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第112話 高翠蘭とルハード

 見覚えのある凛々しい青年の姿に、高翠蘭は息を呑んだ。


 月光の下、思い出すのはまだあどけない少年だった彼との記憶。


 今は引退した祖父の高太公がまだ店の主として働いていた時、取引に来ていたシャフリアルの弟子として来ていたルハードとは何度か遊んだものだ。


 だがルハードは突如狂ったシャフリアルに深傷を負わせられた。


 卯ニ姐が彼を守り命は取り留めたが、国に帰ったきり音沙汰もなかった。


「ルハード、あなたなの……?」


 高翠蘭の問いかけに青年は頷き手を伸ばした。


「スイランさん、ワタシ、誓った通りハンターになった。アナタ助ける。今度こそ、必ず」


「……」


 シャフリアルの弟子だった彼を信じて大丈夫だろうかと、高翠蘭は一瞬躊躇った。


 だが、シャフリアルに感じる不穏さもなく、ルハードから感じられたのは力強い決意と誠実さだ。


「……わかりました。でも少々お待ちください。祖父に手紙を書かせてください」


 決心した高翠蘭はさらさらと一筆書き上げそれを玉龍に渡した。


「これを祖父の高太公こうたいこうに渡してください」


「うん、任せて!」


 それから、高翠蘭はルハードの手を取って中庭に降りた。


「それじゃあルハード君、後はよろしくね」  


 高翠蘭の姿をした玉龍は、手を振って二人を見送ると窓を閉めた。


「ほら悟空も、そんな顔してたらおシショーさんの印象が悪くなっちゃうよ?」


 玉龍の指摘に、まだむくれた顔をしている孫悟空は舌打ちをした。


 内心では玉龍の言う通りだと思っているのだが、気持ちはおさまらないまま、玄奘のように笑顔を作ることなんてできないと思っている。


 孫悟空は、苛立ちを抑えるためにどっかりと椅子に腰掛けた。


 こんなにも孫悟空がイライラしている理由は、猪八戒が囮作戦をするといった時まで話は遡る。




「囮、ですか?」


 玄奘は猪八戒の作戦をおうむ返しして首を傾げた。


「ああ。奴はお嬢様に執着しているからな。餌を置いとけば食いつくだろ」


「でもスイランさんを囮にだなんて、大丈夫?」


「あ?お嬢様を?使わない使わない。お嬢様には高家を引っ張ってもらわないといけないんだ。そんな危ないことさせられないよ」


 では誰を囮にすると言うのだろうか。


 そのとき玄奘は名案を思いついたと顔を輝かせ立ち上がった。


「私が高様に変装してそのマルティヤ・クヴァーラをおびきよせるのはいかがですか?」


「お、おシショーさん何言ってんの?!」


「それなら俺があの女に化けて囮になりますよ!」


 ほら、と孫悟空は高翠蘭に変化をして言う。


「ボクだって!!」


 玉龍も負けじと高翠蘭に変化する。


「私には錦襴の袈裟がありますし、寺からの脱走で鍛えた俊足もあります。大丈夫です」


 しかし玄奘も、弟子二人にだけ危険なことをさせるわけにはいかない、と譲らない。


「寺から脱走って……意外とヤンチャしてたんですねぇ」


 猪八戒が苦笑して言うと、ギンっと孫悟空が睨みつけた。


 その視線に無言の圧力を察した猪八戒は、「ナイナイ」と手と首を振って言葉を続ける。


「カカシにこんな風にお嬢様と同じ格好をさせて置いておくんですよ。誰かが囮になるより安全でしょう?」


 猪八戒は棚の裏からカカシを取り出して言った。


 そのカカシは高翠蘭と同じ髪型のカツラがかけられていて、着せている服も高翠蘭から借りた物だと言う。


「そんな簡単に引っ掛かるかなあ……食べ物への執着はナメない方がいいよ?」


 玉龍は自分の経験を思い出して言った。


「お嬢様を危険な目に遭わせるわけにはいかないからな。これでなんとかなるだろ」


 楽観的に猪八戒が言うと、ルハードも頷いた。


「あのバケモノ、スイランさんをコンドこそはと考えているデス。おそらく彼女をマエに舞い上がっていて細かいことは考えないと思いマス」


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