


 拳を握って力を込めて言う高紅樹に、玄奘たちは呆れて空いた口が塞がらなかった。


 父親が娘の結婚の真相を知らされなかったのは、ずっとこの機会を狙っていたのを卯ニ姐と高太公が見抜いていたからなのだろう。


「そう言うことか……」


 孫悟空はうんざりとつぶやいた。


 これだから人間っていうのはどうしようもない。


 自分の野心のために娘を利用することを何とも思わないなんて。


 高翠蘭が顔を青ざめさせて退室して行ったのはおそらく商隊長がきたことを察知したためなのだろう。


「なので手っ取り早く豚妖怪を酔いつぶして追い出そうとしたんですけどねえ、うまくいかなくて」


 高紅樹の話によると、苦味のある西域の果実水に西域の酒を混ぜて、少し苦い果実の飲み物だと言って飲ませたのだと言う。


「まあ商隊長さんに会えば、娘も心変わりをすると思いますけどね。何せ、数年ぶりに会ったと言うのに、姿は会った時のまま、まるで二十代の溌剌とした美青年のままだったんですよ」


 ウキウキと並べられるその言葉に、孫悟空と玉龍はギョッとして、無言で顔を見合わせた。


「なんでも西域には若さを保つ食べ物や化粧品があるとか言う話でしてね、これを扱えば高家もさらに大きくなると言うもの……!」


 これは商機だと、グッと拳を握る高紅樹に、玉龍は引き吊り笑いを浮かべて訊ねた。


「ちなみにその商隊長さんって何歳なの?」


「たしか……三十八くらいだったかと。娘とは二十の歳の差があるのですが、そんなこと全く感じないくらいなんですよ!」


 目を輝かせる高紅樹に、孫悟空も呆れ顔だ。


 その商隊長がかなりの年嵩としかさという事実に高翠蘭が可哀想になってくる。


「あのさぁ、そいつが妖怪って思わないのか、アンタは」


「うんうん、ずっと見ための年齢が変わらないなんて人間じゃありえないでしょ」


「とんでもない!西域にはまだ我々の知らない神秘の術があるに違いありません!あの商隊長が妖怪だなんて……だって西域の人なんですよ?烏斯蔵国や唐ならまだしも、西域にまで妖怪がいるとは……」


 孫悟空と玉龍の言葉に、高紅樹はないない、と手を振って豪語する。


「それでですね、いい機会ですから商隊長さんにこの館を宿として使ってくれといいましてね。今頃娘と再会してるんじゃないですかねぇ」


「え、なんですって?!」


 ニンマリと笑う高紅樹に玄奘は慌てた。


 あんなに怖がって居たのに、商隊長と遭遇してしまったら……。


「だから、ねえ?お坊様。どうかあの豚男を退治してくださいよ!」


「ふたりとも、すぐに行きましょう!」


 揉み手をして猫撫で声で懇願する高紅樹に返事をしないまま、玄奘は孫悟空と玉龍に言った。


「わかっています!」


「スイランさんを助けないとね!」


 玄奘の言葉に応じた孫悟空と玉龍はすぐに飛び出していく。


「早速対応してくださるとは!さすが大国たいこくとうのお坊様、ありがたいです」


「……」


 勘違いしている様子の高紅樹に、訂正をする気も起きなかった玄奘は無言で微笑むと、二人の跡を追うため廊下に出た。

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