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第111話 二人の高翠蘭と不機嫌な玄奘(?)

 猪八戒が天蓬元帥だったのは事実のようだ。


 自分の持つ太上老君作の如意金箍棒に彫られた銘と同じものを見つけ、孫悟空は苦虫を噛み潰したような顔で猪八戒に釘鈀を返した。


「お供の時に必要だろうと、天界から追放される時に置きっぱなしになっていた武器を観音菩薩様が返してくれたんだ」


 スリスリと愛用の武器に頬擦りをして猪八戒が言う。


「オレは卯ニ姐との契約で、あのマルティヤ・クヴァーラを仕留めるまではこの地を離れることは出来ないから、一緒に行くことはできないんだ」


「そういうことならば、尚更協力しないわけにはいきませんね、悟空」


 やる気をみなぎらせて玄奘が言うと、孫悟空は渋々頷く。


「わかりましたよ……でもお師匠様に危険な真似は絶対させないからな!」


 そしてすかさず猪八戒に釘を刺した。


「それで、どうするんですか?どうやってその、マルティヤ・クヴァーラをたおすのです?」


 玄奘が尋ねるとその場にいた全員は猪八戒を見た。


 猪八戒はニヤリと笑い、ちょろっと生えた顎鬚を撫でながら言った。


「囮を使う」


 猪八戒の答えに孫悟空は嫌な予感がして、ますます眉間に皺を寄せた。



 日が沈み、薄暗くなる部屋の中で、高翠蘭は寝台で布団を被り息を潜めていた。


 使用人たちには体調が悪くて眠ると伝え、誰にも来ないように猪八戒が指示をしていたようだ。


(早く、早く八戒さん帰ってきて……!)


 同じ建物の中にシャフリアルがいると思うと、いくら魔物封じの結界の中と言っても安心できなかった。


 その時、扉を叩く音がした。


「翠蘭、部屋から出てきなさい。食事をシャフリアル殿と共に取ろう」


 扉の向こうから聞こえてきた父親の猫撫で声に、高翠蘭は深く布団を被った。


 このまま寝たふりをしてしまおうと思ったのだ。


 返事がなければ諦めるだろう。


 だが諦めない父親は、ガチャガチャと扉を無理矢理開こうとする。


 やがてそのことに気づいた、猪八戒から頼まれた使用人たちが父親を追い返す声が聞こえてきた。


(早くどこかに行って……!)


 その時、コンコン、と外から窓を叩く音がした。


「開けて。スイランさん、ボクだよ」


 聞き覚えのある少年の声に、翠蘭は窓の戸を開いた。


「え、わ、私?!」


 そこにいたのは、布を被った自分と瓜二つの女性と、不機嫌そうにむすっとした玄奘だった。


「スイランさん、ボクだよ、ボク」


 布をとった女性の姿は陽炎のように揺らいで変化した。


「まあ……!」


 そこにいたのは玄奘の弟子だと紹介された可愛らしい少年だった。


 二人は開かれた窓から入って来た。


「あのブタから頼まれて来てやった。こいつがあんたの身代わりになるから、あんたはそこのルハードと雲桟堂に行け」


「玄奘様?」


 猪八戒のことを忌々しげにブタ呼ばわりする玄奘の、その別人のような態度と物言いに高翠蘭は目を丸くする。


「あー、これは悟空の変化だよ。オシショー様と離れちゃって機嫌が悪いの。さ、スイランさんは早くボクと交代して」


 悟空のことは気にしないで、と、玉龍は再び高翠蘭に変化した。


 高翠蘭が外を見ると、庭木の間から青年が姿を現した。

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